5. 巡り会い
空から天女が降ってきた。
降ってきた少女、明華はギュッと瞑っていた目を恐る恐る開けた。
明華は明日のお客様の注文のため、花の咲いた枝をいくつか取りに来ていたのだ。ここ一帯の木はほとんど明華とその母が植えたもので、世話も欠かさずやっている。枝物は少し値が張るため頻繁に出るものではないが、明日は得意先の高級料亭から玄関に飾る生花の注文が入っており、ぴったりの花を取りに来たのであった。
ここの裏山はあまり人が出入りする場所ではない。城下町が近すぎて獣もいなければ、山菜もあまり採れないからだ。だからまさか人がいるとは思わずびっくりして、、、とそこまで思い至って、明華は慌てて下敷きにしていた駿星の上から退いた。
「ご、ごめんなさい!まさか人がいるとは思わなくてびっくりして、、、痛かったでしょう?、、怪我はない?見せてください。」
明華は駿星の衣の土を払って、腕や足をペタペタと触って確かめる。
「怪我はなさそうだけど、、、あの、本当に大丈夫?、、、頭でも打ったのかしら、、、」
見たところ怪我はなさそうだが、驚いたままうんともすんとも言わない青年に、明華は心配になる。
目の前でひらひら、と手を振ると、青年とやっと目が合った。
「そなた、木から落ちてきたのか?」
「え?ええ、まあ、、、」
「一人で登ったのか?」
「そうよ、、、?」
「なぜ?」
「なぜって、、、この花をとるためよ。」
明華は背負った篭に入れていた美しい枝を取り出してみせた。
なぜそんなことを聞くのか、とでも言いたげな明華を見て、駿星はびっくりしたまま固まっていた表情を崩し、吹き出すように笑った。
「、、、なんですか。」
「くくく、、っはは、いや、面白いなと思って、ははっ」
駿星はひとしきり笑うと、痛くなった腹を擦りながら、再び草の上に仰向けに転がった。
(ああ、やはり外は面白いな。木に登る女子なんて、母上が聞いたらひっくり返るに違いない。人に上に乗られたのも、許可なく無遠慮に触られるのも、宮廷内じゃ有り得ないことだ。こんな風に不満そうな目を向けられるのも、、、。)
「いや、はは、すまない。何とも笑いが止まらなくてな。」
「笑い過ぎよ。全く、失礼しちゃうわ。」
「それは失礼。君は怪我はないか?随分高いところから落ちたようだが、、、」
そう言って駿星は明華の髪に着いた花弁を払ってやる。
風が揺れて、明華の顔を隠すように長い前髪が靡き、よく見えなかった彼女の美しい顔が露になった。
「なにか、、、?」
「いや、私の見間違えではなかったのだな。空から天女が降ってきたと思ったのだ。美しいな、そなたは。」
明華は焦ったような顔した後、慌てて前髪で顔を隠した。
「なぜ隠す?」
「外に出る時は顔を隠しなさいって言われているの。だからこうやって前髪を伸ばしているのよ。」
「確かに、城下町を歩くには、その顔は隠した方が良いだろう。美人を狙って売り捌く人攫い共がいると聞くからな。」
「まあ、おばばと同じこと言うのね。」
ところで、この男は誰だろう、と明華は思い至った。
この裏山は今はほとんど明華の私有地化している。
ここに通い始めてから10年ほど経つが、人を見かけたのは今まで一度だけだった。
「あなた、名前は?ここに何しに来たの?」
「私は駿、、、駿水という。ここには、、、たまたま来た。気晴らしに散歩していたんだ。」
「ふうん。嫌なことがあったのね。」
「そなたは何をしに?」
「この花を取りに。私、花商なの。この花はね、」
「日向水木、だろう?」
花の名前を言い当てた駿水と名乗る男に、明華は驚いて目を瞬かせた。
「まあ!知ってるの?駿水って変わってるわね。男の人は殆ど、花に興味なんてないのに。」
「書物を読むのが好きなんだ。先日見た植物学の本に載っていた。名前が綺麗で覚えていただけで、そこまで詳しい訳では無い。」
「でも嬉しいわ。駿水には、、、そうね、、、」
明華は立ち上がると、自分の木を見上げながら思案した。
そして何か思いついたように手を叩くと、スルスルっと木に登って、一本の枝を丁寧に手折った。
「これは?」
「この花は更紗灯台っていうの。部屋の明かりみたいな可愛い形でしょう?花言葉ってしってる?花にはそれぞれ意味があるのよ。更紗灯台の花言葉は『明るい未来』嫌なことがあったみたいだから、あげるわ。この花が、未来を照らしてくれますように。」
駿星は少し驚いてから、その可愛らしい薄ピンクの花を受け取った。
「花言葉、、、。」
「ええ。花言葉の本とかもあるのよ?興味があったらぜひ読んでみて欲しいわ。」
「そうか。ところで、そなた」
駿星が口を開いたところで、ゴーン、ゴーン、と町の中心にある時の鐘が鳴り響いた。
子の刻を知らせる鐘だ。
「いけない!もうこんな時間ね。私、明日の準備があるから帰るわ!」
「そうか、私もそろそろ帰らねばなるまい。」
「駿水って丁寧な喋り方をするのね、、、もしかして貴族、、、?私、タメ口きいちゃったわ、、、同い年くらいだと思って、、、」
「そんな大したものでは無い。なあ、また会えるだろうか?」
「ええ、私、よくここに来るの。花に興味のあるあなたなら、たまには来てもいいわよ。」
明華はいたずらっぽく笑うと、またねー!と手を振り、城下町の方へ駆け出して行った。
駿星も、そろそろ戻らなければ、と秘密の扉の方へ裏山を下っていく。
「しまった、また名前を聞きそびれたな、、、」
明るく、美しく、花好きな不思議な少女を思い出して、
駿星はそっと笑った。




