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酒場の舞踏



 闘牛場の特別室というのは、最前列に用意されている個室のような場所である。

 広い東屋のような個室に、豪華な椅子が数脚。

 絨毯が敷かれていて、観葉植物なども置かれている。


 なんとなく、異国の雰囲気がある場所だ。


 支配人さんが何度もお辞儀をしてくれるので、私もお辞儀をしながら「ダンテ様の妻のディジーです」と、本日何度目かの、何度目か──というよりも、何回も言いすぎてすごくすらすら言えるようになった挨拶を口にした。


「これはこれは、ミランティス公爵閣下の奥方様でいらっしゃいますか。ミランティス公爵閣下の婚礼の噂でちょうど今、街は持ちきりでして。まさか実際にお会いできるとは、恐悦至極です」


 立派なお髭の素敵な僧帽筋を持ったおじさまが、にこやかに言った。

 お洋服を着ていてもわかる、とても立派な逆三角形だ。

 立派な逆三角形ですねとは言えないので、賞賛は心の中に留めておくことにした。


「エステランドから嫁いでまいりました。牛と羊と馬と、ともかく動物がたくさんいる土地です」


「お噂には聞いておりますよ。エステランドとは素晴らしい! 闘牛の牛たちは元々はエステランドのあるグリーフ地方から仕入れているオルデイル牛なのですよ」


「オルデイル牛というと、山間に住む山岳牛ですね。高山に住んでいるので肺活量が多くて、足が太くて筋骨隆々の牛です。性格は穏やかですが、縄張り意識が強くて、ハーレムを侵す雄には容赦無く攻撃しますね。雄同士の争いに遭遇したら、危険なので近づいてはいけないのですけれど……」


「さすが、お詳しい! その通りです。その性質を利用して闘牛を行うわけですが、危険がないように角は削っています。肉体と肉体のぶつかり合いで、相手を土俵から押し出す姿は圧巻ですよ」


「楽しみです」


「ミランティス公爵閣下、せっかくですからお飲み物をお持ちしましょう。とっておきの樽酒がありますが、お飲みになりますか?」


「いや、不要だ」


「ダンテ様! せっかくですから、いただきましょう? それとも、お酒はお嫌いですか? あまり強くないのなら、無理にとは」


 支配人が明らかにがっかりした顔をするので、私はダンテ様の腕を引っ張った。


「強いが……分かった。貰おう」


 ぱあっと支配人の表情が明るくなるので、私も嬉しくなってダンテ様の手をぎゅっと握った。

 せっかくのデートなのだから、ダンテ様にも楽しんでもらいたいものね。


 すぐに、お酒と果物がごろごろ入ったアイスティーが届けられる。

 闘牛がはじまるまでの時間は、観客が退屈しないようにステージ場で楽隊が賑やかな音楽を奏でてくれている。


 ダンテ様が来ていることに気づいているからだろうか、楽隊の方々がやや緊張した面持ちで演奏を続けている。

 やっぱり、ダンテ様に見られていると思うと身が引き締まる思いなのだろう。


 座り心地のいいソファに座って、テーブルの上に屋台で買ったたくさんの食べ物を並べて、楽隊の演奏を聞くなんてとても贅沢だ。

 

 音楽に合わせて私はゆらゆら揺れた。

 すごく、お祭り、という感じがする。

 エステランドにも秋の収穫祭や、春祭りがあった。


 私はお祭りは大好きで、楽隊として参加してヴァイオリンなどを弾いたものである。

 楽器は好きだ。エステランドは娯楽が少ない場所なので、楽器を演奏するのは長い夜の楽しみだった。


 演奏に合わせて町の人々が踊ってくれるのもとっても楽しくて、もちろん私も演奏だけではなく踊ることも好きだった。


 ゆらゆら揺れたり、手拍子をしたりしていると、楽隊の方々とパチリと目が合う。

 すごく嬉しそうに笑ってくれて、それから演奏に熱がこもり始める。


 ゆったりした曲調から、リスが野原を走り回るような軽やかで弾むような曲調に。


「これは知っていますよ、ダンテ様。私もよく弾きました、酒場の舞踏という曲ですね」


 弾む音楽に合わせてダンテ様の手をとって、上下に揺らした。

 ダンテ様は驚いた顔で私を凝視していたけれど、怒っている様子はなかった。


「ふふ、楽しいですね! 音楽は大好きです。まるで、エステランドのお祭りのようです。あっ、人数がまるで違いますけれど。エステランドにはこんなに大きな建物はありませんでしたから」


「……君はまだ、ヴァイオリンを弾くのか、ディジー」


「えっ、あ、よくご存知ですね! もしかして、お祭りで弾いているところ見たのですか? 羊毛の買い付けの時などに。でも、ダンテ様がいらっしゃっていたらとても目立ちますよね。他の方から聞いたのでしょうか」


「あ、あぁ、まぁ」


「弾きますよ、楽器も大好きです。大して上手ではないのですが」


「いや、そんなことはない。上手いと……その、噂に、聞いた」


 ダンテ様が握っていた手をさっと外したので、私は「ごめんなさい、つい楽しくて」と謝った。

 ダンテ様は私から視線を逸らしながら、「謝罪は必要ない。それよりも、腹が減っているのだろう。試合が始まる前に食べたほうがいい」と食事を示した。




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