16 サイクロプス
サイクロプスは更にもう一歩、ズシンと音を響かせてこちらに近付いてくる。
レオは左の腰に下げている剣の柄に手をやり、いつでも抜けるように身構えている。
僕もこの怪物にどこまで妖力が効くかわからないけれど、出来るだけレオをサポートするつもりだ。
そういうふうに身構えていたが、ふと周りの様子に違和感を覚えた。
こんな怪物が現れたというのに、お花畑を飛んでいる蝶々や蜂たちは逃げるどころか、先ほどまでと変わらずお花畑の中を飛び回っている。
(一体どういう事だ?)
不思議に思いながらもサイクロプスを見ると、サイクロプスはそれ以上近付いて来ないで、その場に立ち止まった。
『ウゥ、ウゥ(お前達は誰だ? 何故ここにいる?)』
サイクロプスは唸り声を発したが、僕にはちゃんと言葉として耳に届いた。
「僕はフィル、そして彼はレオ。ついさっき、ノームのおじいさんの所から地上に戻ったら、この場所に辿り着いたんだ」
僕がサイクロプスに返事をすると、レオが驚いたような顔をした。
「フィル! こいつの言葉がわかるのか!?」
言った後でレオは慌てて口を押さえている。
まあ、流石に「こいつ」呼ばわりは不味いよね。
だが、サイクロプスは特に気にしたような素振りは見せない。
『ウゥ、ウゥ(ノームのじいさんの所か。オレがこの花畑を管理しているのを知っているくせに、どうしてここを出口にするのかな? 今のところ花畑を荒らす奴はいないが、オレの姿を見るなり逃げて行くのはあまりいい気分じゃないぞ)』
サイクロプスがこの花畑を管理しているのか。
道理で通路の幅が広いと思ったよ。
僕がサイクロプスの言葉をレオに伝えると、「へぇー」と少し間の抜けたような返事をする。
サイクロプスと戦うかもしれないという緊張感から解放されたせいかもしれないけど、それにしても気を抜きすぎじゃないか?
恐ろしい一つ目のサイクロプスが、このお花畑の管理者と知ってかなり驚いた。
人によってはこれを「ギャップ萌え」とかって言うんだろうか?
まさかそこを狙っているとは思えないけどね。
『ウゥ、ウゥ(それで? お前達はこれから何処へ行くつもりなんだ?)』
「僕達はこれからライトエルフの国に向かうつもりなんだ」
『ウゥ、ウゥ(ライトエルフの国? 何をしに行くんだ? あそこはライトエルフの王と側近が居なくなってから荒れ放題になっていると噂に聞いているぞ)』
ライトエルフの国が荒れ放題?
今まであった妖精達からはそんな話は一言も聞いていないぞ?
「ライトエルフの国が荒れ放題? それは本当なのか?」
『ウゥ、ウゥ(本当かどうかは知らん。オレはここから離れたくはないからな。ただ、そんな噂が流れているというだけだ。もっともその噂を流しているのがダークエルフだという可能性も否定出来ないが…)』
むうっと考え込んだ僕に、サイクロプスとの会話がわからないレオが、オロオロと僕とサイクロプスを交互に見ている。
今の会話をレオに説明してやると、レオもむむっと考え込んでいる。
「噂を流しているのがダークエルフだとすると、邪魔な妖精達をライトエルフの国に近付けさせないためなのかな?」
「え?」
「だって、妖精達ってあまり物事を難しく考えたりしないよね。その時その時が楽しければそれでいいっていう所があるんじゃない?」
レオに指摘されて僕は記憶を辿ってみた。
僕と陛下はライトエルフの国を保つために奔走していたが、末端のエルフ達はそんな事は気にもしていないように思えた。
もちろん、すべての妖精達がそうだとは言えないけれど。
「ごめん、フィル。なんか悪い事言っちゃったかな?」
黙り込んだ僕を見て、レオが申し訳なさそうな顔をする。
「いや、いいんだ。妖精達が権力に関心がないのは確かだしね。それでも僕と陛下はライトエルフの国を少しでも良いものにしようとしていただけだ」
『ウゥ、ウゥ(オレも上の事には興味はないが、ダークエルフの女王にライトエルフの国を乗っ取られたくはないね。あの女は自分の欲望のためなら何でもする奴だからな)』
サイクロプスの言葉に僕はダークエルフの女王との話し合いの時を思い出して胸が苦しくなった。
(あの時、僕がもっと用心していれば…)
「どちらにしても僕達はライトエルフの国に行くよ。あそこなら陛下の手がかりを得られるかもしれないからね」
『ウゥ、ウゥ(陛下? もしかしてお前、いや、あなた様はフィルバート様?)』
「そうだ。生まれ変わった今はこんな小さな妖精だけどね。ライトエルフの国に行くまでに元の姿と妖力を取り戻さないと…」
僕がフィルバートだと知ると、サイクロプスはその場に跪いた。
『ウゥ、ウゥ(大変失礼いたしました。どうかお気をつけて)』
「ありがとう。これからもこのお花畑をよろしく頼むよ」
『ウゥ(はい)』
「レオ、行こう」
僕達はサイクロプスに別れを告げてライトエルフの国へと続く道を歩き出した。