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修羅場の噂



 エリーゼ様は恐縮する私の手を取り、にっこりと微笑んだ。


「ディジーさん。私は元々は、フェデル辺境伯家の娘です。辺境伯家は国の端にあって、王都では私は田舎者だと侮られていました。ですから、そう怖がらないでいただきたいのです」


「怖がっているわけではなくて、ごめんなさい。高貴な方々とお会いしたことなどないものですから……いえ、ないわけではなくて。ダンテ様も高貴でいらっしゃいますけれど……! 国王陛下と王妃様にお会いできるなんて思ってもいなかったものですから」


「安心して欲しい。これから、嫌でも顔を合わせることになる。城の祝賀会などにはミランティス家は出席するだろうし、ダンテは私の友人だ。だから、ディジー嬢とも是非親しくしたいものだ。嫌かな?」


「嫌ではありません! ありがたいことです……!」


 再びダンテ様がジェイド様を睨みつけた。

 私はそういえばダンテ様の腕に抱えられているような姿のまま話をしていたことを思い出して、いそいそと居住まいを正した。


「陛下。よけいなことを言わないでいただきたい」


「私はさほど、おかしなことを言ってはいない気がするのだが」


「ディジーさん、気にしないでくださいね。ジェイド様はどうにも、親愛の言葉を口にすると全て口説き文句に聞こえてしまうようなのです」


 エリーゼ様が秘密を共有するように、いたずらっぽい声音で教えてくれる。

 親愛の言葉が全て口説き文句に――というのも、中々すごい癖だ。

 確かに、私がダンテ様に恋をしていなければ、戸惑っていたかもしれない。

 

 親しくしたい。嫌だろうかと、困ったように微笑まれるそのお顔はどの角度から見ても美男子である。

 雌羊としての私は、雄々しいダンテ様に惹かれるのだけれど――個体差によっては、ジェイド様のような煌びやかで雅な方に惹かれる雌もいるだろう。


 いえ。惹かれては、駄目なのでしょうけれど。既婚者だもの。


「一つ、面白い話があって」


「面白い話ですか?」


「ええ。貴族学園の入学式で、ダンテ様とジェイド様が痴情のもつれで修羅場を繰り広げたのだけれど」


「エリーゼ様を巡って……!?」


 私が声をあげると、ダンテ様がぎょっとしたような顔で私を見た。

 とはいえ、やはり表情はさほど変化はないのだけれど。

 すごく驚いている。その上うろたえている。

 ダンテ様はエリーゼ様のことが好きだった時代があるのかしら。

 人生は長いので、そういった時代があってもおかしくはない。

 エリーゼ様はジェイド様を選び、結果的に私がダンテ様と結婚することができるわけだから、あまり気にもならない。


「エリーゼ様はとても愛らしいですし……でも、入学式で修羅場なんて、それはかなり目立ったのではないのでしょうか」


 雌を巡っての諍いは、よくある話だ。角を突き合せたり、互いの羽の色を競い合ったり、贈り物をしたり。

 ダンテ様とジェイド様の場合はどうなのかしら。剣を打ち合わせたのだろうか。


「違うのよ、ディジーさん。私を巡ってなんて、そんなわけがないわ。そうではなくて、ジェイド様がダンテ様を呼びとめて、君を忘れた日はなかった……! と情熱的に叫ばれたのよ」


「まぁ……!」


 ええと、つまり、どういうことなのだろう。


「素っ気ないダンテ様と、追いすがるジェイド様。さながら、男女の修羅場のようだったそうよ。私は見ていないのだけれど、ダンテ様とジェイド様が道ならぬ関係なのではという噂は、しばらく流れていたわ」


「ダンテ様……お辛い過去があるのですね」


「ディジー、違う。誤解だ」


「私は今でも変わらずダンテのことを想っているけれど、恋愛的な意味ではないよ。残念ながら」


「ダンテ様……」


「陛下、余計なことを言わないでください。ディジー、そうではない。誤解だ。俺は君一筋だ、ずっと」


 ジェイド様にふられてお可哀想に――と、一瞬思った。

 けれど、すぐにダンテ様が一生懸命否定してくれたので、私は考え直した。


 確かにジェイド様の物言いは、誤解を招く。ご本人はあまり気にしていないようだけれど。

 物腰が柔らかくて、声が甘ったるいせいで余計になのだろう。

 ジェイド様もまた一言二言言葉を交わして、にっこり微笑んだだけで、ハーレムができあがるほどに魅力的な雄なのだろう。

 国王陛下とはそれぐらい立派で魅力的でなければ務まらないのだ、きっと。


「そうなんだよ、ディジー嬢。ダンテはその時も私に向かって、愛のために生きているというようなことを言ってね。それから、辺境で駐屯したときも――ディジーを守るために戦っていると言っていたな。一途な男だよ」


「そうなのですね。ふふ、なんだかくすぐったいですけれど、嬉しいです」


「陛下、余計なことを……ディジー、忘れてくれ」


「何故ですか?」


「勝手に、君のことを想っていた。そんな男が、君の名前を、君のいないところで口にしていたというのは、気分のよいものではないだろう」


「嬉しいですよ。それに今はもう、私はダンテ様のことが好きなのですから。何にも問題ありません」


 恋をしていないときにそれを聞いても、光栄に思うこそすれ気分を悪くしたりはしない。

 今はよりいっそう嬉しいと感じるだけだ。


 ジェイド様はダンテ様の背中を軽く叩いて「よかったな。君の愛が、伝わって」と、自分のことのように嬉しそうに言った。


 エリーゼ様は私の手を取ると「ディジーさん、陛下とダンテ様のように、私たちも仲良くできると嬉しいです」と言ってくれる。


 私は「はい!」と、大きく頷いた。

 すかさずロゼッタさんたちが髪型を手直ししてくれる。


「――お話の最中に申し訳ありません。出立の準備が整いました」


 静かな声で、こちらに向かってやってきたディーンさんが言う。

 恭しく礼をして、それから扉を開くようにと他の者たちに指示をした。



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