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よく眠れますように、旦那様



 足が床に張り付いてしまったように動かないダンテ様を、私はぐいぐい引っ張った。


「あ、あの、ダンテ様! どうぞこちらに……!」


「……っ、ま、待て、ディジー……」


「どうしましたか……?」


 私はかなり体力や腕力があるほうだけれど、ダンテ様もその大きくて逞しい体つきは飾りではなくて、力強い。


 一生懸命引っ張っても、びくともしない。

 飼葉の束を持ち上げたり、毛刈り中に羊を抑えつけたりしている私でも動かせないなんて、流石だ。


「こういったことは、きちんと婚礼をしてからと、考えていてだな……」


「こういったこと……?」


「だから、その……」


「ダンテ様、お願いですからこちらにいらしてください……」


 私は頼み込んだ。

 早く羊クッションを渡したい。

 部屋に籠っていたことについて、家に帰りたいと拗ねている――と誤解をさせてしまったようだから。

 誤解を解くためにも、早く。


 でも、せっかくここまで隠し通してきたのだから、事情を説明してしまうのは惜しい。

 サプライズをして、喜んで欲しいなという気持ちがあるわけで――。


「ディジー……! いいのか。いや、しかし……」


「ダンテ様、女性の寝室に入ってはいけないということでしょうか? それなら大丈夫ですよ、私たちは夫婦になるのですから」


「ディジー……」


 夫婦になるのであれば、二人きりで同室にいるとしても何の問題もないはずだ。

 ダンテ様はどこかふらふらした足取りで、私に手を引かれるがままに寝室について来てくれた。


 寝室のベッドには、両手で抱えられる程度の大きさの羊クッションが、鎮座している。

 つぶらな瞳、ふわふわの白い体。全体的に丸いフォルム。

 我ながらとてもいい仕事をしている。


「ダンテ様、どうぞ」


「あ、あぁ、ディジー……」


「ダンテ様がよく眠れるようにと作らせていただきました、羊クッションです」


「え……っ」


「え……?」


「い、いや、何でもない……。そうか、これを、俺に……?」


 ダンテ様は苦虫を噛んだような顔を一瞬したあとに、気を取り直したように聞いてくる。

 

「羊、お嫌いでしたか?」


「……嫌いではない」


「それでしたら、よかったです。ダンテ様、あまり眠れないとおっしゃっていたでしょう? まるくてふわふわのものを抱きしめているとよく眠れるものです。ですので、ダンテ様のためにと作ったのですが……渡すまで内緒にしておきたくて。黙っていました。心配をかけてしまいごめんなさい」


 私はベッドの上の羊クッションを抱えると、ダンテ様にぐいぐい押し付けた。

 因みにベッドにはもう一匹の羊クッションが置かれている。

 これは、私用である。


「お揃いです、ダンテ様」


「……っ、そうか」


「はい!」


「……ありがとう、ディジー。これを、俺のために……ずっと部屋に籠って、作ってくれていたのか……」


「はい。でも、ごめんなさい。不安にさせてしまって。それに、ダンテ様と一緒の時間を、あまり作れなくて。作業をはじめると、夢中になってしまうところがあるのです。いけませんね、気をつけます」


「君は、そのままでいい。……とても、嬉しい」


「気に入ってくださって、よかったです」


 大きな羊クッションをつくったのだけれど、ダンテ様が抱えるとそこまで大きく見えない。

 私にとっては大きいけれど、ダンテ様にとってはちょうど、赤子くらいのサイズだろうか。

 もっと大きく作ってもよかったわね。

 それはそうとして、強面のダンテ様が愛らしい羊クッションを抱えている姿は、なんというか、とても可愛かった。


 心臓をきゅっと掴まれたような――ときめきで、体が熱くなる。

 強面の成人男性と羊クッションの組み合わせが、ここまで可愛いなんて、新発見だ。


「ダンテ様、とてもよくお似合いになっていらっしゃいます。本当は、クッションではなく私がお傍にいて、ダンテ様を抱きしめてさしあげることができたらいいのですけれど……それは、婚礼の儀式を済ませてからですものね。それまで、羊クッションが代わりにダンテ様のお傍にいますので」


「……あ、あぁ。ありがとう、ディジー」


「はい!」


 なんにせよ、喜んでもらえてよかった。

 これできっと誤解もとけただろう。


「君の、代わり……確かに君は、羊に似ている」


「そうですか? はじめて言われました」


「柔らかい髪や、愛らしい顔立ちが、どことなく」


「褒めてくださってありがとうございます。ダンテ様も大樹のようで素敵です。とても逞しく、立派に、素敵な男性に成長なさって、驚いています。ダンテ様は私を覚えていてくださったのに、私ときたら思い出せずに、ごめんなさい」


「いや、いいんだ。……俺は小さかったし、顔立ちも、女のようだったからな」


「とても可愛らしかったと記憶しています」


「今の俺は……その、悪くは、ないだろうか」


「逞しい男性は大好きですよ」


「そうか……よかった」


 ふと――ダンテ様の口元が綻んだような気がした。

 笑ったことがない方が、微笑んでくれた。


 それは一瞬のことだったけれど――その表情を見て、私の顔はみるみるうちに真っ赤に染まった。


「ディジー?」


「あ、あの……! 今、笑ってくださったような気がして……!」


「……変だった、だろうか」


「変ではないです! とても素敵です。嬉しいです、ダンテ様!」


 私は勢いよくダンテ様に駆け寄って、ぎゅっとその体に抱きついた。

 ダンテ様は私をしっかり片手で受け止めて、遠慮がちに羊クッションごと抱きしめてくれた。


 


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