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朝のたわむれ



 激しい風が雪雲を吹き飛ばしてくれたのは、雪が降りはじめて翌日のことだった。

 ぱちりと目を覚ました私は、私を抱きしめて眠っているダンテ様の腕の中から抜け出そうとした。


 風の音がやんでいる。

 カーテンの隙間から降り注ぐ日差しはやわらかい。

 

 まだ肌寒さは残っているけれど、春の光だ。


 吹雪がやんだのかもしれない。この時期に、温暖な場所で吹雪くというのは異常なことだったのだ。

 唐突に訪れて家の屋根を吹き飛ばし去っていく大嵐のようなもの。


 窓の外を確認したくてダンテ様の腕からそろそろと離れようとすると、ぎゅっと抱きしめられて抜け出せなくなってしまった。


 起こしてしまったのかと背後に視線を向けると、瞼はまだ閉じられている。

 目覚めている時には鋭く光る瞳が閉じられていると、ダンテ様の顔はやや幼くなるようだ。

 それでも眉間に少し皺が寄っている。これは癖なのか、それとも嫌な夢を見ているのか、どちらかなのだろう。


 規則正しい呼吸が、体を揺らしている。

 触れ合う皮膚があたたかい。動物たちは寒い日にはくっついて眠る。

 人肌とは、あたたかい。こうしていると、私たちも動物なのだなぁとつくづく思う。


 もしかして筋肉とは体温が高いのだろうかと思いながら、ぶあつい胸板に頬を寄せてみる。

 どくんどくんと心音が耳に響いて、私は目を細めた。


 あまり眠れないというダンテ様よりも、私は起きるのが早い。

 そして眠るのも早い。

 一緒にベッドに入り、昨日も何度か唇を重ねた。そのうち、触れるだけの唇が私の頬や、耳にも落ちた。

 髪に、額にと。大きな動物にじゃれるように触れられていると、恥ずかしさと背筋を走る甘い疼きと幸福感でいっぱいになって、気づけば気持ちよくて眠ってしまっていた。


 それなので、私はダンテ様がいつ眠りについているのかを知らない。

 本当はダンテ様に安心して眠ってもらってから、私も──なんて思っていたのだけれど。


 夕方になると眠くなり、日が落ちると眠るような生活をしていた上に寝つきが異様にいい私は、ここ二日決意をするだけで結局睡魔に負け続けている。


 それでも、朝目覚めるとダンテ様が穏やかな寝息をたてながら眠っていてくれるので、全くの不眠ではないことが分かると安心することができた。


 外を見るのはもう少ししてからでいいかと、私はダンテ様にくっついて目を閉じる。

 しばらくそうしていたけれど、目を閉じてももう一度眠ることは難しい。

 私はパチリと瞼を開いて、ダンテ様の顔を観察することにした。


 余計な肉を削ぎ落としたような顎のラインや、形のよい耳。薄い唇や、太い首。

 閉じた瞼に並ぶまつ毛も銀色で、驚くほどに長い。

 鼻梁は高く、銀の髪が顔にかかっているのが妙に艶やかだ。

 

 女性から人気のある雄とは、造形がいいものである。

 造形がいい。体格がいい。そして強い。全てを兼ね備えているダンテ様は、その上とても優しい。

 

 手を繋いで一緒に眠って、触れるだけの口づけをする。

 それ以上のことはまだ、何もない。

 婚礼の儀式までは何もしないという言葉通り、優しい戯れだけでとどめていてくれる。


 私はダンテ様が好きだ。

 その気持ちを自覚してから、好きという気持ちは膨らむ一方で、いつか膨らませすぎたシャボン玉みたいにパチンとはじけてしまわないか、心配になる程だった。


 硬い指先が、寝衣の捲れたスカートの下から直接皮膚に触れるのを感じて、私はびくりと体を震わせた。

 背中に、ダンテ様の手のひらが触れている。

 直接触れた方があたたかいから、暖をとっているのかもしれない。


 くすぐったくて、笑い出したくなるのを堪えていると、指先が背骨の窪みを確かめるように背中を辿った。


「っ、ん……」


 体を身じろがせて、声をあげて笑ってしまいそうになる。

 くすぐったい。こそばゆい。手のひらが冷たくて、ひやひやする。

 

 寝衣が捲れているから、足がすうすうした。どうにも心もとない。ダンテ様は眠っているので、無意識なのだろうけれど。くすぐったくて、恥ずかしい。


 一人でじたじたと身じろぐのもなんだか恥ずかしく、腰の辺りをさすられて驚いて声をあげそうになるのを堪えるために、片手で口を押さえた。


 私が暴れていたからだろうか、ダンテ様が薄く目を開いた。


「ディジー……早いな」


 いつもよりもぼんやりとした声音で名前を呼ばれる。

 まだ眠そうだ。やっぱり、眠っていた。私をくすぐって遊んでいたわけではなさそうだった。


「おはようございます、ダンテ様」


「あぁ。……あたたかい。それに、やわらかい」


 夢見心地で呟きながら、ダンテ様は私に体をすり寄せた。

 大きな動物に甘えられているみたいで可愛い。

 可愛いのだけれど、今度は明確な意志を持って、腰や背中を大きな手のひらが撫でた。


「……っ、あ、あの、くすぐったい、です……」


 本当は我慢していたかったのだけれど、どうにも限界だった。

 笑い声を堪えていたら涙が滲んだ。あまり恥ずかしい顔を見せたくなくて、小さな声で離してほしいとお願いをしてみる。

 ダンテ様はふと我に返ったように動きを止めて、みるみるうちに青ざめた。

 実際にはやっぱりあんまり表情が変わっていないのだけれど、私には青ざめながら慌てているように見える。

 

 私からばっと手を離して、がばっとたくしあげられていた寝衣を直してくれる。


「すまない。俺は、なんてことを」


「いえ、いいのですよ。ただくすぐったかっただけで。直接触ったほうが暖かいですから。ダンテ様、手が冷えていらっしゃいましたし。ごめんなさい、我慢できなくなってしまって」


「……すまない」


「大丈夫ですよ。それよりもダンテ様、よく眠れましたか? 眉間に皺が寄っていらっしゃいましたが、嫌な夢を見ましたか?」


「いや。……よく眠れた。いい夢も、見た」


「そうですか。それはよかったです」


 私が微笑むと、ダンテ様は私から視線を逸らして、頬を染めて照れていた。

 これもほんの僅かな変化だけれど、とても可愛らしい表情を朝から見ることができて、私はとても幸せな気持ちになった。




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