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ディジー、ダンテ・ミランティスの元へ行く



 本当に公爵家から迎えが来たことに驚きながらも、私は身支度を調えた。

 さすがに作業着では失礼だろう。

 この日のために作って貰った羊毛のセーターとスカートに着替えた。

 

 春先に着るのにちょうどいい薄手のセーターは、体にぴったりするつくりになっている。

 ドレスではないけれど、上品なデザインなのでそんなにおかしくはないと思うのだけれど――華やかな都会の人々に比べてしまえば見劣りするかもしれない。


 それでも、エステランド伯爵領の自慢の羊毛である。

 恥じる必要はないだろう。


 お父様たちが着替えなどの荷物を町まで運んでくれる。

 着替え、羊毛フェルト作りの道具、羊刈り用のハサミ。動物たちは――連れて行けない。

 それがとても寂しい。


 丘を降りるまで、羊たちや子ヤギや兎、牛や馬たちも私の側を離れなかった。

 動物大移動のような様相で町に向かう私の姿を見て、サフォン様は「ディジー様は動物に好かれているのですね。羊の毛刈りというのを私ははじめて見ましたが、鮮やかでした」と褒めてくださった。


 公爵家の立派な馬車に荷物をお父様とお兄様、サフォン様と馬車から降りてきた従者の方々が協力して積んでくれる。

 荷物はかなり多い気がしたけれど、馬車が立派なためか積んでしまうと本の少しに見える。


「ディジーちゃん、気をつけて行っておいで」


「はい、お父様」


「ディジー、手紙を書くわね」


「はい、お母様。私も書きますね」


「たまには帰ってくるんだぞ」


「お兄様。私に羊の毛刈りを教えてくれてありがとうございました。お母様とお父様をよろしくおねがいします」


「お姉様。……寂しいです」


「レオ、私も寂しいわ。お勉強、頑張ってね」


 家族と挨拶を交わして、馬車に乗り込んだ。旅商人に去年ふられた友人のミーシャが少し離れた場所で、泣きながら手を振ってくれている。

 町の人々も離れた場所で、それぞれ「ディジーちゃん気をつけて」「寂しくなるねぇ」と言ってくれる。

 私も手を振り返すと、公爵家の馬車に乗り込んだ。

 半年時間があったけれど、私が違うディジーだと公爵様は気づかなかったのだろうかと思いながら。


 馬車が進み出すと、住み慣れた家のある丘の景色や、町がとても小さくなっていく。

 町に住んでいる年頃の誰かの元に嫁ぐのだと漠然と考えていた。

 

 まさか公爵家に行くことになるなんて思っていなかった。

 けれどすぐに帰ってこれるだろう。

 私の顔を見れば、ダンテ様も私が違うディジーだとすぐに気づくはずだ。


 だからすぐに、皆の元に帰ってくることができる。

 本当はサフォン様に、人違いなのではないでしょうかと尋ねたかった。

 けれどそれは失礼になるかと思い黙っていることにする。


 半年も時間があったのに気づかなかったなんて、もしかしたら公爵様の恥になってしまうかもしれないもの。

 私は静かにしていよう。自然と、気づかれる時を待とうと決めた。


 馬車中は広く、座面はふかふかしていて、車輪が回り馬車が揺れてもお尻はまるで痛くならなかった。

 サフォン様は一緒に乗るわけではないようだ。

 御者台に二人。それから、護衛の馬が数頭。その馬の一頭に乗っている。


 私が馬車に乗った後、一緒に乗った女性が挨拶をしてくれる。

 私よりも年齢は上だろうか。上質な生地でつくられたお仕着せを着ていて、黒髪をきっちりとひとまとめにしている。

 むきだしのおでこの形がとてもいい。

 長い睫に縁取られた翡翠色の瞳が神秘的な、美しい女性だった。


「はじめまして、ディジー様。私は旦那様よりディジー様の身の回りのお世話を命じられました、ロゼッタと申します」


「はじめまして、ロゼッタさん。あの……身の回りのお世話なんて、申し訳ないです。今まで、お世話をしていただいたことはなくて……子供の頃は、お母様に湯浴みをさせてもらったりはしましたけれど」


「まぁ……! それは不便な思いをされましたね……! ディジー様にご不便な思いをさせることはもうありません。ご安心を」


「は、はい。ありがとうございます」


 どうしよう。不便な思いはしていないし、私は勘違いされて公爵家に向かっているのに。

 もの凄く申し訳なくなる。ロゼッタさんには私の事情を話すべきかもしれない。


「ロゼッタさん。あの……公爵様は、私を誰かと勘違いしているのではないかと思っているのですけれど」


「ふふ、ご冗談を。エステランド伯爵の長女、ディジー様でいらっしゃいますよね?」


「はい。そうなのですが、この国にはエステランド伯爵が私の父の他にも何人かいるのではないかと思いまして」


「羊毛で有名なエステランド伯爵は一人しかいませんし、エステランドという名前の伯爵も一人しかいませんよ?」


「そうでしょうか……」


「ディジー様。ダンテ様は、ずっと婚約の提案を断り続けてきたのです。容姿端麗で身分も大変よくていらっしゃるので、ダンテ様と結婚をしたいと望む貴族令嬢はそれはそれは多いのですけれど。それは、ディジー様に結婚を申し込みたかったからだとやっっっと判明して、使用人一同安堵しているところです」


「そうなのですね……女性から人気とは……それは、大変素晴らしいことです」


 雌からモテる雄というのはいるものだ。

 羊もそうだし、馬もそうだし、牛もそう。ダンテ様とは雌からモテる雄なのだろう。


 私は、まだ見も知らないダンテ様が沢山の雌羊に囲まれているところを想像した。

 雌をうっとりさせるフェロモンが全身から出ている姿を。



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