6. 宝石の生け花-壱-
「女将さん、明華です。」
得意先の高級料亭、『紅里楼』の裏口を叩く。
紅里楼は明華の母の代からの付き合いの、老舗の料亭である。
城下町の端、宮廷にほど近い場所にあり、金持ちの商人や宮廷の高官、時には皇族の宴席も行われるという。
主人である女将さんは、物腰柔らかいお婆さんで、明華のことを可愛がってくれている。
「明華、今日もありがとうねえ。」
「いいえ~。今日のお客様は常連の東通りの商人さんでしょう?取引先の宝石商の接待とか。」
「そうよ~。とても大事な接待みたいでねぇ、気合入ってるわよ。お料理も特別高いものをご所望だったからねぇ。」
「じゃあ、それにぴったりの生け花を拵えなくちゃね!」
そう言うと、明華は背負っていた籠を下ろして、道具を並べた。
それから、勝手知ったる様子で、店の倉庫に入っていく。
倉庫の一角には、様々な花器が並んでいる。
「うーん、今日は宝石商の接待だから、やっぱり花瓶は輝きのある硝子性かなぁ。女将さん、1番高価な硝子の花瓶ってどれ?」
「それならこれだねぇ。これはだいぶ高いよ、宮廷御用達の硝子職人が作った一点物なんだ。先々代の主人が買ったものだよ。」
「いいわね、硝子細工が豪華な花瓶だから、負けないような生け花にしないと!」
そう言うと、明華は早速、硝子の花瓶を玄関の真ん中の台に置いた。中に桶で水を満たすと、酢を少し混ぜてかき混ぜる。こうすることで、花が長持ちするのだ。
「今日はどんな花を持ってきてくれたのかしら?あの東通りの商人さんは明華の花のもてなしを気に入っているからねぇ。今回も期待していたよ。花のもてなしがあると商談が上手くいくんだと。」
「それは嬉しいわ!期待に応えないとね。」
明華は床に茣蓙を引くと、籠に入れていた花たちをずらりと並べた。
「今日は随分と色とりどりだねぇ。珍しいんじゃない?」
「ええ、今日は宝石商が御相手でしょう?色々な宝石が連想できるような生け花に仕上げたいと思うの。例えば、薔薇は真っ赤な柘榴石を、瑠璃唐草は透き通るような藍玉を、、、そして、じゃん!」
「まあ、綺麗、、、、!花弁が透明だねぇ。そんな花があるのね?」
「これは山荷葉。本当は白い花なのだけど、濡れると花弁が透明に見えるのよ。硝子みたいでしょう?これは金剛石のイメージよ。」
山荷葉は梅雨に咲き、雨に濡れると花弁が透けてまるで硝子のように見える花だ。しかし、濡れれば必ずそうなるという訳ではなく、色々な条件が重なった時にそう見える。明華は実験を繰り返して意図的に花弁を透けさせる方法を編み出し、今日がぴったりのお披露目の日となった。
「本当に綺麗だわ。宝石商の方にきっと気に入って貰えるはず。山荷葉をメインに、周りに色とりどりの宝石を散らして、枝物で締める。うん、これでいけるわ!」
頭の中でイメージを固めたら、早速花を生けていく。
まずは中心に山荷葉をたっぷりと。束になると、本当に宝石のようだ。
次に周りに薔薇や瑠璃唐草、甘野老をバランスを見ながら散らしていく。
キラキラと、宝石の花束を作るイメージだ。
そして最後に、昨晩採っておいた日向水木の枝を2本、後ろにさしたら完成である。
完成した生け花を見て、女将さんはほう、と息を漏らした。
「今回も素敵だわ。本当に宝石のよう。きっと喜ばれるわ!」
「ふふ、ありがとう。私もこれ、気に入ったわ。」
明華はしばらくうっとりと花を眺めると、切り落とした茎やらを掃除して、道具を籠にまとめた。
「ご苦労さまねぇ、さ、あちらでお茶でもどう?」
「こちらこそ、いつもありがとうね女将さん。」
紅里楼での仕事の後は、女将さんと少しお茶をするのが定番だ。
今日の花の説明をしたり、次の予約を確認したり、たわいのない話をしたりする。
その日のデザートの試作なんかが出てきたりして、明華お気に入りの時間だ。
「はい、これ今日のお給金ね。」
「ありがとう。」
「次回なんだけど、、、急なんだけど1週間後、お願いできるかしら?」
「ええ、もちろん。お客様のご要望は?」
「お客様のご要望では無いのだけど、、、久しぶりに皇族の方が来られるのよ。どなたがとかは詳しく話せないんだけどね、とびきり上品に、そして豪華にお願いできるかしら?」
「皇族、、、。ええ、承ったわ。任せてちょうだい。」
出されたお茶を飲みながら、明華の頭の中は花でいっぱいになってくる。
上品さだと、やはり百合かしら?豪華さで言ったら蘭かしら?蘭の花言葉は確か、、、、
そんなふうに考え込んでいると、女将さんがクスリと笑った。
「もう、明華の頭の中はお花のことでいっぱいね。」
「いけない、つい癖で。それより、まずは今日のお花のことを話すわね。」
明華は今日使った花の名前や花言葉、込めた意味を女将さんに説明しながら紙にメモ書きしていく。
お客様が正面玄関から入られたら、女将さんが歓迎の挨拶とともに、生け花の説明をするのが温花商の花のもてなしの流れだ。明華の母と女将さんが編み出した商売で、料亭の予約の際に追加料金で花のもてなしを承る。使って欲しい花の種類や、どんなもてなしにして欲しいか、喜ばせたい相手はどんな人か、頂いた情報を頼りに最高の生け花を用意して、店に足を踏み入れた瞬間の高揚感を演出するのだ。
例えば結婚の申し込みの食事だとか、重要な接待で相手の心をつかむ必要がある時だとか、祝い事の席だとか、そういうお客様からの注文が多い。
今回の宝石の生け花はなかなかの出来栄えだ。
明日、お客様の反応を聞くのが楽しみだな、と明華はにやりと笑って紅里楼をあとにした。