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吹雪の後始末



 晴れた空から降り注ぐ日差しが、分厚く積もった雪を目が痛いぐらいに照らしている。

 吹雪が去った後の空は、昨夜まで吹雪いていたことが嘘のように晴れている。


「晴れましたね、ダンテ様!」

「あぁ、そうだな」

「皆さんは大丈夫でしょうか、街の人々は」


 晴れた空を確認してから、執務室に向かう。

 すぐにディーンさんとサフォンさんがやってきて、街の状況を報告してくれた。


「橋も道も雪で埋まっていて、通行が困難ですね。雪を退かして道をつくらなくてはいけません」

「屋根が吹き飛んだ家が数軒あるようですが、いずれも住人たちが大きな建物に避難をしていたので無事だったようです」

「驚くほどに、落ち着いていますよ。ディジー様が吹雪の予兆に気づいていなければ、凍死体の報告が次々とあがってきていたことでしょう」

「立往生した馬車の中で凍る死体の処理をする――なんてことにならなくてよかったです」


 はきはきとそんなことを言う二人を、ダンテ様は眉を寄せて睨んだ。


「ディジーに、そのような言葉を」

「大丈夫ですよ、ダンテ様。凍死者が出ずになによりでした。エステランドでは吹雪の度に、一人二人は命を落としていたようです」

「吹雪に慣れているエステランドでも、人が死にますか」


 ディーンさんが冷静な口調で言って、軽く首を傾げた。


「はい。富める者は十分に備えができていますが、貧しい者はそうではありません。そのために、我が家では備蓄をして、吹雪の時には困っている方々に配るのです」


 小さな町だが、貧富の差はある。皆が皆、身持ちが硬く勤勉で――というわけではない。

 病を抱えている人もいれば、働かずにお酒ばかり飲んでいる人もいる。

 そういった人々をお父様が全員助けられるわけではないけれど、天災の時は手を差し伸べるのだ。

 それが一応は伯爵として街を治めているお父様の義務なのだという。


「ですが、エステランドとミランティスでは街の規模が全く違いますから……少し、不安に思っていました。ミランティス家がしっかりと備えをしていたから、皆さん無事でいられたのですね」


「その備えも、天災に気づくことができたからこそ活用ができたのです」

「ただ、ディジー様が先に声をかけてくださっていた通り、大聖堂までの道が雪に埋まっています。ただ今から、兵士たちに命じて各地で火を焚き、食事を配りますが――大聖堂には今、何人の人が閉じ込められているでしょうか」

 

 ディーンさんのあとを、サフォンさんが続けた。


「すぐに雪が溶けるならいいが、そうでなければあまりいい状況ではないな。雪を退かせそうか?」

「先に街の道をどうにかしてからの作業になります。大聖堂は外れた場所にありますから、辿り着くまでにも骨が折れますね」

「大聖堂の神官たちは街の者たちから尊敬されている。それに、あの場所では孤児たちの面倒もみているだろう。早急に救出するべきだな。サフォン、お前は街の者たちを任せる。俺が数名を率いて、大聖堂に向かおう」

「しかし、ダンテ様」

「有事の際に、あたたかい部屋にこもり己だけ安寧を貪っていても仕方あるまい。動けるものが動けばいい」


 私はダンテ様の服を引っ張った。


「私も手伝います、ダンテ様。雪かきは得意なのですよ。それに、あそこは傾斜がある丘でしょう? 雪が溶けだしたら、崩れる危険もありますから」

「危険だというのに、君を連れていくのか?」

「崩れるかどうかを見極められると思うのです。大丈夫ですよ」


 ダンテ様は悩んでいたようだったけれど、私が同行することを了承してくれた。

 雪かき用の道具や火桶、薪や食料などをヴァルツに積んで、大聖堂まで向かう。

 途中の道は既に街の人々が協力して、歩くことができる程度には雪を退けてくれている。


 ミランティス領は元々温暖だ。吹雪が去れば、日差しはあたたかい。

 雪は数日で溶けるだろう。けれど、だからといって閉じ込められた人々を放っておいていいわけではない。


 備えをしてくれているはずだから、ある程度は大丈夫だろう。

 けれど、二日ほど吹雪いたのだ。食料を三日分備蓄しているとしたら、明日には底を尽きるということになる。

 救出は、早い方がいい。

 

 作業着を着た私と、ダンテ様と、それから動きやすい服装のロゼッタさんと侍女の方々。

 カールさんを筆頭に料理人たち、庭師や馬番などの若い使用人の皆さん。


 普段はミランティス家で働いている人たちが、私たちと一緒について来てくれた。

 

 ミランティス家の使用人は、元々は兵士として働いていた方がほとんどらしい。

 だからカールさんを含めて皆、体格がいい。

 戦えなくなった者たちの受け皿として、使用人として人を雇うのが、ミランティス家の伝統なのだという。


 戦場では、足や指を欠損したり、障害を抱えてしまうことがよくある。

 それに、心の傷もそうだ。人に剣を向けることがおそろしくなってしまう者もいるのだという。


 そういう方々が、街で暮らしていくのは難しい。

 退職金をすぐに使い果たして、路頭に迷うことも多い。そのために、ミランティス家はそういった方々を雇い家に置いたり、採掘所で働いて貰ったりするそうだ。


 元々兵士だったので、体力はあるし気力もある。特に採掘所は宝石がよくとれるので、仕事は大変だけれど、兵士として働いている時よりも稼ぎがいいそうである。


 そんなことを、雪を踏みしめて歩きながら、カールさんが明るい声で話をしてくれる。

 

「昼には、シチューでも作りましょうか。火を焚きますからね、大鍋でつくるシチューは旨いですよ」

「それは楽しみです!」


 私が喜ぶと、カールさんは嬉しそうに笑んだ。

 それからちらりとロゼッタさんを見て「ロゼッタのそんな姿を見るのははじめてだなぁ」と感心したように呟く。


「変だと言いたいのかしら……」

「いや。ディジー様は天使のように愛らしいが、ロゼッタも似合ってるぞ」

「そ、そう?」


 ロゼッタさんは侍女服ではなく、男性のような軍服を着ている。

 動きやすい服ということで選ばれたものだそうだ。侍女用に、今度揃いの作業着をつくるということになったのだと、私の姿を見ながら言っていた。


 街の人々が家から出てきて雪を退かしているのを励ましながら、ようやく大聖堂の丘の前まで辿り着いたのは、ミランティス家を出立してから数時間後のことだった。




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