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人前です、旦那様



 ダンテ様に抱きつく私を受け止めたダンテ様は、無言で私の体をぎゅっと抱きしめた。

 大きな体にすっぽりと包み込むようにされると、喜びから我にかえった私は羞恥に顔が赤くなるのが分かる。


 この闘牛場にはものすごくたくさんの人たちがいる。

 その沢山の観客の方々の前で抱き合っていることに気づいてしまったのだ。

 

 恥ずかしい――という感覚は、今まであまりなかったように思う。

 抱きしめられると身の置き場のなさを感じるし、見られているのが恥ずかしい。


「ダンテ様、ダンテ様、そんなに心配なさらなくても大丈夫です、私は怪我もなく無事ですよ……!」


「ディジー」


 覆いかぶさるようにぎゅうぎゅう抱きしめてくるダンテ様は、私に暴れ牛が向かってきたのを見たのが、よほど心配だったのだろう。

 大丈夫だとその背中をぽんぽん叩くと、ダンテ様はやっと顔をあげた。


「……すまない。君は怪我をしているかもしれないというのに、俺は」


「怪我はしていませんよ。元気です。それよりも、皆さんがすごく、困っています」


 本日二回目、花吹雪がとても長い。

 ダンテ様と私がなかなか離れないので、皆さん喜びの拍手もやや疲れてきている。

 ダンテ様ははっとしたように周囲を見渡して、眉間に皺を寄せると深く息をついた。


 それから、つかず離れずの位置にいる支配人をぎろりと睨みつける。


「このようなことはよく起こるのか。俺の元には報告は来ていないが」


「い、いえ、滅相もない。闘牛は長らく行っていますが、はじめてのことです」


「では――」


「「申し訳ありません!」」


 ダンテ様に向けて、牛の飼育人たちが一斉に頭をさげた。


「ミランティス公爵と奥方様が来てくださっていると知り、つい、迫力を出そうと、いつもよりも倍量のホワイトウッドを布にしみこませてしまいました。そのため、勝負が決まっても興奮がおさまらず、このようなことに」


「観客の方々や、奥方様を危険な目に合わせてしまうとは、斬首されても仕方ないほどの罪です!」


「どうぞ、ミランティス公爵、我らの罪をお裁きください!」


 床に額を押し付けて謝罪をする飼育人の方々と対峙するダンテ様を、皆、固唾を飲んで見守っている。

 斬首とは、穏やかではない。


 エステランドでも犯罪は起こる。この場合、地域の自警団の方々が罪人を捕らえてくれる。

 お父様が直々に采配する場合もあるけれど、最近はその役目はお兄様に任せきりだ。


 お兄様直々に出て行くことは少ない。犯罪といっても、たとえば痴情のもつれの大喧嘩とか――その程度しか起こらないのだ。

 むしろ、事故が起きてその救援に行く場合のほうが多い。


 エステランド以外ではどのように罪を裁いているのかよく知らないけれど、ミランティス領では斬首が主流なのだろうか。それほど、凶悪な犯罪が多いのかもしれない。

 でも、牛が暴れたぐらいで――確かに、危険だったけれど。

 それは、私たちが見に来たせいでもあるのだし。

 

 ――難しいわね。でも、斬首は、やりすぎではないかしら。


「ダンテ様、牛は無事で、皆様も無事でした。斬首は罰が重すぎるのではないでしょうか……」


 思わずそう口にすると、ダンテ様は私を凝視した。

 それから、形のよい額を片手でおさえる。


「ミランティス領では斬首は行わない。人聞きの悪いことを言うな。ディジーが怖がったらどうしてくれるんだ……」


「申し訳ありません!」


「申し訳ありません、ミランティス公爵!」


「怪我人は出なかった。皆が楽しんでいる興行に、水をさすつもりはない。だが、二度と同じことが起こらないように気をつけろ。……ディジーに感謝することだ。ディジーがいなければ、俺は牛を斬っていた」


「ありがとうございます!」


「ありがとうございます、ミランティス公爵! それにしても、瘤を叩くと大人しくなるなんて、知りませんでした」


「奥様、どうしてご存じなのですか?」


「奥様……」


 はじめての呼び名に、私は照れた。

 なんだかくすぐったい。私はダンテ様の妻なので、間違ってはいないのだけれど――。


「野生のオルデイル牛の発情期を見に行ったことが何度かありまして。雄牛同士が争いはじめて、戦いが苛烈になると、雌牛が瘤を思い切り頭で突くのです。そうすると興奮が収まって、勝負が終わるのです」


 知っていることを話せるのが嬉しく、私は身振り手振りを交えて説明した。


「どうも、瘤には精神を安定させるような何かがあるようで……その後、落ち着いた雄牛は交尾をはじめるのです。私たちはこれを、快楽物質と呼んでいるのですが」


「お、おくさま」


「奥様、それは、その反応に困ります……」


「あっ、えっ、あぁ、ごめんなさい……!」


 どれが悪かったのだろう。発情かしら。


「申し訳ありません。素晴らしい学術的な知見ですのに。私たちは闘牛を育てていますが、血統を大切にしているので無暗に雄同士を争わせるような飼育方法はしていません」


「野生のオルデイル牛はそのような行動を……」


「確かに、闘牛の際は、瘤を狙ったりしません。なるほど、そのような理由で……」


 ふむふむと話し合う男性たちの前で、私は両手を顔にあてた。

 ちらりとダンテ様を見る。

 

「ごめんなさい……つい、癖で。ダンテ様の妻として相応しくないことを口にしてしまいました」


「いや、いい。気にするな」


 呆れられたかと思ったけれど、ダンテ様は何でもないように言った。

 それから「君は、博識だな」と、褒めてくれた。

 心の中にふんわりとあたたかい春風が吹いている。


 私の旦那様が――優しい人でよかった。



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