17 ウンディーネ
お花畑を出て先に進んで行くと、何処からか歌声のようなものが聞こえてきた。
「ねぇ、レオ。誰かが歌ってる?」
「ほんとだ。誰が歌っているんだろう?」
レオは立ち止まって辺りを見回したけれど、誰が歌っているのかはわからなかったようだ。
「こっちの方角から聞こえてくるみたいなんだけれど、行ってみる?」
進行方向から少し左に逸れた方角から声は聞こえてくるようだ。
「誰が歌っているのか気になるな。ちょっと寄り道になるけど、覗いてみよう」
レオも僕も好奇心には勝てないようだ。
「好奇心は猫をも殺す」とかいうことわざがあるけれど、それは人間にも当てはまりそうだな。
進行方向から外れて歩き出すと、向こうの方に湖が見えてきた。
よく見ると、その湖の水面にたくさんの女性が浮かんでいるのが見て取れる。
「あれってもしかしてウンディーネ?」
「下半身が魚じゃないから、ウンディーネなんだろうな」
ウンディーネ達は楽しそうに歌いながら湖の中を泳ぎ回っている。
中には岸に上がって座って髪を梳いている人もいる。
その下半身は魚ではなく、普通に二本足がついていた。
人間そっくりの姿だが、皆が同じような顔で服が濡れていないところを見ると、やはりウンディーネで間違いないだろう。
僕達は彼女達を驚かせないようにそっと湖に近付いていった。
だが、途中でレオが落ちている枝を踏んでしまったのか、パキッという音を立ててしまう。
「誰?」
ウンディーネ達がこちらを振り向き、レオの姿を目にした。
「キャアアア! 人間よ!」
「キャアアア! 早く逃げなきゃ!」
ウンディーネ達が次々と水の中へと姿を消していく。
(ああ、せっかく歌を聴かせてもらいたかったのに残念だな…)
僕ががっかりしていると、レオは、何を思ったのか、一番近くにあったウンディーネの長い髪の毛を掴んだ。
「キャアアア!」
レオに髪の毛を掴まれたウンディーネは、水の中に潜る事が出来ずに、逆に岸に引き寄せられる。
(あれ? もしかしてウンディーネって髪の毛が弱点なんだっけ?)
「レオ、もしかしてウンディーネの弱点が髪の毛って知っていたのか?」
レオに尋ねると、レオはウンディーネの髪の毛を持ったまま、呆然としていた。
「え? ウンディーネって髪の毛が弱点なの? 一番手近にあったから、つい掴んじゃったんだけど…」
やれやれ。
レオは何も考えずに突っ走ってしまう性分のようだな。
ウンディーネじゃなくても髪を引っ張られるのは誰も嫌だよね。
僕が呆れていると、髪の毛を掴まれているウンディーネが泣きながら訴えてくる。
「お願いです。もう逃げたりしませんから、髪の毛を離してもらえませんか?」
よく見ると他のウンディーネ達が水の中から心配そうにこちらを遠巻きに眺めている。
泣いているウンディーネがちょっと可哀想になって、僕はレオに近寄った。
「レオ。逃げないって言ってるから手を離してあげなよ」
「あっ、そうだよね。ごめんね」
レオが、手を離すとウンディーネはホッとしたような顔でこちらに向き直った。
「ありがとうございます。それにしてもおかしな組み合わせですね。人間と妖精が一緒にいるなんて。どうしてこちらに来られたのかお聞きしてもよろしいですか?」
ウンディーネに聞かれて僕は何度目になるかわからない説明を始める。
「まあ、ライトエルフの国に行かれるのですか?」
「ええ、そうです」
それを聞いた他のウンディーネ達が何やらコソコソと話し合っている。
『あの、レオっていう男の子、ちょうど良いと思わない?』
『フィルはちょっと小さすぎるわね』
『水の中に引き入れてしまえばこっちのものよ』
『若い男の子なんて久しぶりだわ』
何を話しているのかわからないが、レオを気にしているようなのは間違いないだろう。
だけど何を話しているんだ。
すると、レオに髪を掴まれていたウンディーネがレオに手を差し出してきた。
「ライトエルフの国へ行かれるのなら私達が案内しましょうか? 川を上って行けばすぐですよ」
「さあ、いらっしゃいな」
他のウンディーネ達もレオに向かって手を伸ばしている。
何だ?
何か重大な事を忘れているような気がするのだが…。
クソ! やけに頭が重い。
僕が頭を抱えていると、レオはぼうっとした顔でフラフラとウンディーネに近寄っていった。