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ディジー、手紙の返事をもらう



 お父様が書いたお返事を持って、公爵家へと立派な馬車は帰っていった。

 サフォン様に羊毛を誉めていただいたことはとても嬉しい。


 エステランドの綿帽子羊は本当にもふもふなのだ。

 もふもふかつ、ふわふわで、弾力もある。マットレスに入れれば雲の上のような寝心地。

 ショールにすれば暖かく、セーターなどにしても最高に肌触りがいい。


 街の人々は大抵羊毛や酪農、農業に関する仕事についている。

 糸を紡ぐ方もいれば、機織りをする方もいる。


 小さな田舎町だけれど、私たちは羊たちのおかげで生かされている。


 公爵様の従者であるのだから、サフォン様も華やかな世界で生きているのだろう。

 有り体に言えば、都会の方だ。


 そんなサフォン様に羊毛を誉められるというのは、都会の方にエステランド領を認められたようで嬉しかった。


「なんだか、お天気雨のようですね、お父様」


「あぁ、わかる。今は雪だけれどね、ディジーちゃん」


「はい。じゃあ、お天気雪です」


「サフォン殿は今頃白狐に変わっているかもしれないな」


 私とお父様は丘を登る。

 ちらちらと降っていた雪は今はやんでいる。

 けれど、寒い。本格的な冬が来る前に、もっと薪を集めないといけない。


 とはいえ、森には木が山ほどある。暖炉をともせば家の中はあたたかい。

 夏の間に保存肉も作っているし、野菜も穀物も冬を越える分は十分に倉庫に備蓄してある。


 私たち家族の分と、街の人たちの分。

 街の人たちに何かあった時には、いくつかある蔵を開いて、街の人たちに食料を提供することになっている。


 エステランドにすむ人は少ないから、皆で助け合って生きている。

 古くから続いていることだ。

 エステランド家は一応は伯爵家だから、領民の方々を助ける立場にある。


 だからこそ、大きな農園を持ち、たくさんの動物たちを育てているのである。

 使用人はいないが、夏の間農地を手伝ってくれているおばあちゃんたちはいる。


 冬の間は誰も雇わない。雪が積もれば皆家に籠り、ひっそりと数ヶ月を過ごすのである。


「サフォン様は確かに、白狐に似ていましたね」


「あんなに顔の綺麗な男の人がいるもんだなぁ」


「本当に。都会の香りがしました。洗練された都会の香りが……」


「あぁ、いい匂いだった、確かに!」


「お父様も礼儀正しくて、伯爵様という感じがしましたよ」


「父親をからかうんじゃないよ、ディジーちゃん」


「やっぱり何かの間違いじゃないかなって思うのですよ、私」


「お父さんもそう思う。ダンテ様は何か勘違いしているのじゃないかなぁ。もちろんディジーちゃんは可愛くて自慢の娘だが、公爵様に妻にと乞われる理由がわからないからねぇ」


「ありがとうございます、お父様。でも、本当にそうですよね」


 サフォン様と話している間、お父様もかなり緊張していたのだろう。

 私たちはようやく肩の力を抜いて笑い合った。

 吐く息が白い。手袋の中の手も、かじかんでいる。

 丘をあがるとすぐさま、アニマが尻尾を振りながら駆け寄ってくる。

 お兄様とお母様が刈り取った牧草を肩にかついで倉庫に運んでいる。


 レオは雌鶏の産んだ卵を集めて、かごに入れて運んでいた。

 変わり映えのないいつもの風景だ。

 

 丘の上にある屋敷からは、眼下に広がる森や湖、街を見下ろすことができる。

 やっぱりお天気雨みたいだ。


 サフォン様と会話を交わしたことや、手紙を渡したことは夢か何かだったのではないだろうか。


 私は部屋に入り、お出かけ用のブラウスとスカートを脱いで作業着に着替えると、すぐにお母様たちの手伝いへと向かった。


 公爵家までは馬車でおよそ一週間程度の道のりである。

 その日の夜、私は自室の机に地図を広げていた。


 オイルランプの橙色の光がゆらめき、部屋に不思議な陰影を作っている。

 地図を広げたのは、家庭教師の先生との授業で使った以来だ。

 国の形なんて、普段の生活では意識しないし、する必要もない。


 けれど、ふと、公爵家とはどこにあるのかと気になったのだ。

 楕円形の形をしているこの国は広く、エステランドは北西の端にある。


 エステランドから南にずっと行った先に、公爵領はある。王領と、隣り合っている場所である。


 私は地図を指先で辿った。

 それから小さく息をつくと、地図を畳む。

 なんとなく、落ち着かない気持ちではあったが、考えても仕方ないと気持ちを切り替えた。


 冬の準備でしばらく忙しい。来るか来ないかわからない返事について悩む必要はないし、たとえば私がダンテ様の本当に結婚をしたい相手ではなかったとして、特に落ち込む必要もない。


 来るか来ないかわからない手紙の返事をサフォン様が持ってきたのは、きっちり二週間後のことだった。


 雪で街道が閉ざされるぎりぎり間際のことである。


 お返事には几帳面な字で、婚約の了承へのお礼と、雪解けを待ち半年後に迎えに来ると書かれていた。


 私は戸惑いながらも、お礼と、よろしくお願いしますという内容の返事を書いた。


 手紙と一緒に、ダンテ様からそれはそれは高価そうな大粒のサファイアのネックレスが送られてきた。


 悩み抜いた末に、私もお手紙の中に羊毛をチクチクして作った小さな羊の人形を入れた。


 どうかと思ったけれど、他に入れることができるものがなにも見つからなかったのだ。




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[気になる点] |羊毛をチクチクして作った小さな羊の人形 とは、『ニードルフェルト』なのか『ぬいぐるみ』なのか
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