婚礼とお祭りです、旦那様
馬車がとまったのは、街の中心地。中央広場だった。
たくさんの花々で飾られて、色とりどりの布が家から家に伝う紐に旗のように飾られはためいている。
広場を囲うようにして様々な露店が並び、その光景はさながらエステランドの収穫祭だった。
街の人々がそれぞれ着飾り集まっている。
神官の皆さんも、聖歌隊の皆さんの姿もあるし、花で飾られてのんびりとした優しい瞳で子供たちに囲まれているオルデイル牛もいる。
ダンテ様に手を引かれて馬車から降りると、すぐに見慣れた子羊と犬が私の元へと駆け寄ってきた。
「エメルダちゃん、アニマ!」
私はしゃがむと、二頭を抱きしめた。
ふわふわの感触が懐かしい。すりすりと体をすり寄せてくれるエメルダちゃんとアニマをよしよしして、私の隣で驚いているダンテ様を見上げた。
「ダンテ様、子羊のエメルダちゃんと、牧羊犬のアニマです。エステランドにいたときは、ずっと仲良しで」
「羊と、犬」
「はい、エメルダちゃんとアニマです」
「まぁ、可愛い!」
ジェイド様と共に馬車からおりてきたエリーゼ様が、嬉しそうに近づいてくる。
怖がらずにエメルダちゃんとアニマを撫でて、にこにこと微笑んだ。
「ディジー、なんて綺麗なのかしら」
「姉上、なんだかお久しぶりです。お元気そうでよかったです。エメルダ、アニマ。姉上のドレスが汚れてしまうから、こっちにおいで」
人混みの中からお母様とレオが現れる。
婚礼の正装――ではなくて、お祭りの正装をしている。
エステランドのお祭りでは、ドレスなどは着ない。
着るのは三角巾とエプロンと、花の刺繍のされている黒いスカートである。
歌ったり踊ったり、料理をしたり食べたりと忙しいので、女性たちは動きやすい服装を、男性たちも同じく。
それでも特別な衣装なので、普段着よりは華やかだ。
「レオ、お母様!」
「……エステランドの奥方と、弟君ですね」
「まぁ、ダンテ君。母上と呼んで」
「レオでいいですよ、兄上」
「……っ、感謝します。では、母上、レオ。ご挨拶が遅れまして」
「そういうかたくるしい挨拶は苦手なの。ダンテ君はディジーの夫なのだから、私の息子よ。三人目の息子だわ」
「兄上が二人もできて、僕も嬉しい……って、母上! 国王陛下がいらっしゃいますよ、母上」
「あぁああどうしようかしら……! オルター、国王陛下よ、オルター……!」
ダンテ様とご挨拶をしていたときは、いつもどおりのお母様とレオだったのだけれど、私たちの後ろからジェイド様が姿を見せると、動揺しはじめる。
「私の姿を見てここまで動揺してくれるというのも、中々新鮮なものだな」
「ジェイド様は、お城では妙なことばかりをはじめる道楽者の国王陛下ですからね」
「空見台も天文台も無駄だと言われる。しかしディジー嬢のおかげで無駄ではないと判明したのだ。これで、うるさい貴族どもを黙らせることができる」
「ええ、本当に」
にこやかになんだか少し怖いことを話し合っているジェイド様とエリーゼ様に、私は母とレオを紹介した。
恐縮していた二人だけれど、そこはそれ、私と似た性格をしている二人だ。
ジェイド様やエリーゼ様が気安く話しかけてくれると、すぐに慣れたようだった。
私もそうだけれど、物事を深く考えたり悩んだりしないのが、私の家族のいいところだと思う。
「ディジー、ダンテ君。オルターたちが、川渡りガザミのパエリアを作っているわ。今日のメイン料理よ」
「こんなこともあろうかと、川渡りガザミをたくさん持ってきてよかったですね、母上」
「ええ。ダンテ君へのお土産にと思っていたけれど、持ってきてよかったわね」
お母様が視線を向けた先に、お父様とお兄様の姿がある。
二人はどこから持ってきたのだろうかというぐらいに巨大なパエリア鍋で、川渡りガザミパエリアを仕込んでいる。
お兄様はそうしながら、焚き火でラムチョップを焼いていた。
パン釜で焼かれているのは、お母様の得意なシナモンロール。懐かしい香りが、鼻腔ををくすぐる。
「――今日は、ダンテの挙式だと聞いてきたのだが、これは一体」
「ご不満ですか、陛下」
ダンテ様が不機嫌そうな顔で辛辣なことを言うので(これは本当に不機嫌に辛辣なことを言っている)私はあわてて間に割って入った。
ダンテ様は国王陛下のご友人なのに、その態度は冷たい。
私には可愛い方なのに、不思議だ。
「あ、あの、私がお願いしたのです。陛下がいらっしゃると聞いて、私の家族はきっと緊張のあまり川渡りガザミのように泡をふいて倒れてしまう……と思いまして。それなら、もてなす側に回って貰おうと思って。これは、エステランドのお祝いの形なのです」
小さな街だから、結婚式などがあると街ぐるみでお祭りになるのだ。
これは娯楽がなく、結婚式も一年に一度あるかないかなので、それを口実にお祭りがしたいだけなのだと私は思っているけれど。
お父様もお兄様もお祭りが好きだ。お母様は料理が好きで、食べて貰うのはもっと好き。
街の人々は元々、私とダンテ様のお祝いでお祭りを行うと聞いていた。
そこにお父様たちが参加した形となった。
そして、それならば一緒にお祝いをするべきだろうと、挙式も街の広場であげることにしたのである。
ミランティス家でそれは前例のないことだった。
けれど、ダンテ様は「かまわない」とすぐに頷いてくれたし、ディーンさんもサフォンさんも「でしたらすぐに手配します」と動いてくれた。
「ダンテ君! 見てくれ、この立派な川渡りガザミを! ダンテ君は体が大きいから、川渡りガザミよりも子豚の丸焼きのほうがいいかな」
「ダンテ君、ラムチョップもあるぞ。いい筋肉には、良質なタンパク質が必要だ。タンパク質とは、肉や魚に含まれている成分のことで、あっ、知っているか」
お父様とお兄様が、もうすっかり家族になっているダンテ様に嬉しそうに話しかける。
それから、ジェイド様とエリーゼ様に気づいて、お母様とレオと同じ反応をした。
私はもう一度、お父様たちをジェイド様に紹介した。
ジェイド様は面食らっていたけれど、すぐにお腹をかかえて笑いはじめた。
「あはは……最高だなぁ! 氷の軍神、笑わない冷血公爵と名高いダンテの結婚式が、こんなに明るいものになるなんて。これは全て、ディジー嬢のおかげだね。とてもいい。私はすごく、楽しいよ」
「ええ! 私もまるで、辺境に帰ったようで嬉しいわ、ディジーさん。それに、ジェイド様がこんなに笑っているのは久々に見るわ。ありがとう」
ジェイド様もエリーゼ様も、とても喜んでくれている。
私は嬉しくなりながら、ドレスの下のお腹が鳴らないかひやひやしていた。
だってすごく、いい香りがするのだもの。
お父様と一緒に、カールさんがクラムチャウダーをつくってくれている。
私たちの姿に気づくと、「川渡りガザミのクラムチャウダーですよ。ミランティス領で採れる貝やエビもふんだんに入っています。最高に美味いですよ」と、鍋の蓋を開けて見せてくれた。
「……美味しそうです。ダンテ様、どうしましょう。私、とても、堪えられないかもしれません……」
私はダンテ様の腕をきゅっと掴むと、潤んだ瞳でダンテ様を見つめる。
頬が紅潮しているのが分かる。切なげに眉が寄った。
「ディジー……」
「はやく、挙式をすませましょう? 食べたいものがたくさんあります。演奏も、聞きたいですし、歌も聴きたいですし。お祭り、そわそわしてしまって……」
「わ、わかった。早々に、挙式を行おう」
狼狽したように、ダンテ様が言った。
ジェイド様が腕を組みながら「なるほど、これが猛獣使いの力か……」と、小さな声で呟いた。




