32 玉座の間
デュラハンが消え去っても、小さな妖精に戻らない僕にレオが驚いている。
「フィル。もう小さくならないのか?」
「ああ、どうもそうみたいだな。やはりライトエルフの国に来たせいなのか?」
デュラハンがいなくなったからか、レオが風魔法で霧を飛ばしたからか、向こうに王宮がくっきりと見える。
「まだ、何かが出てくるかもしれないから、慎重に進もう」
レオと二人並んで歩き出すが、今までは小さな身体で飛んでいたから、何だか変な感覚だ。
そう感じているのはレオも一緒のようだ。
「小さなフィルが飛んでついて来ていたのに、今は僕と肩を並べて歩いているなんて、何だか不思議な感じだな」
そう呟かれて、二人で顔を見合わせてクスリと笑う。
「顔つきも随分と変わってるしね」
「そうか? 自分の顔が見えないから、どう違うのかまったく分からないよ」
「小さい妖精の時は子供の顔だったのに、大きくなったら大人の顔つきをしているんだからね。それでも同一人物だってわかるくらいの変化だけどね」
あー、何となく想像出来るな。
レオと話しながら歩いて行くと、いつの間にか、王宮に入る門に辿り着いていた。
門は固く閉ざされていたが、鉄格子を押すと簡単に開いた。
門を抜けると左側に噴水があったが、水が枯れているのかカラカラに乾いていた。
その横にある花壇も植物はすべて枯れている。
「まるで廃墟みたいだな。王宮の中はどうなっているんだ?」
右手にある入り口に向かったが、その扉も閉まったままだった。
ドアノブを回すと、カチャッと音がして扉が開いた。
中に入ると正面の奥に階段が見える。
明かりはついているが、全体的に薄暗い。
「うわっ、広っ!」
レオがキョロキョロと玄関ホールを見回している。
そんなレオを尻目に僕はスタスタと階段の方に向かった。
「待ってよ、フィル。何処に行くんだ?」
レオに肩を掴まれて僕はハッとした。
無意識にこちらに向かっていたのだが、何処かでこの王宮に関する記憶があるのだろうか。
「ごめん。いつの間にか足が勝手に進んでいたんだ。多分、こっちに玉座があるんだろうと思う」
「フィルがそう言うんならそうなんだろう。よし、行ってみよう」
レオと連れ立って階段を上りだす。
ああ、そうだ。
幾度となくこの階段を上り下りしたんだ。
階段を上りきると、更に奥に玉座が見えた。
(ああ、そうだ…。いつもあそこに陛下が…)
ふらふらと玉座に近寄る。
誰も座っていない空の玉座に、陛下の幻が見える。
『フィルバート、……』
「はい、陛下」
誰かが後ろで叫んでいるが、僕には陛下の声しか聴こえなかった。
******
レオはフィルと一緒に階段を上がっていった。
すると奥には誰も座っていない玉座があった。
(せっかくここまで来たのに、ライトエルフの王の姿はないな)
立ち止まったレオと違って、フィルはそのまま玉座に向かって進んでいく。
なんの気無しにその後ろ姿を見ていたが、突然フィルが「はい、陛下」と口にした。
驚いて玉座をよく見てみれば、そこには黒いモヤが立ち込めている。
「フィル! 止まれ!」
声をかけたがフィルには聞こえないようだ。
追いかけようとしたレオの身体を、いつの間にか床から伸びた蔓に絡め取られていた。
「フィル! フィル!」
レオの叫び声も玉座の間に虚しくこだまするだけだった。