返却をします、旦那様
――とりあえず。
私は、どうすればいいのだろうかと思案する。
ダンテ様は動揺のあまり、大切なことを言い忘れている。
愛さないという確固たる決意表明は理解できたけれど。
こともなく。はずもなく。そんなわけもなく。気がするようなしないような――という曖昧さはあるものの、大切なことなので二回繰り返してくださったのだから、愛さない宣言と受け取ってもいいのよね、きっと。
お気持ちは十分理解できた。
私を追い出すことはできないし、間違えたというのもとても言えない。
苦肉の策として、愛さないと伝えて――私がここを去ることを期待しているのだろう。
つまりは、穏便な婚約破棄。
ダンテ様の奥ゆかしさと心づかい、きちんと受け取ったので大丈夫です。
――という気持ちを込めて再びにっこり微笑むと、ダンテ様は食い入るように私を凶相のまま見つめた。
大丈夫かしら。伝わっているかしら。私の気持ち。
追い出したいと考えて、愛さないと突き放した女がにこにこしていたら、不気味だと思うのが普通なのかもしれない。
人間って難しいわね。
これが発情期を迎えた動物たちなら、番うことを拒否するために、雌は雄に体当たりしたり頭突きしたり蹴ったりするから、一発でこれは駄目だと分かるのだけれど。
やっぱり、ダンテ様は優しいかただから、はっきりとは言えないのだろう。
私のつくった羊の人形も飾ってくれているぐらいだ。
美しい執務室のなかで一際異彩を放っている、小さな羊さんの人形は、貰ったものを大切にするダンテ様の優しさ。
噂では冷血とか、笑ったことがないとか言われているようだけれど、いい人である。
「旦那様、私、あなたに返さなくてはいけないものがありまして」
「返す、何を……?」
「これ。お返ししますね」
私は手荷物の中に大切にしまっていた小箱を取り出した。
ダンテ様に近づくと、ダンテ様は何故か一歩さがった。
不思議に思いながらもう一歩近づくと、更にさがる。
もしかして、私、羊くさいのかしら。獣くさいから近づかないで欲しいという意思表示かもしれない。
私は片手で自分の服の胸のあたりを掴んで引っ張る。
体にぴったりしている羊毛のセーターは、よくのびる。匂いをかいでみたけれど、よくわからない。
「な、なにをしているんだ、ディジー」
「いえ、もしかしたら獣くさいのかと思いまして」
「そんなわけがないだろう。とても、いい匂いがす……い、いや、なんでもない」
セーターから手を離すと、セーターは元の形に戻って、ぴたっと胸にはりついた。
獣くさくないのならいいかと、私はダンテ様の元にずんずん近づいていく。
もしかして、高貴な方というのは傍に近寄ってはいけないのかしら。
エステランドの森に住んでいる孤高の銀狼も、傍に近づくと嫌がるものね。
たまに触らせてくれるけれど、本当に、ごく希にという感じだ。公爵様も銀狼に近いのかもしれない。
ダンテ様は何かに耐えるように眉間に皺を寄せていた。
今度は後退らなかった。私が近づくことを我慢してくださっている。
「あの、こちらなのですが」
「これは」
「旦那様からいただいた首飾りです。ええと、その……」
渡す相手を間違えたようなので――とは、言えない。
ここには、ロゼッタさんとロゼッタさんによく似た男性――恐らく、ロゼッタさんのお兄様がいらっしゃる。
従者たちの前で恥をかかせるというのはよくない。
私は困って、けれど何も言わずに突き返すのも申し訳なく感じて、ダンテ様の服を軽く摘まむと引っ張った。
耳打ちしたいけれど、ダンテ様は背が高い。
背伸びしても届きそうになかった。
「どういうことだ、ディジー。何故、それを……」
「それは、あの……」
私が体に触れたからだろうか、ダンテ様のお顔が怒りで赤く染まる。
ごめんなさい。不敬ですよね。
分かっているのだけれど、他にどうしていいやらだ。
私は気合いを入れて、今度はダンテ様の腕を軽く掴むと引っ張った。
「でぃ、ディジー……!?」
やや前傾姿勢になるダンテ様の耳元に、背伸びをして唇を寄せる。
あまり大きな声では言えないのだ。ダンテ様の名誉のために。
「大変高価なものですから、いただけません。私には相応しくないものですので、お返ししますね」
よかった、言えた。
密やかな声で囁いて、私はほっとしながらダンテ様から離れる。
再び、分かっています、大丈夫ですという気持ちを込めてダンテ様の顔を見上げると、ダンテ様は耳をおさえて俯いていた。
そんなに嫌だっただろうか。
なんだか、すごく申し訳ない。
とりあえず、小箱はダンテ様の机の上に置いた。
これで私のやるべきことは全部終わったので、私は深々と礼をした。
「それでは、私はこれで」
「あ、あぁ、さがっていい」
心なしか落ち着きを取り戻したように見えるダンテ様が、低い声を更に低くして言った。
私はロゼッタさんに連れられて、部屋を出る。
視界の端に、ロゼッタさんに似た男性が、頭を抱えているのが見えた。
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