プレゼントです、旦那様
ダンテ様とデートに行った翌日から、私は布と針と糸、綿などをロゼッタさんに用意してもらって、大きな羊クッションの作成にとりかかった。
デートに連れていっていただいたお礼をしたいという気持ちもあったし、眠りが浅いダンテ様に何かしてさしあげたくもあったからだ。
世の中には、ショートスリーパーと呼ばれる極端に眠りが短い方々がいるらしい。
レオはこれにあたる。自分で言っていた。
だから、夜遅くまで本を読んでいても大丈夫なのだと言って、お母様に「子供は寝なきゃだめよ」と叱られたりもしていた。
ダンテ様の場合は、どうなのだろう。
わからないけれど、ともかく私はダンテ様に心が安らぐ贈り物をしたい。
思い立ったら悩まず実行あるのみだ。
ついでといってはなんだけれど、自分の分も欲しい。
羊の感触を求めるあまり、クッションを抱きしめるなどしていたけれど、せっかくなら羊の形をしているほうがいいし、中綿の分量にもこだわりたい。
そんなこともあって、ロゼッタさんにお願いしたのだ。
私のためのものを用意してもらうことに恐縮していたら、
「ディジー様は私どもに何なりと命じてよい立ち場にあるのですよ。壁の色が気に入らないとか、調度品が古めかしいとか、絵を変えて欲しいとか、そのようなことでも構いませんので、何なりとご命じください」
と言っていた。
私はやや慌てた。この立派なお屋敷の立派な内装や調度品に文句を言うなんて、できるわけがない。
むしろ私には勿体無いぐらいなのだから。
そのようなことを言うと、ロゼッタさんは「ダンテ様もあまり飾り気のない方ですが、ディジー様もよく似ていらっしゃいますね」と言っていた。
お屋敷の内装や調度品などは、ダンテ様のご両親の代から何一つ変わっていないらしい。
それでも古く見えないのは、使用人の方々がよく手入れをしているからなのだろう。
ともかく、道具を一式用意してもらった私は、まずは布の裁断からはじめた。
両手で抱えられる程度の大きさがいい。人間誰しも、何かをぎゅっと抱きしめると安心できるものだ。
犬でもいいし、羊でもいいし、馬でもいい。もちろん、お母様でもいいし、弟でもいい。
幼い頃にご両親を亡くされたダンテ様には、ぎゅっとした経験もぎゅっとされた経験も乏しいのかもしれない。
私をぎゅっとしてもらってもいいけれど、人間よりもぬいぐるみの方が気安くぎゅっとできるだろう。
「ディジー様は縫い物が得意なのですね。それに、素晴らしい裁断技術です。布が、すごくまっすぐに!」
休憩用のお茶を準備してくれているロゼッタさんが言う。
「ハサミはとても得意なのですよ。故郷ではよく、羊の毛刈りをしていました」
「羊の毛刈り、ですか」
「はい。春先から初夏にかけて、羊たちの毛を刈るのです。羊毛は売れますし、羊たちもすっきりするのですよ」
「ディジー様の勇姿、拝見したかったです」
「勇姿というほどでもありませんけれど」
数日部屋にこもり、作業をした。
その間、ダンテ様には何をしているのか秘密にしていた。
ダンテ様はお食事の時になど「ディジー、部屋からあまり出ていないようだが」と心配してくれたけれど、なんとか誤魔化した。
そして、数日後。
見事な羊さんクッション二人分ができあがった。
もこもこの布に、小さな手足。まんまるの顔。くるっと巻いた角には多めに綿を入れて、硬さを出している。
ぎゅっと抱きしめると、とてもいい感じで体が沈む。
理想の柔らかさまで綿を詰めた、渾身の出来である。
「できました、皆さん!」
「ディジー様、素敵です!」
「可愛いです」
「私も欲しいぐらい……あっ、ごめんなさい、失礼を……!」
「羊とはこんなに可愛い動物なのですね」
ロゼッタさんをはじめとした侍女の皆さんが、喜んでくれる。
柔らかさを確認してもらおうと、私の分のクッションを触ってもらうと、皆「すごくいいです」と喜びの声をあげてくれた。
「皆さんの分も、作りますね」
「そ、そんな、ディジー様のお手を煩わせるわけには」
「いけませんディジー様」
「材料費は、ミランティス家で出してもらっているのですし、皆さんにはお世話になっているので、お礼です。好きな動物を書いて教えてくださいね。羊じゃなくても、作れますので」
侍女の皆さんは恐縮していたけれど、私が是非にと押し切った。
用紙にお名前と、好きな動物を書いてくれる。
ロゼッタさんも恥ずかしそうに「エビフライ」と書いていた。
エビフライは動物ではないけれど、作れなくはないだろう。刺繍で目をつけたら、可愛い気もしないでもない。
私はクッションをプレゼントするために、ダンテ様の元に向かおうと部屋を出た。
本当は持っていきたいけれど、抱えるほどの大きさでは見せて歩くことになるので、クッションはひとまず部屋においておいた。
執務室に向かうと、ダンテ様は難しい顔でサフォンさんとディーンさんと話をしていた。
声をかけるとすぐに中に入れてくれたので、私はなんと言って部屋に招こうかと思案する。
「ダンテ様、大切なお話があるのです」
私が真剣な表情で伝えると、ダンテ様は勢いよく立ち上がった。
勢いよすぎて思い切り机に体をぶつけて、机の上の書類がバサバサと床に落ちた。
どうしてか、心なしかサフォンさんとディーンさんも青ざめて震えている。
何か、よくないことが起こったのだろうか。




