表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/65

返却をします、旦那様



 ――とりあえず。

 私は、どうすればいいのだろうかと思案する。


 ダンテ様は動揺のあまり、大切なことを言い忘れている。

 愛さないという確固たる決意表明は理解できたけれど。


 こともなく。はずもなく。そんなわけもなく。気がするようなしないような――という曖昧さはあるものの、大切なことなので二回繰り返してくださったのだから、愛さない宣言と受け取ってもいいのよね、きっと。


 お気持ちは十分理解できた。

 私を追い出すことはできないし、間違えたというのもとても言えない。

 苦肉の策として、愛さないと伝えて――私がここを去ることを期待しているのだろう。


 つまりは、穏便な婚約破棄。

 ダンテ様の奥ゆかしさと心づかい、きちんと受け取ったので大丈夫です。

 ――という気持ちを込めて再びにっこり微笑むと、ダンテ様は食い入るように私を凶相のまま見つめた。


 大丈夫かしら。伝わっているかしら。私の気持ち。

 追い出したいと考えて、愛さないと突き放した女がにこにこしていたら、不気味だと思うのが普通なのかもしれない。


 人間って難しいわね。

 これが発情期を迎えた動物たちなら、番うことを拒否するために、雌は雄に体当たりしたり頭突きしたり蹴ったりするから、一発でこれは駄目だと分かるのだけれど。


 やっぱり、ダンテ様は優しいかただから、はっきりとは言えないのだろう。

 私のつくった羊の人形も飾ってくれているぐらいだ。


 美しい執務室のなかで一際異彩を放っている、小さな羊さんの人形は、貰ったものを大切にするダンテ様の優しさ。

 噂では冷血とか、笑ったことがないとか言われているようだけれど、いい人である。 


「旦那様、私、あなたに返さなくてはいけないものがありまして」


「返す、何を……?」


「これ。お返ししますね」


 私は手荷物の中に大切にしまっていた小箱を取り出した。

 ダンテ様に近づくと、ダンテ様は何故か一歩さがった。

 不思議に思いながらもう一歩近づくと、更にさがる。

 もしかして、私、羊くさいのかしら。獣くさいから近づかないで欲しいという意思表示かもしれない。


 私は片手で自分の服の胸のあたりを掴んで引っ張る。

 体にぴったりしている羊毛のセーターは、よくのびる。匂いをかいでみたけれど、よくわからない。


「な、なにをしているんだ、ディジー」


「いえ、もしかしたら獣くさいのかと思いまして」


「そんなわけがないだろう。とても、いい匂いがす……い、いや、なんでもない」


 セーターから手を離すと、セーターは元の形に戻って、ぴたっと胸にはりついた。

 獣くさくないのならいいかと、私はダンテ様の元にずんずん近づいていく。


 もしかして、高貴な方というのは傍に近寄ってはいけないのかしら。

 エステランドの森に住んでいる孤高の銀狼も、傍に近づくと嫌がるものね。


 たまに触らせてくれるけれど、本当に、ごく希にという感じだ。公爵様も銀狼に近いのかもしれない。


 ダンテ様は何かに耐えるように眉間に皺を寄せていた。

 今度は後退らなかった。私が近づくことを我慢してくださっている。


「あの、こちらなのですが」


「これは」


「旦那様からいただいた首飾りです。ええと、その……」


 渡す相手を間違えたようなので――とは、言えない。

 ここには、ロゼッタさんとロゼッタさんによく似た男性――恐らく、ロゼッタさんのお兄様がいらっしゃる。

 従者たちの前で恥をかかせるというのはよくない。


 私は困って、けれど何も言わずに突き返すのも申し訳なく感じて、ダンテ様の服を軽く摘まむと引っ張った。


 耳打ちしたいけれど、ダンテ様は背が高い。

 背伸びしても届きそうになかった。


「どういうことだ、ディジー。何故、それを……」


「それは、あの……」


 私が体に触れたからだろうか、ダンテ様のお顔が怒りで赤く染まる。

 ごめんなさい。不敬ですよね。

 分かっているのだけれど、他にどうしていいやらだ。

 私は気合いを入れて、今度はダンテ様の腕を軽く掴むと引っ張った。


「でぃ、ディジー……!?」


 やや前傾姿勢になるダンテ様の耳元に、背伸びをして唇を寄せる。

 あまり大きな声では言えないのだ。ダンテ様の名誉のために。


「大変高価なものですから、いただけません。私には相応しくないものですので、お返ししますね」


 よかった、言えた。

 密やかな声で囁いて、私はほっとしながらダンテ様から離れる。

 再び、分かっています、大丈夫ですという気持ちを込めてダンテ様の顔を見上げると、ダンテ様は耳をおさえて俯いていた。


 そんなに嫌だっただろうか。

 なんだか、すごく申し訳ない。

 とりあえず、小箱はダンテ様の机の上に置いた。

 これで私のやるべきことは全部終わったので、私は深々と礼をした。


「それでは、私はこれで」


「あ、あぁ、さがっていい」


 心なしか落ち着きを取り戻したように見えるダンテ様が、低い声を更に低くして言った。

 私はロゼッタさんに連れられて、部屋を出る。

 視界の端に、ロゼッタさんに似た男性が、頭を抱えているのが見えた。



お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ