37 最終決戦
突然現れたヒュドラに驚きはしたものの、心の何処かでは『やはり』という思いがあった。
ダークエルフの者達の本来の姿は醜いものだという噂がまことしやかに囁かれていた。
ダークエルフの女王が私達の目の前に妖艶な姿をみせる度に、何処か胡散臭いものを感じていた。
こうして現実の姿を晒されて、妙に納得している自分がいる。
「やはり、その姿が本来の姿なのだな」
静かに告げる私に、ヒュドラは容赦なく襲いかかってくる。
「うるさい! 大人しく私の手にかかるがいい!」
九本の首が次々と私と、レオナールに襲いかかってくる。
私は襲いかかってくるヒュドラの首を剣で防ぎつつも、九本の首のうちどれが弱点となる首か見極めようとした。
たが、首は次々と入れ替わり立ち替わり私とレオナールに襲いかかってきて、どれがどれだかわからなくさせてしまうのだった。
「何とかしてこの攻撃を断ち切らないと、二人共やられてしまう」
「陛下、私がヒュドラの動きを引きつけます。その間に何とか弱点となる首を見つけてください」
そう言うなりレオナールは私よりヒュドラの近くへと飛び出していった。
そのレオナールの姿を追ってヒュドラの首が次々とレオナールに襲いかかる。
(早く見つけなければ…。流石に一人では九本の首をいつまでも相手には出来ない)
すると、サラマンダーを倒したケルピーがレオナールの加勢に入ったのが見えた。
(向こうは勝負がついたか。ならば今のうちに)
私は必死で九本の首を観察した。
すると、一本だけ私達から距離を取ろうとしている首がある事に気付いた。
「あの首が弱点か!」
私はその首に狙いを定めると、一気に切り落としにかかった。
「ギャアアッ!」
首を切り落とされたヒュドラがその大きな姿を消した。
そして、人型に戻ったダークエルフの女王が、胸から真っ黒な血を流し、その場に倒れ込んでいた。
「…フィル…バート…」
息も絶え絶えに私の名を呼ぶマティルダの元へ行き、その身体を抱き起こした。
「マティルダ」
名前を呼ぶとマティルダは、弱々しい笑顔を見せる。
それはまだ幼い頃、ダークエルフとライトエルフの区別もない頃に見せていた笑顔だった。
だが、成長するにつれマティルダはダークエルフの王の娘として、その心を暗闇へと落とし込めていった。
そして父王の後を継ぎ、ダークエルフの女王として君臨していったのだった。
「…そんな顔を…しないで…。こうなる事は…わかっていたわ…。…だけど、せめて…幼い頃の記憶があるうちに…あなたに倒されたかった…」
マティルダは「ゴフッ」と口から黒い血を吐くと、そのまま息絶えると同時に身体は霧散していった。
私の手にはマティルダが流した黒い血だけが残った。
「陛下!」
しばしその場に跪いている私にレオナールとケルピーが駆け寄ってくる。
私は手に付いた血を消すと立ち上がった。
「陛下、ご無事ですか!?」
駆け寄るレオナールに私は片手を上げて、問題ない事を示す。
「大丈夫だ」
そう答えた所で、向こうに見えるダークエルフの城が音を立てて崩れていくのが見えた。
「ダークエルフの女王が亡くなって、ダークエルフの国も消滅したようだ」
「ダークエルフの住民達も消えたのでしょうか?」
「ダークエルフの国の崩壊と共に消えた住民もいるだろうが、完全な悪に染まっていない住民はライトエルフの国に逃れて来るだろう。多少の善の心があればライトエルフの国に住めなくないからな」
そう答えた所で、先ほど消えたマティルダの事を考える。
(マティルダにもまだ多少の善の心は残っていた筈だ。だが、それ以上に悪の心が大きくなり過ぎた。自分自身を傷付けられないマティルダは、どうにかして私に倒されたかったのだろう)
だが、最初に対峙した時に、私はあの場から逃げ出してしまった。
(マティルダにとって私が転生するかどうか、気が気ではなかったに違いない)
だからこそ、転生した私が小さな妖精になっていた事に焦りを感じたに違いない。
そこで、一刻も早く私が元の姿に戻れるように色々手を尽くして来たのだろう。
私は崩壊したダークエルフの国に背を向けて、ライトエルフの国へと歩き出した。
(マティルダ。今度こそ、ライトエルフの住民として生まれ変わっておいで。私はきっと君を見つけてみせるよ)
ライトエルフの王が王宮に戻っていった後、ライトエルフの国では一つの花が今花開こうとしていた。
ー 完 ー