末永く幸せになりましょう、旦那様!
広場の中央には、この日のための祭壇が用意されている。
といっても、広場で婚礼をあげる習慣なんて街の人々にはなかった。
元々、中央のステージは演劇や催しもののためにつくられている。
そのステージを婚礼の儀式に使用するために飾り付けてくれたのである。
まるで花畑のように、たくさんの花々で満たされている中央に私とダンテ様が立つと、お祭りを楽しんでくれていた方々がステージの周囲に集まってきてくれる。
お父様やお母様たちも、一番前へと。ディーンさんやロゼッタさん、それから可愛らしい奥様と着飾った娘さんを連れたサフォンさんの姿もある。
大聖堂の神官様の隣には、ジェイド様とエリーゼ様の姿。
せっかくいらしてくれたので、もったいなくも国王夫妻直々に婚礼の見届け人になってくださるようだ。
多くの人々があつまるなかで、ダンテ様はひときわ目立つ。
どんな人混みの中でもきっと私はダンテ様をみつけることができるだろうと自信満々に言えるぐらいに、エステランドの夜空に輝く星のように、光り輝いて見えた。
「ダンテ・ミランティスはディジー・エステランドを妻として、何があっても守り抜き、死が二人を分かとうとも愛し続けることを誓います」
ダンテ様の低くよく通る声が、広場に響く。
春の日差しが降り注ぎ、頬を撫でる風が優しい。
私の手を取り、いつもの固く結ばれた唇と射貫くような瞳で私を見据えるダンテ様の姿が、幼い時に花畑で出会った少年と重なる。
私の下手な演奏を、はじめて聴いてくれた人だ。
あの時の私は――どうしてか、ダンテ様になら演奏をきいてもらうことができた。
見知らぬ男の子なのに。
私の前から不意にいなくなってしまって。
私の軽率な言葉を謝りたくて。
もうどこに行ったのかも分からずに、二度と会えないだろうことが悲しかった。
今思えば――私もあの時、初恋をしていたのかもしれない。
どこか見知らぬ土地の匂いのする、物言わぬ男の子に。
風が吹いて、花が揺れる。レオの手から飛び出したエメラダちゃんと、お兄様の隣にお行儀よく座っていたアニマが私の元へと駆けてくる。
頭の中に何度も練習した星の舞踏曲が楽しげに鳴り出した。
「私も、あなたが大好きです、ダンテ様!」
こういう時、花嫁とは返事をするだけでいいとされている。
はい、と一言。
けれどそれでは足りなくて、私はダンテ様の手をぎゅっと握りかえすと、喜びに口元をほころばせた。
「これからは、ずっと一緒です。私がダンテ様の家族です、そしてエステランドのお父様たちも、ミランティス家の方々も。私は、あなたの元に来ることができてよかった」
こんなに嬉しいことがあったのかしらというぐらいに、心が躍る。
もう、想いは通じ合っている筈なのに。
皆に祝福してもらえることが、こんなに幸せなんて、知らなかった。
「末永く――幸せになりましょう、一緒に!」
あなたが私を守ってくれるというのなら、私も――あなたのように戦うことはできないけれど、雨風からあなたを守る屋根になろう。
手を繋いで眠って、起きたらとびきりの笑顔でおはようを言おう。
あなたが寂しいと思わないように。
あなたの居場所が、私の傍であるように。
ダンテ様が、いつでも笑っていられるように。
「ジェイド・ヴァルディアの名において、ダンテ・ミランティスとディジー・エステランドの婚姻を認める。これからも二人で支え合い、人々のために尽力してほしい」
ジェイド様が威厳のある声で朗々と告げた。
人々から拍手が沸き起こり、嬉しそうにエメラダちゃんとアニマが私たちの周りをくるくる回る。
花籠から、花が空に向かって撒かれて、風にのって花びらが舞い散った。
ダンテ様の名前を、街の人々が呼んでくれている。
「ディジー……」
ダンテ様は大きく息を吸い込んだ。
緊張した面持ちで、恥ずかしそうに、何かを決意したように口を開いた。
「俺は君を、心から愛している……!」
愛しているとか、好きだとか。
直接言われなくても分かることは、たくさんある。
けれど、一生懸命伝えてくれたダンテ様らしくない明け透けな言葉は、私の心を強く打った。
体にあたたかいものが広がっていく。
嬉しくて、愛しくて、瞳が潤んだ。
「ええ、私も!」
人前では節度を持って――なんて考えていたけれど。
愛しさでいっぱいになった私は、感情の赴くままにダンテ様に抱きついた。
広い背中に手を回して、ぎゅっと体を押しつける。
神官様が、ヴァイオリンを奏ではじめる。聖歌隊の子供たちの歌声が響く。
ダンテ様の腕が遠慮がちに私を抱きしめて、それからぎゅっときつく、覆い被さるようにすっぽりと、私を抱きしめてくださる。
「……ダンテ。そろそろ、皆が困っている」
「ジェイド様、寡黙なダンテ様の一世一代の告白なのですから、そっとしておいてあげませんと」
困ったようなジェイド様の言葉と、窘めるエリーゼ様の言葉が聞こえて、私はダンテ様の腕に抱かれて少しじたじたした。
でも、ダンテ様は周りのことなんて忘れてしまったみたいに、私を抱きしめ続けている。
「皆、若い二人の邪魔をしたらいけない。この幸せな気持ちのまま、食事にしよう! 川渡りガザミのパエリアが、美味しくたけたところだよ! お腹いっぱい食べていってくれ!」
「エステランド自慢の果物でつくったいちご飴や、パイもあるわよ。シナモンロールもとても美味しく焼き上がったわ。やっぱりお祝いの日は、シナモンロールよね!」
お父様とお母様の明るい声が聞こえる。
それに続いて、ディーンさんやサフォンさんたちが「ダンテ様の為にお集まりいただいてありがとうございます。今日の屋台などの食事やその他商品は、全てミランティス家で買い取りします。どうぞ祭りを楽しんでいってください」と、皆さんに向かい声をはりあげている。
わっと、喜ぶ子供たちの歓声や、「いいのかしら」「まぁ、ありがとうございます!」とお礼を言う女性たちや、「エステランド産の葡萄酒だ!」と盛り上がる男性たちの声が聞こえる。
ジェイド様の手をひっぱって、エリーゼ様も屋台に向かっていく。
それぞれがお祭りを楽しみ始めて、少し静かになった祭壇の上で、私を抱きしめ続けているダンテ様の体が震える。
「ダンテ様?」
「ふふ……すまない、ディジー、だが、……ふ、……はは」
笑い声を聞いたのは、はじめてだ。
押し殺したような小さな声だったけれど、それは確かに笑い声で、見上げたダンテ様の顔には楽しげな笑顔が浮かんでいた。
「……こんなに幸せで、賑やかで、満ち足りた日は、はじめてだ。すまない、楽しくなってしまって」
ダンテ様は私からやっと腕を放して、口元をおさえて硬い表情に戻った。
私はその腕を掴むと、背伸びをして、その頬に唇をつけた。
「今私は、どうしてもダンテ様にキスをしたい気持ちでした。だからというのも、おかしいかもしれませんけれど。ダンテ様も笑いたいときは笑って、泣きたいときは泣いて、怒りたいときは怒ってください」
「ディジー……」
「さぁ、私たちもご飯を食べにいきましょう! 私、ずっと心配していたのです。式の最中にお腹が鳴ったらどうしようって!」
「ふふ……あぁ、そうだな」
ダンテ様はくすくす笑って、それからダンテ様に向けて伸ばした私の手を、力強く握り返してくれた。




