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闘牛場です旦那様



 円形闘技場の正面には、様々な屋台が並んでいる。

 ダンテ様は屋台街の前の厩にヴァルツを預けた。

 馬番の方はとても恐縮していた。私はヴァルツの首に抱きついて、それから馬番の方に頭をさげる。


「ヴァルツをよろしくお願いしますね」


「は、はい。ミランティス公爵の馬を預からせて頂けるなんて、こんなに光栄なことはありません……!」


「……では、頼んだ」


「お声をかけて頂けるなど、ありがたき幸せです……!」


 ダンテ様も公爵様らしく挨拶をしてくれる。

 私はその腕にぎゅっとしがみついた。

 ここからは馬を降りての行動だ。危険がないように細心の注意を払わなくてはいけない。

 ダンテ様の妻だと目立つように行動するのが肝心だ。

 ロゼッタさんがそう言っていたもの。


 だから、ダンテ様から離れないように、妻です! と、その腕にしがみつくのが一番安全だろう。


「……っ、何故、しがみつくのだ、ディジー」


 ダンテ様に厳しい声で言われて、私はぎゅっと腕にしがみついたまま微笑んだ。


「こうしているのが一番安全かと思いまして。あっ、ダンテ様! とてもいい匂いがします。ご飯が売っているのですね、たくさん!」


 もしかしたらダンテ様は、ご両親を早くに亡くしたせいで、人から触られるのが苦手なのかもしれない。

 元々硬いその体がカチカチに固まっているのがしがみついた腕から伝わってくる。


 けれど、これは防犯なのだ。

 私にも譲れないものがある。

 ここでダンテ様から離れて歩いて、迷子になったりしたら迷惑をかけてしまう。

 それに、都会では何があるか分からない。気をつけないといけないと、お父様にも言われている。

 高貴な方の妻ともなれば、攫われて人質にされることもあるらしい。

 人質にされて、身代金を請求されたりするのだとか。


 エステランドで心配するのは天候のことや作物や、動物たちのことぐらいだったけれど、ミランティス領ではもっと注意深く行動しなくては。

 ダンテ様と離れなければ大丈夫だ。

 今の私は親鳥に必死についていく卵から孵ったばかりの雛の気持ちだ。


「……腹が減ったのか?」


 ダンテ様はしがみつく私を不審そうな目で見たけれど、腕を振り払ったりはしなかった。

 私はダンテ様の腕にしがみついた手で、ぐいぐいダンテ様を引っ張った。


「懐かしい匂いがするのです。お肉の匂いです。それから、焼いたトウモロコシ。内臓の煮込みに、揚げパンですね。ふふ、美味しそう」


「……匂いで分かるのか」


「はい。ご飯は大好きです」


「何か食べたいものがあるか。皆、ここで食事を買い、中で食う。券売所で、金を賭ける場合もあれば、ただの見学の場合もあるな」


「ダンテ様、闘牛にお金をかけるというのは、どんな感じなのでしょう?」


 屋台の並ぶ通りを歩きながら、私は尋ねる。

 ダンテ様を中心として人の輪ができている。皆、うやうやしく頭をさげてよけてくれるので、私は「嫁いでまいりました、ダンテ様の妻のディジーです!」とご挨拶をしながら、手を振った。

 

 皆が「ディジー様……!」と呼んでくれるのが恥ずかしいけれど、これで私はダンテ様にしがみつく不審な女ではなく、妻であると周知してもらうことができただろう。


「ディジー」


「あっ、ごめんなさい。あまり愛嬌を振りまいてはいけないのでした。皆さんが挨拶をしてくれるのが嬉しくて、ついにこにこしてしまいます。もしかして、にやにやしていますか? 微笑むというのは難しいですね、嬉しいとつい、表情がゆるんでしまいます」


「そうではない。……その、笑顔が、減るだろう。俺に向けられる分が」


「ダンテ様?」


「い、いや。金をかける話だったな。闘牛は、以前は人と牛が戦っていた。人が牛を倒して終了となる、儀式に近いものだな」


「人と牛では牛のほうが強いですよ」


「あぁ。だから、剣や槍をつかっていた」


 暴れ牛に勇敢に立ち向かう騎士の方々――というのは、勇壮な光景だろう。

 少し可哀想な気もするけれど、エステランドでもお祝いの日には子羊の丸焼きや、子豚の丸焼きが振る舞われたりする。

 動物は可愛い。けれど、同時に食べるために育てているものでもある。

 同情的になるのは違うのだと、私はよく知っている。


「今は、もっと競馬のように金を稼ぐためのゲーム性をと商業組合で話し合われて、牛同士が戦う形式になっている。円形の綱で仕切られた闘技場で、牛が角を突き合わせる。綱から外にでた牛が負けだ。どちらが勝つかを賭けるものだ」


「二分の一の確率で、当たりますね」


「そうだな。だから、勝率が高い牛の配当金は低く設定されている。試合は二回、四頭の牛で行う。双方を当てなくてはいけないから、当たる確率はもう少し低い」


「ダンテ様は賭けたことがありますか?」


「いや。視察のために一度見に来たが、賭けたことはない」


「そうなのですね」


「賭けてみるか、ディジー」


「賭け事は危険だと、聞いたことがあります。危険なことはしてはいけないので、お金はかけずに応援だけしますね……!」


 エステランドのような小さな領地でも、一応は賭け事をしている人がいたりする。

 お金を全てなくして、困窮してしまう人もいるので、賭け事とは危険なのだ。

 楽しみ程度で行うのならいいのだろうけれど、やっぱりちょっと怖いので遠慮しておくことにした。


「では、何か食べるか。……屋台、というのもな」


「わぁ、嬉しいです! ダンテ様、お酒もありますよ。肉饅頭も美味しそうです。牛を見ながら牛を食べるのは罪深いでしょうか……でも、牛串も美味しそうですし、内臓の煮込みもいい匂いです……揚げパンはシナモンの香りがしますね。シナモンは大好きですよ」


「……っ、わかった。全部買おう」


「えっ、あっ、そんなに食べられるでしょうか。ダンテ様、一緒に食べましょう? 一緒なら全部食べられる気がします」


「……あぁ」


 ダンテ様は宣言通り、屋台の食べ物をたくさん買ってくれた。

 両手に沢山のご飯を抱えて、私たちは闘技場の中に向かう。

 ダンテ様の顔を見るなり、支配人の方が出てきて何度もお辞儀をしながら、特別室へと通してくれた。



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