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演奏会



 大聖堂の鐘は、朝の九時、正午、夕方の五時に鳴らされる。


 街を見下ろす高台の、さらに高い場所にある巨大な鐘の音は、街の門を開閉する合図にもなるのだと、丘を登りながらダンテ様が教えてくれた。


 大きな街の建物とは立派な物で、闘牛場もそうだったけれど、大聖堂もお城のように立派だ。


 神官の方に恭しく礼をされて、私たちは鐘楼まで案内された。

 長い螺旋階段を登った先に、私が十人以上は入ることができそうな鐘がある。


 そこは音が響くようにだろう、窓ガラスはなく、吹き抜けになっている。

 見晴台からは街が一望できる。中心のミランティス家の邸宅から、街の端の門まで。


 エステランドとはまるで違う景色だけれど、不思議と今はエステランドを恋しいとは思わないし、帰りたいという気持ちもない。

 浮足立つような気持ちがずっと続いている。


「大聖堂もミランティス家もまるでお城です。人の手で、こんなに立派なものがつくれるのかと思うと、感動してしまいますね」


「街も建物も、壁などは補修を行いながら、長い年月をかけて広がっていったものだ。両親から公爵家を継いだ時には、すでに街はこの姿をしていた」


「それだけミランティス家には長い歴史があるのですね」


「元々は、王家の分家だな。かつては近親婚を繰り返していたようだ。王家との信頼関係を保つために」


「今は違うのですか? 私のような得体のしれない女を嫁にしても、お叱りを受けないものでしょうか」


「ディジー。エステランドは王国に肉や葡萄酒や羊毛、野菜などを流通させてくれている。騎馬もそうだ。とても、重要な場所であり、エステランド伯爵は立派な方だ。俺は得体のしれない女を嫁にしたわけではない」


「ありがとうございます、ダンテ様! とても嬉しいです!」


 私は街の景色を眺めていた視線を、ダンテ様に戻す。

 手をとって、微笑んだ。

 本当は抱きつきたい気分だった。

 お父様や家のこと、エステランドのことをこんな立派な方が褒めてくれているのだ。

 嬉しくないわけがない。


「精一杯、妻として務めさせていただきますね。足りないことがあればなんでもおっしゃってください」


「君は、君のまま、自由にしていればいい。公爵の嫁という立場などは気にする必要はない」


「ふふ、ありがとうございます。今日は本当は、ダンテ様と仲良くなりたくて、お誘いにいったのです。でも、私のほうがずっと楽しんでしまって……」


「……こんな風に、街を散策したことはない。その……悪くは、なかった」


「よかった!」


 ダンテ様にとってこの街の風景はさほど珍しいものでもないだろう。

 退屈ではなかったかしらと気になったけれど、俯きがちにそんなことを言ってくれるので、私は安堵した。


「……君こそ、迷惑ではなかったか。婚約の打診をされて、故郷から、離れなくてはいけなくなった」


「家族や動物たちと離れることは少し、寂しいと感じました。けれど今はヴァルツもいますし、ダンテ様もいます。ロゼッタさんたちも。そこがどんな場所であっても、信頼できる優しい方々と出会えたら、私にとっては素敵な場所だと考えています」


「……そうか」


 ダンテ様が目を伏せた。何かを考えているような表情だった。

 どうして私を妻に――とは、まだ疑問に思っている。

 尋ねてもいいだろうか。けれど、知らなくてもいいことのような気もする。

 話したくなれば、話してくれるだろう。

 

 動物たちは互いの事情など知らなくても、信頼関係を築けるのだから。

 そうは思えど、心の隅ではあなたを知りたいと思っているのだから、不思議だ。


「街の景色も、こんなに素敵で……あっ」


 頬を撫でる優しい風と共に、歌声が聞こえてくる。

 大聖堂の前に並んだ聖歌隊の少年少女たちが、歌を歌っている。

 ヴァイオリンの音色が聞こえる。けれど、少しだけぎこちない。


「行ってみるか?」


「はい、近くで聞いてみたく思います」


 鐘楼を降りると、聖歌隊が歌の練習をしていた。

 傍に寄っていく私たちに気づき、ヴァイオリンの音色がやんだ。


 神官服の方と、愛らしい少年少女たちが、挨拶をしてくれる。


「とても美しい歌声でした。邪魔をしてしまい、ごめんなさい」


「とんでもない。お恥ずかしいのですが……実をいえば、ミランティス公爵とディジー様の婚儀の祝いの日、街で披露するために練習をしているのです」


 神官の方が恐縮しながら答えてくれる。


「まぁ、素敵ですね! ありがとうございます!」


「いえ。公爵閣下にお聞かせするわけではなく、その日は街がお祭りに騒ぎになりますから。大聖堂も祝いを盛り上げよう、と。まさかいらっしゃっているとは思わず、お恥ずかしいものをお聞かせしてしまいました」


「とても、素敵でしたよ」


「いや、私はヴァイオリンは素人でして。演奏者が数日前から熱を出し、急遽聖歌隊の練習のために多少は弾けるだろうと選ばれたのですが、練習にならないと子供たちに文句を言われているぐらいで」


 確かに演奏は、違和感があった。

 音が外れて、聖歌隊の歌声もつられていた。


「神官様は演奏が下手なのです」

「屋外での合唱ですから、オルガンではなく弦楽器でとのことだったのですが」


 聖歌隊の子供たちは、確かにここぞとばかりに文句を言い始めた。


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