27 スレイプニル
扉を蹴破って飛び込んで来たのは大きな灰色のスレイプニルだった。
その背中にはレオが乗っている。
(スレイプニルにレオが? 一体何がどうしてそうなったんだ?)
今はそんな事を考えている時ではなかった。
なんとかしてこの鳥籠から出してもらいたい。
「お前は! くそっ! どうしてここがわかったんだ!?」
チャーリーが顔を真っ赤にして怒鳴っている。
ミリルも身構えているが、あれは戦うというよりも、逃げようとしているようにしか見えない。
「私がフィルバート様の居場所がわからない訳がないだろう。さあ、フィルバート様を返してもらおうか」
スレイプニルが側近だった頃の名前を口にする。
もしかして、以前僕か陛下に仕えていたんだろうか?
まったく思い出せない事に焦りが募るが、今は鳥籠の中から成り行きを見守る他はなかった。
スレイプニルは今にもチャーリーを前脚で蹴散らそうとしている。
チャーリーは反撃しようにも情勢が悪いと判断したのか、魔法陣を出現させるとさっさとその中に逃げ込んだ。
ミリルはとうに何処かに消え失せている。
「逃げたか。まったく逃げ足の早い奴だ」
スレイプニルはフン、と鼻を鳴らしてテーブルの上にいる僕の方へ向き直る。
「フィルバート様、お久しぶりです。今そこから出して差し上げますね」
スレイプニルは鼻先を鳥籠に近付けると、そのまま鳥籠に触れた。
スレイプニルの鼻先が鳥籠に触れた途端、カチャリと音がして鳥籠の扉が開いた。
(あれだけ探しても何処が扉かわからなかったのに…。何か特別な仕掛けでもあるのかな?)
僕は開いた扉から飛び出すと、スレイプニルの方へ飛んでいった。
「ありがとう。君は僕の事を知っているみたいだけれど、僕は君の事を覚えていないんだ。ごめんね…」
助けてくれたのに、このスレイプニルの事を覚えていないなんて、そんな失礼な話ってないよね。
スレイプニルは謝る僕を見て目を細める。
「お気になさらずに。今は覚えておられなくても、ライトエルフの国に行けば思い出されるでしょう」
スレイプニルの背中に乗っていたレオが、そこから飛び降りると僕を手のひらの上に乗せた。
「フィル! 何処も怪我はしてない!?」
心配そうに僕を覗き込むレオに僕は安心させるように微笑んだ。
「僕は大丈夫。鳥籠の中に閉じ込められただけだからね。それよりレオは怪我してない? 蔓に巻きつけられていたけど大丈夫なの?」
「僕も怪我はしてないよ。あの蔓から抜け出そうと藻掻いている時にこのスレイプニルが現れて助けてくれたんだ」
「そうか、良かった…」
改めてスレイプニルにお礼を言おうとして、そちらを振り返ると、スレイプニルの身体がやけに透き通ってきている事に気付いた。
「どうしたの!? 身体が透けてきているよ!」
スレイプニルは「むうっ」と一言唸った。
「そろそろ時間切れみたいです。私はライトエルフの国にいます。フィルバート様の危機を察して一時的に飛んで来ましたが、次に手助けが出来るかどうかは…。どうかお気をつけて…」
それ以上、言葉を告げる事もなく、スレイプニルの身体は何処かへ掻き消えてしまった。
「…消えた…」
僕とレオはスレイプニルがいた場所を見て呆然としている。
そこには光の残滓が残っているだけだった。
「とりあえずここから外に出よう。さっきの悪魔達が戻って来ないとも限らないからね」
僕とレオはスレイプニルが蹴破った扉から外へと飛び出した。
僕達が丸太小屋から出た途端、丸太小屋は跡形もなく消え失せていた。
「やれやれ。今の小屋はあの悪魔達が魔法で出していただけみたいだな」
僕とレオは気を取り直してライトエルフの国を目指して歩き出した。