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エステランドでの静養



 ヴァルディア王城の惨劇では、多数の死者が出た。

 そのほとんどがヴァルディア王城兵とミランティスの護衛兵。

 そして、父と母は亡くなったが、ヴァルディア王も王太子殿下も王妃様もご無事だった。


 父がクオンツと対峙してその注意を引いたために、そして母が、目立つ行動をとったために――クオンツが王の首を取る前にサフォンや騎士団の者たちが謁見の間へと来る時間を稼ぐことができた。


 俺の命も、両親によって守られたのだ。

 名誉の死だと、ヴァルディア王は俺をねぎらった。


 ジェイド様は激しく憤っていたが、ヴァルディア王は声を荒げるようなことはなかった。

 

「全ては、私の甘さだ。――クオンツは寡兵だ。二心があろうとも、兵力で勝るヴァルディアには何もできないと高をくくっていた」


 両親の遺体は、無残なものだった。

 爆発を起こす矢が、多数射かけられたのだ。

 両親だけではない。他の兵も同様だ。

 謁見の間には髪を燃やしたような嫌な匂いが充満しており、遺体を片付ける兵士たちは、深く眉を寄せて青ざめていた。


「それに、あの男が野心家ということは知っていた。だから、ヴァルディアに侵攻する前に王城に招き、クオンツが怪しい動きをすれば取り押さえ、戦争を防ごうと考えていたのだ。ミランティス公の同意も得ていた。ジェイドやダンテ、妻たちをここに連れてきたのは、クオンツを油断させるためだった」


 ヴァルディア王は俺の両肩に手を置いて、膝をついて視線を合わせると、何度も「すまない、ダンテ。本当に、すまなかった」と繰り返した。


「父上、今すぐローラウドに侵攻を!」


「それは、ならん。……長く続いた内乱で、王国の民は疲弊している。ローラウドに侵攻するという勅令を出せば、再び王家に叛意を持つ貴族が現れるだろう。内に外に、敵をつくることになる」


「ですが、このまま――何もしないというのは……!」


「クオンツがわざわざここまで出向いて私の首をとろうとしたのは、ローラウドも正攻法で我が国を攻めるような力がないという証だ。時をおけば、侵攻がはじまるだろう。国境で防ぎ、追い返すだけでいい。私怨により目をくらませてはならない」


 ジェイド殿下が悔しそうに俯いた。

 俺は何も言えなかった。


 怒りはある。憎しみもある。あるような気がした。

 だが、不思議なほどに何も感じない。何か言おうとしたのだが――言葉が出てこないのだ。


 寡黙な父と大人しい母の間に生まれた俺は、両親に似たのかあまり口数が多いほうではなかった。

 けれどヴァルディア王から言葉をかけられたのに、何も言えないというのは、ミランティス公爵家の長子としては、あってはならないことだ。


「……っ」


 喉を押さえる。

 本当に、言葉が出てこない。脳裏にちらつくのは、両親の死に際の顔だけだ。

 サフォンが驚愕したように目を見開いて、俺の顔を見つめた。


「ダンテ様――声が、出ないのですか……!?」


 ただ頷くしかできない俺に、ヴァルディア王は「なんと……ダンテ、本当にすまない」と、謝り続けていた。


 ミランティス家では、両親の葬儀が厳かに執り行われた。

 父も母も領地の者たちからは慕われていた。父は公明正大な人格者で、領民たちから必要以上の徴収を行わない人だった。

 母は質素倹約を尊び、有事の際に使用するために、倉庫に軍資金をためることを生きがいにしているようなところがあった。


 両親の訃報に、ミランティス公爵領はしばらく暗く沈んでいた。

 それでも、王を守った名誉の死である。

 

 表向きには――立派だ、喜ばしいことだと、尊ばれた。

 王家からは謝礼が届けられ、勲章も授かったが、両親が帰ってくることはない。


 戦死者は、両親だけではないのだ。数多の兵が亡くなった。兵には家族がいただろう。

 頭では理解している。

 冷静なつもりだ。王の盾としてミランティス家は王を守る。

 だから、いつかこんな日がくるという覚悟も、してきたつもりだった。


 ただ、どうしても、声が――喉の奥にコルクで蓋でもされたかのように、出てこない。


 俺はミランティス家を継いだ。俺の体の異常は、隠された。

 万が一知られたら、ここぞとばかりに疎遠だった親戚たちが押しかけてきて、ミランティス家を奪おうとする可能性が高かったからだ。


「医師の話では、心が疲弊しているせいだということです。ローラウドは憎いですが、今すぐ我らにできることはありません。ダンテ様、しばらく静養なさってはいかがでしょうか」


 サフォンの父や、ディーンの父に補佐をして貰いながら日々を過ごしていた俺に、ある時サフォンがそう提案した。


「私も共にまいります。人の少ない、空気の綺麗な場所がいいでしょう。戦の気配のしない、王国の端――エステランドなどいかがでしょうか。人の数よりも羊の数が多い場所です」


 それはすでに、決定事項であったらしい。

 別に、静養する必要などなかったのだ。


 声が出ないとはいえ、体に不調などない。病気ではないのだと、俺は考えていた。


 エステランドは、山に面した土地である。

 王国の果てにあるような場所だ。

 草原や木々や山々や、広い空や、美しい川。

 そして、柵に閉じ込められもせずに歩き回る、羊や馬や牛たち。


 馬車の窓からは、そんな景色が見えた。

 ミランティス家から見る景色とはまるで違う。どの建物も低く、数が少ない。

 広い土地のほとんどが、放牧地や農地になっている。


 退屈な景色だと思いながら、俺は焦燥感に身を焦がしていた。

 ミランティス家の当主として、仕事を覚えなくてはいけない。やるべきことは、多くあるというのに。


 けれど家の者たちが俺を心配する気持ちも分かる。

 俺は何も言わずに、サフォンと数人の護衛と、世話係の侍女たちと共に、街はずれにある小さな館で過ごし始めた。

 俺の身分は伏せられて、心臓が悪いために静養に来た――ということになっているようだった。



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