10 落下
コボルト族の里を出てしばらく進んで行くと、レオが「ねぇ」と声をかけてきた。
「何?」
「さっきコボルト族の人が『エルフは不老不死だ』って言ってたよね。それなのにあの人は老人のように白髪でシワだらけの顔だったのはどうして? コボルト族はエルフの仲間じゃないのか?」
矢継ぎ早の質問に僕はちょっとたじたじとなる。
まあ、あそこで直接本人に聞かないだけマシだな。
「エルフは自分の好きなように見た目を変えられるんだよ。さっきの人はあのコボルト族の長老みたいだから、それにふさわしい見た目にしているんだろう。『長老』と名乗る人の見た目が若者だったら他の種族に舐められると思うんだ。だから普段はもっと若い見た目をしているのかもしれないよ」
「つまり、さっきの姿は来客用って事?」
「…多分ね」
言うに事欠いて『来客用』はないと思うんだけれど、本人には聞こえてないからいいか。
実際に普段の姿なんて目にしていないから絶対とは言えないけどね。
僕はフワリとレオの肩に降り立ち、ちょこんと腰を下ろす。
しばらくそのまま座っていると、突然レオの身体が激しく揺れた。
「うわっ!」
「な、何?」
「地震だ!」
激しい揺れにレオは立っていられなくなったのか、ペタリとその場に座り込んだ。
どのくらいの時間、揺れていたのかはわからないが、やがて揺れが収まりレオはゆっくりと立ち上がった。
「ひどい地震だったな。フィルは大丈夫だったか?」
「僕は途中から宙に浮いてたから平気だよ」
言ってから(しまった!)と思ったが、時すでに遅し。
レオにジロリと睨まれた。
「こっちは立っていられなくて座り込んでいたっていうのにズルいよ」
いや、ズルいと言われても、羽があって浮く事が出来るんだから当然だよね。
不機嫌そうなレオをどうやってとりなそうかとオロオロしていると、レオがプッと吹き出した。
「冗談だよ。フィルったらオロオロしちゃってさ」
「あ、酷い! 騙したな!」
クスクスと笑うレオを叩こうとした途端、レオの姿がフッと消えた。
「え? レオ?」
「うわっ! 落ちる!」
今の地震で出来たのか、レオが立っていた場所に真っ黒い穴が出来ていた。
レオの姿がその穴へと吸い込まれて行くのを見た僕は、すぐにその後を追いかける。
穴の中は真っ暗で何も見えない、
それでも僕は下へ下へと向かって飛んでいった。
何処までも続くのかと思われたが、やがて僕の身体は何か柔らかい物に突き当たった。
「イタッ!」
そう声をあげたのはレオだった。
どうやら僕はレオの身体にぶつかったようだ。
とはいっても辺りは真っ暗で何も見えはしない。
「真っ暗で何も見えない」
「鼻をつままれてもわからない暗さってこの事を言うのかな?」
レオの言葉に相槌を打ちかけて僕は慌てて口を閉じる。
お互いの姿が見えない暗さに今だけは感謝しよう。
「それにしても、穴を落ちてきたはずなのに上を見ても光も何も見えないよ」
上下左右、何処を見回しても暗闇だけが広がっている。
「これじゃ、何処をどう行けば良いのかさっぱりわからないや」
僕が途方に暮れていると、何処からかヒタヒタと足音が聞こえた。
「なんじゃ、お前達は?」
突然、しわがれた声が聞こえて辺りをキョロキョロ見回したが、何処から声がしたのかさっぱりわからない。
「誰?」
「何だ、お前達。わしが見えていないのか?」
シュッとマッチをするような音がしたかと思うと、辺りがボウっと明るくなった。
そちらに目を向けると、明かりの灯ったランプの側に小さな老人の姿が見えた。
赤い三角錐のとんがり帽子を被って白くて長いヒゲをたくわえている。
「もしかして、ノーム!?」
「ノーム? さっきのコボルト族と一緒!?」
レオの余計な一言にノームは一気に不機嫌な顔になる。
「あんな下っ端の妖精とわしを一緒にするな!」
物凄く大きな声に鼓膜が破れそうだ。
「聞き覚えのない声がするから来てみれば、人間とちっぽけな妖精じゃないか。珍しい組み合わせだな。もしかしてわしの宝を狙って来たのか?」
あらぬ疑いをかけられそうになり、僕達はプルプルと首を振る。
どうにか誤解を解かないと盗人にされそうだ。