はじめての夜です、旦那様
ダンテ様を引っ張って、お父様特製のパエリアや、お兄様のつくったラムチョップ、カールさんのつくってくれたクラムチャウダーや、その他色々をたくさん食べた。
子供たちから可愛いブーケを貰ったり、お花のポプリを貰ったりしていると、すぐに両手がいっぱいになってしまった。
あっという間に時間が過ぎて、夕暮れが近づいてくる。
ジェイド様とエリーゼ様もそろそろお帰りにならないといけない。
「ジェイド様、エリーゼ様。本日はありがとうございました」
「とっても楽しかったわ、ディジーさん! 本当は帰りたくないのだけれど、そうもいかないわね」
「長く城を留守にするわけにはいかないからな」
今日はお泊まりになり、明日の朝はやくに出立するのだという。
ディーンさんが、ジェイド様たちやお父様たちの宿を確保しておいたので、お帰りになる際には案内をすると言っていた。
お父様たちは、人が捌けるまでは働いて、片付けをして帰ると言う。
エステランドよりもずっとお客さんが多くて、料理のし甲斐があると嬉しそうだった。
「ダンテ。あらためて、おめでとう。ミランティス夫妻が亡くなられた日、君の笑う顔など二度と見ることができないのだろうなと思っていた。言葉も話せることになるかどうかさえ、不安だったぐらいだ」
「言葉も?」
私は首を傾げる。
ダンテ様のご両親が亡くなられたことは知っているけれど――。
「ディジー嬢に話していないのか? ダンテの両親は、我が父や私を卑劣なローラウドから守り、ダンテの前でローラウドの兵の手にかかった。……ずっと、気に病んでいた。私の父も同様に。命を捨ててまで守られるような価値があるのかと」
「……ダンテ様!」
「陛下。余計なことを」
「余計なことなどではありません……!」
「すまないな、ダンテ。だが、言葉が少なすぎるというのも考えものだ。……話すことで、昇華できるものもあるだろう」
「では、私たちはこれで。ディジーさん。今度は王都に来てね。案内するわ!」
エリーゼ様は何か言いたげにジェイド様やダンテ様の顔を見て、けれど挨拶だけをして微笑んだ。
ジェイド様とエリーゼ様が、護衛の兵士たちと共に帰って行く。
私はダンテ様の手を強めにぎゅっと握っていた。
帰りの馬車の中で、ダンテ様はぽつぽつと幼い頃のことを話してくれた。
私が噂で聞いた、王都で起った怖いこととは、ダンテ様のご両親が亡くなられたローラウドの裏切りのこと。
それは、ヴァルディアの悲劇と呼ばれているものだ。
ヴァルディアの悲劇という言葉は聞いたことがあるけれど、詳しい内情までは知らなかった。
ダンテ様が言葉を話せなかったことも。
寡黙な少年はあのとき、言葉を話せない病だった。
「私……知りませんでした。ちゃんと、聞けばよかったのですね。あの日会った少年が、ダンテ様だと分かったとき」
「そんなことはない」
「あるのです! 私、詳しく聞かなくてもいいって思っていて。動物は、話しませんから。でも、仲良くなれますでしょう?」
「あぁ。実際、君は俺の想いを汲んでくれた」
「でも、お辛かったことさえ知らないままなんて!」
「過去は変わらない。伝えたところで、仕方ない。それに、ミランティス家に嫁ぐことを、怖いことだと思われたくなかった」
「思いません! 知ることができて、よかったです。ダンテ様と一緒に幸せにならなければと、あらためて思いました。亡くなられた、お父様やお母様のためにも!」
失ったものはもどらない。
前にすすんでいくしかない。
ダンテ様は、前を向いて歩いている。強い方だ。
その瞳からは、暗い怒りも激しい恨みも感じない。
ただ、私を熱心に見つめて、愛していると伝えてくれている。
私はダンテ様の熱のこもった瞳を見返して、頬を染めた。
体の中に直接熱を注がれているようで、落ち着かない気持ちになる。
「ディジー、ありがとう。君といると、楽しい」
「ふふ、よかったです。私もですよ、ダンテ様」
「俺は、ディジーを楽しませるようなことはなにも」
「二人でいるだけで、楽しいのです。ずっと一緒にいてくださいね」
返事の代わりに引き寄せられて、抱きしめられる。
どうか、怖いことが起こりませんようにと願いながら、私はダンテ様の背中に腕を回した。
屋敷に戻ると、ロゼッタさんたちが体を清めてくれる。
いつも以上に徹底的に磨き上げられた私は、初夜用のドレスを着せてもらい、ダンテ様の訪れを待った。
やや緊張しながら、けれど奥ゆかしいダンテ様が困ってしまわないように、頑張らなければと決意しながら。
期待と不安に胸を膨らませていた。
ややあって、ダンテ様が寝室に姿を見せた。
いつも以上に表情が固い。
すごく緊張しているのがわかり、私は思わずくすくす笑い出してしまった。




