3 出会い
僕は少年を睨みつけると大声で怒鳴った。
「何笑ってるんだよ! 助けてくれたって良いだろ!」
肩をプルプルと震わせて笑いをこらえていた少年は、僕の怒鳴り声にキョトンとした顔をする。
「助ける? だって君、羽が生えているだろ? 飛べるんじゃないのか?」
羽?
僕は思いっきり首を後ろに逸らすと、自分の背中を確認する。
…!
そこには確かに「ティンカーベル」のような透明な羽が生えていた。
試しに羽を動かしてみるとパタパタと羽ばたいて、僕の足がほんの少しだけ浮いた。
「ほら! やっぱり飛べるんじゃないか」
僕の足が浮いたのを見て、少年は満足そうな声をあげる。
そんな少年とは対照的に、僕はガクリとその場に膝を付いた。
「そ、そんな…」
自分の姿が小さくなっただけでなく、このような羽が生えてしまった事に僕は愕然としていた。
僕がその場に膝を付いたのを見て、少年は「えっ!?」と戸惑っている。
「ど、どうしたんだ? 飛べるのがそんなに嬉しかったのか?」
脳天気な問いかけに僕は怒りを爆発させた。
「嬉しいわけないだろ! こんな下級の妖精に生まれ変わったなんて! 以前は陛下に次いで二番目に力のある妖精だったんだぞ! だからこそ陛下の側近になれたのに!」
少年への怒りから今度は絶望へと感情が入れ替わり、僕はポロポロと涙を零す。
「こんな…、こんな姿じゃ陛下を探しになんて行けない…。…どうしよう…。早く陛下を探して一緒に「王の証」を守らないと、妖精界だけでなく、人間界もダークエルフの支配下に置かれてしまう…」
ポロポロと泣いている僕の周りを先ほどの光の玉がうるさいくらいに纏わりつき出した。
さっきよりも数が増えているみたいだ。
その光の玉達を追い払う事も出来ずに僕はただ打ちひしがれるばかりだった。
「君、周りにいる妖精が見えていないのか?」
少年に尋ねられて僕は何の事か分からずに、ぼんやりと少年に顔を向ける。
「妖精? この光の玉が?」
「君には光の玉にしか見えないのか? 僕はこの妖精達に呼ばれてここに来たんだ。そうしたらその花が開いて中から君が出て来たんだよ」
少年はそう説明してくれるけれど、どうして彼に妖精の姿が見えて僕には見えないのだろう?
「何で? 何で君に妖精が見えるんだよ! 僕はこんなに小さくなっちゃったっていうのに! ずるいよ!」
こんなのは八つ当たりだってわかっているけれど、言わずにはいられなかった。
こうしている間にもダークエルフの女王は「王の証」を見つけているかもしれないと思うと焦りが湧いてくる。
「ずるいって言われてもな…。何故か僕は小さい頃から妖精の姿が見えていたんだ。だけど、それを言うと周りの大人達は『バカな事を言うな』とか『からかうのはやめろ』とか言うんだよ。だからなるべく妖精とは関わらないようにしていたんだけど、今日は何故か無視出来なかったんだ」
そう言って寂しそうに笑う少年を見て、僕は色々と察した。
『妖精が見える』と言った事で色々と不利益を被って来たんだろう。
僕は涙を拭って立ち上がると、少年に向かってフワリと飛び上がった。
パタパタと羽を羽ばたかせて少年の顔の正面でホバリングをする。
「…ずるいなんて言ってゴメン」
ペコリと頭を下げると少年は口角を上げて微笑んだ。
金髪に黒い瞳が妙にチグハグな印象を受ける少年だ。
「気にしてないよ。それよりもさっき言っていた話は本当? 人間界もダークエルフの支配下に置かれるって?」
少年に問われて僕は「妖精王」の話をしてやった。
それと僕と陛下がダークエルフの女王に殺された事も、陛下が「王の証」を何処かに隠した事もだ。
「…なるほど。つまりライトエルフの王様を探してダークエルフの女王から『王の証』を守らないといけないんだね。おっと、大丈夫かい?」
少年の前でホバリングを続けていた僕は、慣れない動きに疲れて失速してしまった。
羽ばたきが減った事で落ちかけた僕の身体を少年が手のひらで受け止めてくれた。
「!!」
少年の手のひらに触れた途端、僕の身体に電気が走ったような感覚を覚えた。
「あら、大変」
「大丈夫かしら?」
「きっと疲れちゃったのね」
先ほどまでただの光の玉にしか見えなかった妖精達がその姿を現し、声まで聞こえるようになったのだ。
「うわっ!」
何故か少年も驚いたように声をあげる。
「どうしたんだ?」
「だって、君の身体。僕の手のひらに触れた途端、少し大きくなったよ」
「え?」
そう言われて自分の身体を見回すけれど、大きくなったような感覚はない。
「そうかな? それよりも、君に触れた途端、妖精達が見えるようになったんだ!」
「え、本当? 良かったね」
少年が自分の事のように喜んでくれて、僕は少々くすぐったい気持ちになる。
「ところで君の名前は? 僕はレオ」
少年に自己紹介されて、僕も名乗ろうとした。
「レオか。僕は…、…あれ?」
僕の名前は何だっけ?
人間として生きていた記憶もあるけれど、その時の名前すらも思い出せない。
「…どうしよう… 名前が思い出せない…」
レオの手のひらでガクリと項垂れると、妖精達が心配そうに僕の周りに集まってきた。
「名前を忘れちゃったの?」
「私達にもわからないわ」
「だったらレオに付けてもらったらどうかしら」
妖精達の提案に僕は期待の眼差しでレオを見つめる。
「レオ、僕に名前を付けてよ」
「僕が? …いいけど。気に入らないって文句を言うなよ」
そう言ってレオは僕を手のひらに乗せたまま、「うーん」と考え込んでいる。
「フィルっていうのはどうかな?」
しばらく考えていたレオから「フィル」と呼ばれた途端、僕の身体が一瞬だけ光った。
「わっ!」
「何だ!?」
二人して声をあげて驚いたけれど、それ以上は何も起こらなかった。
だけど、これだけは確信した事がある。
レオと一緒に旅をすれば必ず陛下に出会えると。
「レオ、僕と一緒に陛下を探しに行こう」
「えっ!?」
「もう決めたからね。これからよろしく」
レオに向かって手を差し出すと、レオは渋々ともう片方の手を僕に差し出した。
その大きな手の人差し指を僕は両手で掴んだ。
「しょうがないな。付き合ってやるよ」
口ではそう言いながらも、何処かワクワクしているようなレオの顔に僕はフフッと笑う。
(陛下、待っていてくださいね。必ず陛下を見つけ出しますから…)
こうして僕とレオの旅は幕を開けたのだった。