あなたに恋をしています
白葡萄酒は火にかけているのでアルコールが飛んで、風味だけが残っている。
けれど、心なしか体がぽかぽかしてくる。
温かいものを食べているからか、それとも白葡萄酒の風味に体が酔っていると勘違いをしているからなのか。
蓄光石のランプが室内を照らしている。美しく整えられたテーブルには、食器などの他にもいつもお花が飾られていて、私はともかくとして、背筋がまっすぐで品のある佇まいのダンテ様が食事をしているというだけで、絵になる風景である。
「今日は、薪割りをして、馬の世話をして、薪を運ぶのを手伝わせていただきました。皆さん、吹雪が来ることを真剣に受け止めてくださっていて、ほっとしています」
「君のいう通り、本当に吹雪いてきそうだな。この季節に、こんなに冷え込むのは珍しい」
「何事もないといいのですが。大聖堂に登るには細い道が一本しかないので心配ですね。声をかけてきましたから、大丈夫だとは思うのですけれど」
「ディジー、君は……まるで、幸運の女神だな」
「えっ、……ど、どうしました、急に!?」
ダンテ様らしからぬ言葉に、私は目を見開く。
やや目つきの悪い瞳と目が合って、ダンテ様の目尻がわずかに赤く染まっていることに気づいた。
ダンテ様、かなりお酒を飲んでいるみたいだ。
もしかして酔っているのかもしれない。
「伝えなくてはいけないと、思っていた。……君への、感謝を」
「もう十分伝わっています。言葉にしなくても、わかります。だから、大丈夫ですよ」
「……君は俺を、その、す……こ、好意があると、言ってくれた」
「あ、わ……っ、そ、その、はい……。せっかく夫婦になるのですから、ダンテ様と仲良くなりたいと思っていたのです。私、今まで恋をしたことが一度もなくて、それがどんな感じかも分からなくて。それでも、両親のような仲の良い夫婦になりたいなって、考えていました」
「幻滅、しただろう。俺の態度に」
「いえ、全くそんなことはなくて! ダンテ様と過ごすのは、楽しいです。ダンテ様は私を信じてくれました。幼い頃に出会ったことも、覚えていてくださいました。……全部、嬉しくて。いつの間にか、ダンテ様に私は、恋をしていたみたいです」
恥ずかしさを誤魔化そうとすると、余計なことまで話してしまうみたいだ。
けれどこれが私の気持ち。今の、私の全て。
夫婦になるのだから、隠す必要などないものだ。
「私の旦那様になってくださる方に恋ができるなんて、私は幸せです」
にっこり微笑んで伝えると、ダンテ様の顔がぶわっと真っ赤に染まった。
その表情を見てしまうと私も余計に恥ずかしくなってしまい、おろおろしながらパンをフォンデュ鍋に突っ込んだ。
そういえばお母様も混乱した時に、よくフォンデュ鍋に色々なものを突っ込もうとしてはお父様やお兄様に止められていることを思い出す。
血は争えないわね。私もお母様に似てしまったみたいだ。
パンに絡みついたチーズがみよんとのびた。
そういえばもうお腹がいっぱいだ。これ以上は食べられないし、気恥ずかしさに胸がいっぱいで余計に食べられない。
「ダンテ様、どうしましょう……食べきれないのに、チーズをつけてしまいました。ダンテ様、食べますか?」
「あ、あぁ」
「はい、どうぞ」
「……っ」
ごく自然にダンテ様の口元にパンを持っていく。特に何にも考えていなかった。
ダンテ様は眉間に深い皺を寄せながら、口を開いてくれる。
綺麗に白い歯の並んでいる口の中にパンを入れて、ふと私はとても恥ずかしいことをしているのではないかと気づく。
「ご、ごめんなさい、嫌でしたか……?」
「いや、問題ない」
「熱くなかったですか?」
「大丈夫だ」
「ダンテ様、私の両親はいつもこのような様子で、私もつい同じようにしてしまっているみたいで……」
「そうか。……俺の両親は、食事中に話をすることは少なかった。このような振る舞いも、していなかった」
「よくないでしょうか……」
「これからも、君は君の思うままに振る舞ってほしい。その度に俺は君が可憐で、愛しくて、どうしようもなくなるのだが、それでもよければ」
「えっ」
「……何かおかしなことを言ったか」
私はぶんぶん首を振った。
なんて愛らしい人なのだろう。ダンテ様の感情については表情を見ていればなんとなくわかるのだけれど、言葉にされると余計に愛しく、愛らしく思えてしまう。
ダンテ様はぐいっと、本日何杯目かの白葡萄酒をあおった。
「そろそろ、終わりにしましょう? 飲み過ぎかなと思います。体も温まりましたし、休みましょうか」
声をかけて立ちあがろうとした私の手を、ダンテ様はそっと握った。
「……今夜は、共に過ごすと約束をした。忘れてしまったのか?」
「忘れていないです……」
「今、逃げようとした」
「そ、それは、その、恥ずかしくなってしまって……」
「ディジー。俺は今日一日、そのことばかりを考えていた。もちろん、やるべきことは行ったが、君の言葉が頭の中から離れなかった」
「は、はい」
「だから」
「だから……?」
「すまないが、約束を忘れたふりはできない」
どこか懇願するような響きを帯びた声音で、ダンテ様は言う。
「支度をしたらお部屋に行きます。だから、待っていてくださいますか? この姿では、眠れませんから」
「あぁ。待っている」
名残惜しそうに離れていく手に、その硬い感触に、私も少し寂しいと思った。
ほんの少し離れるというだけなのに、同じ屋敷の中にいるのに。
そう感じるのがとても不思議だった。




