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ダンテ・ミランティス、立ち直る



 ◇


 そもそもが、口下手である。


 ミランティス家の当主として厳格な父と物静かな母は、俺が生まれた時には周囲との軋轢もあったのだろう、余計にその性質を強くしていたようだった。


 家の中に笑い声が響いたこともなく、俺は次期当主として厳しく躾けられた。

 元々無口で、ほとんど笑顔を見せない。子供らしい子供ではなかったように思う。


 サフォンなどには「ダンテ様は王都でのことが起こる前から、笑わない子供でしたからね。さほど性格が変わったとは思っていませんでしたが」と言われるぐらいだ。


 だから――そのせいなどと言い訳をしてはいけないのだろうが、ディジーに対して強い感情の揺れを感じた時、それが何か分からずに、どうしていいか分からず逃げ出してしまった。


 本当はすぐに謝る必要があったのだろう。


 すべてが、ばつが悪かった。

 

 逃げ出してしまったことも。

 恋に落ちたことも。


 その手の柔らかさを思い出すことも、思い出すと胸が苦しいぐらいに高鳴ることも。


 要するに、恥ずかしかったのだ。


 だから、父の弟がミランティス家に居座り、家を継ぐ権利を主張しているという報告を受けて、ミランティ家に帰ることが決まった時には、ほっとしたことを覚えている。


 ディジーに会わずにすむ言い訳ができた。


 本当は会いたかった。もう一度話したかった。謝りたかった。

 だが、そんな勇気は持てなかった。子供だったのだ。

 その顔を見たら言葉が出てこないことぐらい目に見えている。

 余計に嫌われるかもしれない。そんなことばかりを考えてしまう。


 それでも、俺の頭の中にはあの日から星の舞踏曲が鳴り続けていた。

 花畑の中で踊るように演奏をするディジーの姿は、瞼の裏に焼き付いていた。


「家を継ぐのは長子であると、王国の法で決まっている。既に国王陛下には届け出を出し、許可を得ている」


 ミランティス家に戻ると、叔父が使用人たちに対して居丈高に振舞っていた。

 父は何も、叔父から家を奪ったわけではない。

 爵位を継ぐのは長子だが、それ以外の兄弟には財産を与えるものである。


 領地こそ得ることはできないが、ミランティス家の各地にある家の一つと財産が与えられる。

 そこで商売などをはじめて身を立てる場合もあれば、王都で仕官の道を選ぶ場合もある。


 叔父の場合はそのどちらでもなかった。

 酒と賭け事と女が好きな男で、働きもせずに遊んでばかりいるらしいと聞いたことがある。

 実際顔を見たのははじめてだが、父とは似ても似つかない――だらしのない風体の男だった。


「ダンテ、お前のような子供に何ができる? 領地を守れるのか、戦に出ることができるのか? 俺がお前の後見人になってやると言っているんだ」


「不要だ。ではあなたは、俺よりも強いとでも言うのか?」


「馬鹿にするな、クソガキが!」


 汚い言葉で罵りながら叔父は剣を抜いた。

 俺も素早く短刀を抜いて、その懐へと飛び込んだ。叔父が剣を振りかぶる。

 ほとんど剣を抜いたこともないのだろう、大きく振りかぶり過ぎている。

 剣の重さに体が持っていかれているのだ。

 がら空きの胴体に入り込み、その喉元に剣をぴたりと押し付けた。


「――子供に負けるような男に、軍を率いることができるのか? 後見人などは無用だ。あなたが性根を正し、まっとうに生きるのならば、考えなくもないが」


「てめぇ、ガキの癖に! 覚えていろ!」


 叔父の体は酒臭かった。

 青ざめて、ふらつきながら家から出て行った。


 使用人たちは叔父が逃げたことや、俺の声が出るようになったことについて喜んでくれた。

 何があったのだと口々に聞かれたが、まさか恋をしたからだと言うこともできずに黙っていた。


 その日から、武芸に対する身の入れ方が変わったように思う。

 今までは、いつか――復讐してやると。両親の仇を討ってやると、そればかり考えていた。

 だが、まるで体から何かが落ちたかのように、怒りが消えた。


 無論、まったく怒りがなくなったわけではないが、四六時中付きまとわれることはなくなった。


 その代わり、ディジーを守らなくてはいけないという強い気持ちに支配されるようになった。

 いつか、ローラウドはヴァルディアを攻めてくるだろう。

 

 もしヴァルディアが戦禍に焼かれるようなことになれば、ディジーの平穏は失われてしまうのだ。


 あの笑顔を、平和なエステランドの地を、俺は守らなくてはいけない。

 俺はこの国の剣であり、盾になる。

 それは同時に、ディジーの剣であり盾になるということである。


 その一心で剣を振るい、只管に強さを求めてきた。

 その甲斐あってか、俺の体はみるみるうちに大きく育ち、戦場においては『氷の軍神』などと呼ばれるようにもなった。


 戦場での武功に尾ひれがついたのだろう、生まれてから一度も笑ったことのない冷血公爵――などと呼ばれていることも知っている。


 ただ、元々表情が硬いだけだと自分では思っている。


「おやすみなさい、ダンテ様」


「あぁ、ディジー」


「私も、私の羊クッションを、ダンテ様だと思ってぎゅっとしながら眠りますね」


「あ、あぁ……」


 ――いろいろなものを振り絞って、ディジーに婚約を申し込む手紙を送ってよかった。

 あまりにも可愛くて、可愛くて可愛くて、少々刺激が強すぎるときがあるが――。


 ディジーと別れて、寝室に戻る。

 自室にふわふわした可愛いものを置くのははじめてだが、存外、悪くない。

 

 羊クッションを抱きしめると、ディジーの柔らかな体の感触が思い出されて、かえって眠れなかったのだが――俺は、幸せだ。


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