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ヴァルディアの惨劇



 ローラウド皇帝、クオンツ・ローラウドはローラウド人に特徴的な燃えるような赤毛の男である。

 赤毛に金の瞳は太陽を思わせるが、穏やかな陽光ではなく、乾いた大地に照り付けるような肌を焼く強い日差しのようだ。


 口元に浮かぶ笑みはどこか酷薄で、金の瞳は人を射るような輝きを放っている。

 威風堂々とした体躯に、豪奢な鎧とマントが、ローラウド皇帝の姿をさらに大きく見せていた。

 

 ローラウド皇帝は挨拶をしてからずっと、まるで壇上に立つ舞台役者のように、独壇場を続けている。


「我が国が抵抗を続ける周辺諸国を平定する間、我が国を攻めず、どこにも組せずにいてくださったことに感謝を。ローラウドのような弱小国は、ヴァルディアに攻められればひとたまりもありませんからな。それに、他国と同盟を組まれて救援でもされたらと――ずっと恐れておりました」


「――他国の情勢を調べないわけがあるまい。我が国が内乱のために身動きが取れなくなっていたことを、ローラウド殿はよくご存じのはずだ」


 ヴァルディア王が穏やかな口調で言う。

 どうにも信用ならない人物だと思う。俺の隣にいる父上も同様に思っているのか、いつも厳しい表情を更に厳しくさせていた。


 ヴァルディア王は感情を顔に出さない。にこやかなままだ。

 頼りない印象の方だと感じたが、違うのかもしれない。


 そもそも、ヴァルディアの内乱の原因は、早い話が跡目争いだった。

 先代の王の弟君が王国南部の貴族たちをまとめて、玉座を簒奪しようとしたことがきっかけで起きた騒乱である。

 俺にとっては過去の争いだが、ヴァルディア王にとってはそうではないだろう。


 色々と、気苦労も多かっただろう。だが、その苦労を匂わせないのだから、俺の印象は間違いで、芯の強いかたなのかもしれない。


「あぁ、そうでしたね。ヴァルディアが内乱後の混乱の最中にあって、俺はとても助かりましたよ。そうでなければ、ヴァルディアに怯えてとても、周辺諸国を平定などできませんでした。俺は運がよかった。いい時期に、王位を継いだものです」


 ローラウドの情報は、あまり入ってこない。

 いつどのようにしてローラウド皇帝が──かつてはローラウド国と呼ばれていた国で王となったかまでは、情報がない。国交は、ほぼ皆無だったのだ。

 ローラウド皇帝が周辺の小国を支配下に置き、ローラウド国はローラウド帝国と名を変えたのはつい最近のことである。


 そして、クオンツもまたローラウド皇帝を名乗るようになった。


「それで、クオンツ殿。貴殿から、我が国と友好を結びたいとの申し出を受け、会合の場を設けたのだ。もてなしの準備をしている。食事でもしながら、ゆっくり話そうか」


「それには及びません」


 ローラウド皇帝が軽く手を上げた。

 すると──背後に控えているローラウド王の護衛兵たちが、一斉に弓を構えた。

 弓──なのだろうか。見たことのない形状をしている。弓とは、弦をひくものだが、それがない。

 水平に構えられた弓の鏃には鋭利に尖った石が組み込まれている。


 その石は、青い光を帯電していた。


「──どういうつもりだ、クオンツ」


「弱小国だと侮り、謁見を許したのか、ヴァルディア王。とんだお人好しだ。我が国がどのような兵器を使って戦勝をあげてきたのかさえ、調べなかったのか」


「皆、ローラウド兵を討て! クオンツを捕らえよ!」


 ヴァルディア王の下知が飛ぶ。

 全く警戒していなかった訳ではもちろんないのだろう。すぐさま、ローラウド兵よりも数倍多い兵士たちがローラウド兵たちを取り囲んだ。


 ここは、ヴァルディアの中央である。

 ローラウド皇帝は護衛兵を連れてきたが、その数はヴァルディア兵の比ではない。

 多勢に無勢だ。兵数が少ないところを強襲するのならばまだ理解できるが、王の居城で真正面から王に刃を向けることなど下策だ。


 父が剣を抜く。ミランティス家から連れてきた護衛たちも、謁見の間になだれ込んでくる。

 母や俺を、そして王や王太子殿下を守るように、父が前に出た。


 圧倒的な兵力差で取り囲まれながら、ローラウド皇帝は──高笑いをしていた。


「──撃て!」


 矢など、鎧や盾に阻まれて、終わりだ。

 そう、たかを括っていた。見慣れない武器ではあるが、多勢に無勢である。


 だが、ローラウド兵から放たれた矢が兵士たちに降り注ぐと、途端に轟音をたてて、爆発が起こった。

 落雷が落ちたようだった。

 ドォン! という音と共に、雷が兵士たちの体を包み込む。それは、鎧を貫通して兵士たちの体を焼いた。

 矢を射られた場所を中心として、雷が広がる。床を舐めるように広がる雷に、次々に兵士たちが体を激しく痙攣させながら倒れた。


「ふふ、あは、あはは……! 遠慮するな、撃て、殺せ! 王の首をとるのだ!」


「クオンツ、貴様!」


 兵士たちの壁が崩れる。肉の焼ける嫌な匂いが鼻をついた。

 父の怒声が聞こえる。母は俺の体をその身で庇うようにして抱きしめた。


 次々と、矢が射かけられる。その度に多くの兵が倒れていく。


「素晴らしい威力だろう? 弩を改造し、連射を可能にしたのだ。鏃に使用しているのは、雷蓄石。取り扱いは難しいのだが、激しい衝撃を与えると爆発をする性質と、雷蓄石同士で誘爆をする性質がある。弩は、数千の兵に匹敵する働きをしてくれる」


「小賢しい!」


「剣と馬になど頼る古の老兵よ、そこを退け!」


「父上!」


 俺は、父を呼んでいた。

 ここで立ち向かうのが、王の盾であり、王の剣であるミランティス家当主の役割だろう。

 

 だが、確かにローラウド皇帝──クオンツの言う兵器は恐ろしいが、所詮は限りがある。

 物量で押し込めば、いずれは矢は尽きる。

 爆発をするのならば大楯兵で取り囲み、無駄打ちさせれば──。


 俺の言葉は、父には伝わらなかった。

 兵士の一部が恐慌をきたし、逃げ出したからだ。

 

 床に倒れ伏す兵士たちの鎧の奥で無惨に焼け焦げている死に様を、見てしまったからだろう。

 唸り声のような悲鳴をあげて、兵士が逃げていく。それを、クオンツは追わなかった。


「賢いものは逃げる。懸命な判断だ。さて、ここには子供が二人いるな。一人は、王子殿下。そして、もう一人は老兵の息子か。名のある騎士か貴族なのだろうな。まぁ、興味はないが、殺し甲斐はある」


 クオンツは笑いながら「子供を狙え!」と言った。

 鏃が向けられている。俺や殿下を狙った矢から、俺たちを庇い前に出た兵士たちが折り重なるようにして倒れていく。

 

 剣を抜いた父が、クオンツに向かっていく。

 父の体に、矢が射かけられる。


 鏃が弾け、閃光が走り、弾き飛ばされる父を見た。


「逃げて、ダンテ。逃げなさい!」


 そう言い残して、思わずと言うように父に駆け寄ろうとした母も、同じように──。


「ダンテ様!」


 はっとして顔をあげると、サフォンの声がした。

 一瞬、意識が遠のいていた。侍従として俺たちに従っていたサフォンは、護衛兵の一部と共に城の外で待機をしていた。

 騒ぎを聞きつけて、城の騎士団と共に謁見の間に救援に駆けつけてくれたようだ。


「王の首を取ることができれば、上々だと考えていたが、残念だ」


 更に増える兵士の数を確認して、クオンツは肩をすくめた。


「我らローラウドはこれよりヴァルディアに宣戦布告をおこなう。今日は、その挨拶だ」


 クオンツたちの退路は、ないように見えた。

 謁見の間の入り口には、ヴァルディアの兵がひしめいている。

 

 クオンツが、窓に向かい駆ける。ローラウドの兵士たちはクオンツを守るようにして隊列を組んだ。

 その体には、帯電する雷蓄石が仕込まれている。


 ローラウドの兵士たちは、一斉に己の胸を剣でついた。

 激しい爆発が起こる。爆風に俺は壁に叩きつけられた。目も開けられないような閃光と風圧が収まった頃、クオンツの姿は謁見の間から消えていた。




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