5 旅立ち
レオは僕を手のひらに乗せたまま、その青い瞳で僕をじっと見つめる。
「それで、これからどうするんだ?」
陛下を探しに行くと決めたけれど、何処を探せば良いのか皆目見当もつかない。
「そこなんだよね。僕みたいに大きさが変わっているかもしれないし、何処にいるのかもわからない。だけど、会えばきっとそれが陛下だってわかるはずなんだ」
そう自信たっぷりに宣言したんだけれど、レオは胡乱な目を僕に向けるんだ。
「何処でどんな姿になっているかもわからないのに会えばわかるって…。本当に大丈夫なのか?」
そんなふうに言われるとなんだか自信が無くなってくる。
「わかるよ! きっと! だって…。だって…」
レオに向かって反論してみるけれど、最後の方は消え入りそうな声になり、終いにはポロポロと涙まで溢れてきた。
おかしいな…。
僕はこんな泣き虫じゃなかったはずなのに…。
身体と一緒に心まで子供になってしまったのだろうか?
僕が泣きだすと、レオはあたふたと慌てふためいている。
「レオがフィルを泣かしたわ」
「レオったら悪い子ね。フィルを虐めるなんて」
「フィル。私がレオにお仕置きをしてあげるわ」
僕の周りを飛んでいた妖精達がレオを非難し、その内の一人がレオの頭をポカポカと叩いている。
「わっ! ちょっと! やめてくれよ!」
妖精に叩かれてもあまり痛そうじゃないな。
ちょっと鬱陶しいくらいにしか思ってなさそうだ。
レオの慌てようが可笑しくて、僕は思わず「フフッ」と笑いを漏らす。
「妖精達、レオを許してやってよ。ちょっと悲しくなっただけだからさ」
僕がお願いすると、妖精達はレオを叩くのを止めて、フワフワと僕達の周りを飛び出した。
「ゴメン、レオ。どうやら随分と涙もろくなっちゃったみたいなんだ。森の奥へ進むとライトエルフの国に向かう扉があるはずなんだ。とりあえずそこに行ってみよう」
「わかった。この子達も一緒に行くのか?」
レオは僕達の周りを飛んでいる妖精達を指差した。
「ううん。この子達は森の奥までは行けないと思うんだ。森の奥は妖力が強過ぎてこの子達には耐えられないと思うんだ」
僕がそう告げると妖精達はコクコクと頷いてみせる。
「私達はこの辺りを飛ぶのが限界なの」
「ライトエルフの国に入れるのは姿を大きく出来る力のある妖精だけなの」
「私達はまだ生まれて間もないからそんな力は無いの」
妖精達の話を聞いてレオは心配そうな顔を僕に向ける。
「フィルだって生まれたばかりだよね。森の奥まで行って大丈夫なのか?」
レオが心配するのも無理はない。
確かに僕は生まれた、というか転生したばかりだけれど、さっきよりも妖力が増しているのを感じているのだ。
どうやらレオの魔力が僕の身体に流れ込んでいるようなんだ。
「それが、さっきからレオの魔力が僕の身体に流れ込んでいるようなんだけれど、気付いてる?」
「僕の魔力がフィルの身体に? 何で?」
どうやらレオは意識して僕の身体に魔力を流しているわけではないようだ。
「意識しているわけじゃないんだね。身体はだるくない? 魔力が減っている自覚はある?」
僕が問うとレオはプルプルと首を横に振る。
「全然! 何ともないよ。フィルを手のひらに乗せているから魔力が流れているのかな?」
レオにそう言われて、僕はレオの手のひらの上にいる事を思い出した。
「じゃあ、ちょっと離れてみようか」
パタパタと羽を羽ばたかせてレオの手のひらから浮いてみる。
先ほどまで感じていたレオの魔力が、一切感じられなくなる。
「ほんとだ。レオから離れると魔力が流れ込んでこなくなった」
「僕は全然、何も感じないよ」
レオにとっては僕が手のひらに乗っていてもいなくても変わらないようだ。
それだけ僕の身体が小さいって事かな?
ちょっと面白くないけれど、仕方がない。
「レオの負担にならないなら、これからレオの肩に乗せてもらっても良いかな?」
「いいよ。手のひらに乗せたままじゃ疲れるから、肩に乗ってもらえると助かる」
僕はレオの右肩に向かって飛んでいくと、その上にちょこんと座った。
「それじゃ、出発しようか。妖精達、またね」
僕とレオは妖精達に手を振って、森の奥に向かって進んで行った。
妖精達は少しだけ後をついてきたが、そのうちに僕達から離れていった。
「お気をつけて」
「またね、フィル、レオ」
「いってらっしゃい」
遠ざかる妖精達にもう一度手を振って、僕達は森の奥を目指した。
何処か近くで鳥の羽ばたきが聞こえたような気がした。
******
ダークエルフの女王が住む城で、女王が自室で寛いでいると、バサバサと羽ばたきが聞こえて二羽のカラスが部屋に飛び込んできた。
カラス達はそのままダークエルフの女王の椅子の背もたれの上に止まる。
「カアァー、カアァー」
「カアァー、カアァー」
ダークエルフの女王はカラス達の報告を聞くと、ニヤリと片方の口角を上げた。
「そう、王の側近が現れたのね。そいつの後を付いて行けば、自ずと王に会えるわね」
ダークエルフの女王は二羽のカラスに向かって顎をしゃくる。
「お行き、フギン、ムニン。そいつの行動を監視しておいで」
女王に促され、二羽のカラスは再び窓から飛び立って行った。
「ライトエルフの王め! よくも私に偽の『王の証』を掴ませたわね。今度会った時にはただじゃおかないわよ」
ダークエルフの女王は目をギラつかせると忌々しそうに手元にある偽の「王の証」を燃えたぎる暖炉の中へと投げ入れた。
「王の証」は一瞬、炎を高く燃えさかったが、すぐに黒い消し炭へと変わった。
その様子を見てダークエルフの女王はほんの少し溜飲を下げたのだった。