ふりしきる雪とぬくもり
軽くふれた唇は、すぐに離れていった。
触れ合う皮膚から、とろりと溶けていってしまいそうだった。
皮膚を羽根で撫でられているように、ざわりとしたくすぐったさを感じて、私は眉を寄せた。
ダンテ様の大きな手が、ソファに置かれている。
体の距離が、とても近い。
腰が抜けて、倒れ込んでしまいそうだった。指先まで甘く痺れるようで、唇に柔らかく少し濡れた感触が残っている。
ダンテ様の顔を見ることができずに、私は視線をさげた。
顔から火が出るぐらいに、あつくて。外の寒さなど、忘れてしまいそうになるほどで。
「ディジー。……俺は、あまり感情を言葉にするのが、得意ではない」
私は俯いたまま頷いた。
「努力は、するが……これからも君に誤解や、嫌な思いをさせることがあるかもしれない」
そこまで耳にして、私はがばっと顔をあげる。
ダンテ様の服をぎゅっと掴むと、ぶんぶん首を振った。
「嫌な思いなんてしていません。言葉が多くなくても、分かることはたくさんあります。ダンテ様が優しい人だということ、私を大切にしてくださっていること。だから、ダンテ様も無理をしないで、ダンテ様のままでいてください」
君は君のままでいいと、ダンテ様は何度も言ってくれた。
公爵家の妻としてどうすればいいのだろうとばかり考えていた私は、その言葉があったから肩の力を抜くことができたのだ。
「これからも、毎日が続いていきますから。そのままで、いいです。無理をするといつか、疲れてしまいますから……だから、あぁ、そうです! 私がダンテ様の言いたいことを当てることができればいいのではないでしょうか?」
「……君は、人の心が読めるのか? 君になら、できそうだな、ディジー」
「ダンテ様、今は……」
その空色の瞳を覗き込むと、何か――期待のようなものを感じる。
羞恥と、戸惑いと、緊張に含まれた期待には艶があって、その心の中を探るように瞳を見つめていた私のほうが、かえって恥ずかしくなってしまった。
「……もしかして、ですけれど。もう一度、します、か……?」
「君は、すごいな。……堪えていた感情まで、気づかれてしまうのだな。俺は君に、嘘がつけない」
「愛しいとか、大好きとか、わ、私のうぬぼれでなければ、すごく、感じてしまって……っ」
「あとは、可愛い、可憐だと……ずっと、思っている」
「っ、あ……」
もう一度、唇が触れる。ソファにそっと倒されると、背中に柔らかい感触が触れた。
それと共に、腰を抱かれる。硬い腕と、手のひらが背中にあたる。
布越しに体が触れ合う。腕をどこにおいていいのか分からずに、私はダンテ様の腕を掴んだ。
触れ合う唇から、体が蕩けていく。緊張しているのに、体に力が入らない。
好き。愛しい。それだけが胸いっぱいにあふれて、多幸感に脳がじりじりと痺れた。
「……ん」
瞼を伏せると暗闇が広がる。与えられる感触と、味だけが全てになる。
やっぱりお酒の味がする。私と夜を過ごすことを一日中ダンテ様は考えていたと言っていた。
だから、緊張してお酒を沢山召し上がっていたのかと思うと、余計に愛しい。
「ディジー……婚礼の儀式まで、我慢をしているつもりだった。それが、礼儀であると。……すまない、どうにも、おさえられず」
「私はダンテ様が好きです。だから、好きにしていただいて、構いません。……それに、すごくあたたかいです」
「……あぁ。本当に、柔らかくて、あたたかい」
いつのまにか、雪が降り出していた。
消えていた風の音が、戻ってくる。
不吉の訪れのように吹きすさぶ風も、窓に叩きつけられる雪も、今は少しも怖くはない。
ダンテ様は名残惜しそうに私から離れると、私の体を抱きあげてくれた。
「そろそろ休もう。これ以上、ここにいたら……君に、嫌われるようなことをしてしまいそうになる」
「ありがとうございます、ダンテ様。……なんだか、腰が抜けてしまって。はじめてのことで、驚いてしまったのかもしれません」
「……ディジー。あまり、煽らないでくれ」
「……ダンテ様?」
「いや、何でもない。気にするな。……吹雪に、なったな。ディジー、寒くはないか?」
「大丈夫です。くっついていれば、あたたかいですよ」
ベッドには羊クッションが置いてある。その隣に寝かされた私は、ダンテ様に手を伸ばした。
覆いかぶさるようにして抱きしめてくれるのが嬉しくて、その背中に手を回す。
「……羊のクッションも、とてもよかったが、本物のディジーのほうがずっと、いい」
「ふふ……私は体温が高いとよく言われるので、きっと今日はよく眠れますよ」
「………あぁ、そうだな」
僅かな沈黙のあと、ダンテ様は頷いた。
私は目を閉じる。
高揚感が、体の熱が、ベッドの冷たいシーツに冷やされていくのが心地よかった。
 




