スィエール辺境伯夫人
森の大国・エルノウルード王国。
王族のひとつ、南東部の国境を警備する
スィエール辺境伯家には、王族を意味する
青髪碧眼の美しい辺境伯閣下がおられます。
美しい辺境伯閣下、彼の名前は、アストル・
フォン・エルノウルード・スィエール。
30歳にして辺境伯となった彼には、まだ、
妻も、婚約者も、恋人もいない身であった。
スィエール辺境伯閣下の部下たちが探して
白羽の矢が立ったのは、同じく、27歳に
して、まだ夫も、婚約者も、恋人もいない身
であった男爵の箱入り娘な妹でした。
わたくしは、
ティユール男爵の実妹、フォンテーヌ・
フォン・フルーヴ・ティユールです。
10年前に、兄夫妻に可愛いらしい男児が
誕生してからは、ひっそりと男爵家の別邸で
専属侍女のミラと暮らしています。
が、なぜか、スィエール辺境伯閣下の部下
ウールス伯爵、フラム様が訪ねて来られて、
「ぜひ、スィエール辺境伯閣下の婚約者に」と。
その話を聞いた兄は、すんなりと了承して、
今、わたくしは、そのスィエール辺境伯邸に
専属侍女のミラを連れて、来ています。
「スィエール辺境伯閣下
お初にお目にかかります。」
「フォンテーヌ嬢
ようこそ我が辺境伯領に。」
「わたくしは、ティユール男爵、ロイスの
妹にあたります、フォンテーヌ・フォン・
フルーヴ・ティユールでございます。
宜しくお願い致します。」
「私は、アストル・フォン・エルノウルード・
スィエール。今年の春に父上から譲り受けて
当主になったばかりだ。宜しく頼む。」
17代目辺境伯家当主、アストル・フォン・
エルノウルード・スィエール様。30歳。
噂に聞く以上に、美しく輝く瑠璃色の長髪に
透き通った海のような碧眼の美しい青年。
その瑠璃色の髪は、王族の証を意味している。
「いきなり、私の、辺境伯の
婚約者に選ばれて驚いたことだろう。
何か、質問はあるだろうか?」
「は、はい。
なぜ、辺境伯様とウルース伯爵様は
わたくしをお選びになられたのですか?」
「フォンテーヌ嬢が、私と歳の近い未婚の
女性であったからだな。」
「未婚の貴族令嬢は、
他にも、たくさんおりますよ?
例えばですが、ラヴィームト伯爵家の
三女、ミーレン様は、22歳独身のお方。
身分的には、あちらの方が………」
ラヴィームト伯爵令嬢、ミーレン様は、
儚げな美しい金髪美女の伯爵令嬢なのです。
辺境伯夫人ならば、伯爵令嬢か、侯爵令嬢を
選ぶ、それが、普通のこの王国で、まさかの
男爵の妹、先代男爵令嬢を選ぶとはー。
「ふむ? あの令嬢のことか? 調べたら
商家の嫡男と密かに恋仲で婚約していた。」
「まあ!そうなのですか?」
「さすがに、恋仲である彼らを引き裂く
わけにもいかないだろう?」
「ええ、確かに、それは、そうですね。」
「他にも、何人か候補はいたが、性格上、
難しいがゆえに未婚のまま、という………
かなり問題児の令嬢たちばかりだ。」
「な、なるほど………」
つまり、わたくしを選んだのは、
消去法……… と言う感じなのかしら?
未婚の貴族令嬢の中でも、割と、平凡かつ
大人しい27歳の男爵令嬢を発見した、と。
確かに、わたくしは、この王国でよくいる
焦げ茶の長髪に黒の目の、ごく平凡な容貌で
性格も過激という訳ではなく浪費家という訳
でもない。大人しめの箱入り娘です。
「しかし、わたくしとて
婚約破棄された身でございます。
宜しいのでしょうか?」
「うん? ああ、知っている。
10年前の、テワール男爵当主
ロイドとの婚約破棄の件のことだろう?
「はい、その件でございます。」
わたくしは、15歳から17歳までに、
テワール男爵家の嫡男であったロイド様が
わたくしの婚約者でした。
ロイド様のお父様は、男爵令嬢のわたくしを
息子の妻にしたかったようです。
「しかし、あれは、ロイドが、幼馴染の
イギラ商会長の娘、キャロと恋仲になれる
ように、身を引いたのではないか?」
「辺境伯様………よくお調べになられて………!
ロイド様は、キャロ様と結婚したいと思って
いたのに、テワール先代男爵様によって、
わたくしの婚約者に選ばれてしまったのです!
それを知りましたので、ロイド様の方から
婚約破棄をするようにお願い致しました。」
「ふむ?
貴女は、ロイドを好いていたから
彼らから身を引いたのか?」
「ええっ?
いいえ、まったく!わたくしは、結婚願望
薄かったので婚約破棄された身と言われても
平気でしたので。」
ロイド様とは、上司と部下みたいな関係で。
恋愛?これっぽっちもありません。
ロイド様は、浮気したわけでもなくて、
婚約中は、キャロ様に会わなかったようで
手紙のやり取りだけでした。それくらいなら
幼馴染だから良いだろうと許されてました。
ちゃんと婚約破棄が正式に成立してから、
キャロ様に告白して、お付き合いしました。
かなり誠実なお方ですよ?
誠実なお方と、健気に待っていたキャロ様、
彼らが幸せなら良いのではないでしょうか?
「先日、ロイド様が、笑顔で、キャロ様や
ご子息のレン様と一緒にいる姿を見ました!
婚約破棄を選んで良かったです!」
「フォンテーヌ嬢………
やはり、君を選んだフラムを信用して正解
だったようだ。私の妻になってくれないか?」
「は、はい、わたくしで良いのでしたら、
宜しくお願い致します………!」
「ああ、宜しく頼む。フォンテーヌ。」
1年の婚約期間を経て
わたくしは、スィエール辺境伯閣下に
嫁入りすることとなりました。
アストル様は、とても、お優しいのに
なぜ、30歳まで、独身………?
と思っていたら、部下たちに厳しいので、
それを見たご令嬢が噂を広め、近寄りがたい
辺境伯閣下というイメージが定着してしまい
なかなか、見つからなかったそう。
そのような噂を初めて知ったわたくしは、
厳しい姿は職場だけだから良いのでは、と
そんなに、気にしませんでした。
その後、なんだかんだ、仲良くなりまして、
30歳の時に待望の後継ぎの嫡男、32歳で
次男坊、35歳で長女&次女の双子姉妹、と
4児の母親となりましたとさ。