3. 駿星皇子
「、、、、はぁ。」
仔空は目の前の主人を見て、大きくため息をついた。
主人___帝の第二皇子、駿星皇子は、御座に座って西方から取り寄せたという天文学の本を読みふけっている。目の前の机に並べられた、妃候補の姿絵には目もやらない。
仔空が帝に呼ばれたのは、10日ほど前の事だ。
そろそろ、あれにも最初の妃を持たせよう。
つまり、皇子に相応しい妃を探せということだ。
駿星皇子は美しい。
皇后様によく似て、髪は黒々と美しく、瞳は蜂蜜を溶かしたようだ。
しかしその頭脳や大胆さは皇帝陛下譲りだろう。
幼き頃から見ているが、人の上に立つ御方、という他ない。
第二皇子という立場ではあるが、その聡明さや、皇后様の実子である点から、駿星様を東宮に、という声は多い。
まあ、当の本人が自分の立場に全く興味が無いのであるが。
「駿星様、貴方様の妃候補です。目を通してくださいませんか。」
「良い、誰でも。私は妃はいらない。でも、そういう訳にはいかないもの知っている。仔空が選んだのであれば、その中の誰でも問題は無いだろう?」
「ですが、、、」
駿星様の妃に、と望む女人は後を絶たない。
美しく、優秀で、この身分だ。
だが、妃選びはそう単純では無い。
大事なのは、身分、賢さ、気品、美しさ、そして父親。
良家の娘で、賢く、妃としての気品があり美しい姫。
そして皇子に娘を輿入れさせても、そのことを悪用しない父親であること。
今回の妃候補は右大臣の孫娘は外しておいた。
東宮の母君は右大臣の娘で、皇太后様の父君は先の右大臣。
このままでは右大臣一派が力を持ちすぎるからだ。
仔空が10日間かけて選りすぐった妃候補は5人だ。
どの方も家柄、外見、気品申し分ない。
賢さや内面は接してみないと分からないが、まずは2、3人に絞りたかったのだが、、、
駿星を幼い頃から見ていたからか、何分この皇子に仔空は弱い。
はて、どう帝にご報告したものか。
仔空が考えを巡らしていると、駿星はパタン、と読んでいた本を閉じた。
「すまない。それではお前が困るな。」
駿星はそう言って、笑いながら妃候補の姿絵を手に取った。
昔から、物分りの良い子供であったな、と仔空は思う。時々子供らしいわがままを言うことがあったが、無理だと悟ると直ぐに笑って、気が変わった、と言う。幼い頃から、自分の立場を理解し、諦めの笑みを浮かべることが多々あった。
その気になれば、何でも手に入れられる御方なのに。
「なぁ、仔空。私は平民に生まれたかった、と言ったら、この国の民は怒るだろうか?」
駿星はパラパラとつまらなそうに姿絵を眺めながら、そう問うた。
「私は学問が好きだ。文学や医学、特に天文学に興味がある。自由に学んで、学者になりたい。学者になれなくとも、近所の子供らに教えるでも良い。」
駿星は窓の外に目をやった。
窓辺では、雀が2匹戯れている。
駿星の視線に気づくと、そのまま空へ飛び立って行った。
「婚姻も、ある日誰かと出会って、自然と惹かれあって、そして結ばれたい。跡継ぎや男子に拘らず、子を1人2人もうけて、ただ幸せに暮らしたいのだ。」
駿星の視線は、窓辺をはずれ、仔空へと移る。
「王族とは、なんでも手に入れられると言うが、私が欲しいものは、王族である限り決して、手に入らぬのだな。」
そう言うと、駿星はまた、諦めたような笑いを見せた。
仔空は言葉に詰まる。
この御方に幸せになって欲しいのに、自由だけは、この方には与えられないのだ。
「駿星様。」
「んー、そうだな。こちらの姫は父親が食えんやつだから外しておいてくれ。一度宴席で話す機会があったが、何を考えているか分からぬ男であった。あと、、、この姫、血筋から見て玉の一族の者だな?あの一族は右大臣への恨みが強い。私への害はないだろうが、玉の一族の姫を娶れば東宮と対立している様に見えるだろう。こんなもので良いか?」
「はい、駿星様。そうしましたら残りの御三方から選びましょう。お会いになりますか?」
「そうだな、あとは会ってみなくては分かるまい。そのようにしてくれ。ああ、父親の同伴は無しで頼む。姫の本質が分からぬからな。」
「御意。」
ふう、と一息つくと、駿星は読みかけの本を手に取った。
するとトントン、と扉が叩かれ、仔空がそれに対応した。
「駿星様、美雨公主から、昼食のお誘いにございます。天気が良いので、外庭でいかがかと。」
「それは良いな、私が時雨宮に出向こう。」
「そのように伝えておきます。」
「そうだ、この姿絵を持ってゆこう。妹の意見も参考にしないとな。」
「そうでございますね、お持ちしましょう。」
駿星皇子と美雨公主は仲が良い。
兄妹の時間が、少しでもこの方の心休まる時間になれば。
仔空はそう思いながら、侍女に外出の準備をするよう指示を出した。




