デートに行きましょう旦那様
翌日、私は朝から侍女の方々やミランティス家御用達の仕立屋さんたちに囲まれて、採寸をされていた。
「ディジー様、とても素晴らしい……! 腰も腕も引き締まっていて、胸や骨盤はしっかりなさっています。どんなドレスも似合うというダンテ様のご命令により現在十着ほど婚礼着があるのですが、どれにしましょう!?」
仕立て屋の女性たちが巻尺を私の腰や背中に当てながら、興奮気味に言う。
「十着……!?」
ドレス一着でもものすごく高価なことぐらい知っている。
婚礼着が十着。いくらなんでも多すぎる。私は一人しかいないのに。
これが公爵家の常識なのかしら。私は朝から優雅さの荒波に飲まれそうになっていた。
「ええ、十着です、ディジー様。流行りのデザインはプリンセスラインでしょうか。スカートがフワッとしている、可愛くかつ優美なドレスですね。スレンダーラインは飾り気はありませんが、ディジー様の素晴らしい体型を引き立てます。マーメイドラインも同様に! 胸の下でスカートが広がるエンパイアラインも華やかでいいですね」
「色々あるんですね」
ロゼッタさんが説明してくれるのを、私はうんうん頷きながら聞いた。
残念ながら、よくわからない。
「まず、神殿での儀式用。それから領民たちへの挨拶用。披露宴用、ダンテ様と過ごす夜用、初夜用に一着づつ。五着は必要です。こちらは純白のもの。白ばかりだと味気ないかと、青や赤も用意しております。色のあるものは、夜会などでも使用できますので、無駄にはなりません」
「やはり、すべてのデザインを着ていただくべきかと」
「ディジー様ならなんでもお似合いになりますし、ダンテ様もきっと心の中で涙を流して、のたうち回りながら喜びますよ」
仕立て屋さんとロゼッタさんが話し合っている。
私は下着姿で採寸されるがままになりながら、ぼんやり二人の話を聞いていた。
「ロゼッタさん、ダンテ様は落ち着いている大人の男性ですよ」
のたうち回ったりはしないだろうと思い口を挟むと、ロゼッタさんが真剣な表情で口を開く。
「男性というものは感情をあまり外には出さないものなのですが、実際は心の中で俺の嫁が可愛いと呪文のように唱え続けているものなのですよ」
「そうなのでしょうか……」
下着姿の私の首には、昨日ダンテ様につけてもらった首飾りが輝いている。
可愛いと思ってもらえるのなら、それは嬉しいことだけれど。
結局、婚礼着は私の体に合わせてすべて仕立て上げることになったようだ。
二週間もすれば仕立て終わるらしい。
その他の手配は全て済んでいるから、私とダンテ様の婚礼の儀式は二週間後ということになった。
採寸が終わると、私はいつものお洋服ではなくて、ミランティス家で用意してくれていたドレスへと着替えさせてもらった。
背中の網紐をぎゅっと縛るとサイズ調節ができるドレスで、採寸をしていなくてもぴったりと着ることができる。
背中に網紐があるので、一人で着ることができないので、ロゼッタさんや侍女の方々が手伝ってくれる。
公爵家では、靴下を履くのも靴下どめをつけるのも、コルセットを巻くのも全て侍女の方々が行ってくれる。
私は基本的にはお人形のようにじっとしている。
毛刈りをされる羊もこういう気持ちなのかしらと思いながらじっとして、じっとしすぎて眠くなったりしていると、気づくと着替えが終わっているという感じである。もう数回目ともなれば、慣れたものだ。
「私……ダンテ様と、できれば仲良くなりたいと思っているのですが、どうしたらいいのでしょうか、ロゼッタさん」
「ディジー様……! なんとお優しい……ダンテ様は恥ずかしがり屋ですから、中々自分からディジー様に近づくことができない可能性があります。ディジー様がなさりたいことをダンテ様にお伝えすれば、とても喜ぶと思いますよ」
「私がしたいことですか……」
部屋の中でじっとしているのはあまり得意じゃない。
編み物や羊毛フェルトをちくちくするのは好きだけれど、それは一人ですることなので、ダンテ様と親しくなることはできない。
だとしたら私は──。
いいことを思いついたと、私はダンテ様の元に向かうことにした。
ロゼッタさんに案内されて執務室に向かうと、ダンテ様はサフォンさんや、ロゼッタさんのお兄様であるディーンさんと話をしていた。
サフォンさんとディーンさんは、ダンテ様の右腕と左腕なのだという。
サフォンさんは護衛兵長で、ディーンさんは執事長。
何かあればサフォンさんはダンテ様と共に従軍し、ダンテ様の不在の間はディーンさんが領地を任されている。
私にとっては皆立派な立場の方々なので、様をつけたくなってしまうのだけれど、私が様をつけるべきはこの屋敷の中ではダンテ様だけだとロゼッタさんに言われたので、気をつけるようにしている。
「ダンテ様、お仕事中にごめんなさい」
「いや、構わない。何か問題が起こったか、ディジー」
「あの、お願いがありまして」
「なんだ?」
サフォンさんとディーンさんが、私に礼をして一歩さがってくれる。
お仕事が終わってからでも構わないとロゼッタさんに言ったのだけれど、善は急げだと、連れられてきた。
来てしまったからには、手早くお願いをすませるべきだろう。
「お時間のある時でいいので、街を案内してくださいませんか? 私、ミランティス領がどんな場所か知りたいのです。それに、外を歩くのが好きで……一人で行ってもいいのですが、せっかくならご一緒したいなと思いまして」
「…………」
迷惑だったかしら。ダンテ様の眉間に深く皺がよる。
お仕事中に頼むほどの用事ではないものね。お食事中にお願いすればよかった。
「……分かった。準備をする、待っていろ、ディジー」
「えっ、今からですか?」
「行きたいのではないのか」
「行きたいですけれど、でも、お忙しいのではないでしょうか。お時間のある時で」
「時間なら作る。問題ない」
ダンテ様は眉間に皺を寄せたまま言った。
迷惑がられている、というわけではなさそうだ。
もしかしたらどこに行こうか考えてくれているのかもしれない。
考え事をすると、眉間に皺がよるタイプという可能性もある。
「ありがとうございます、ダンテ様! とても嬉しいです」
「そ、そうか。……俺と二人で、いいのか。ロゼッタたちもいた方がいいのでは」
「デートは二人でするものだと思っていましたけれど、公爵家では違うのでしょうか。やっぱり、身分的には二人きりというのは問題が……」
「い、いや。ない。全くない。少しもない。俺は自分の身と君のことぐらい、守ることができる程度には強い」
「すごいですね! 氷の軍神と呼ばれていたとお聞きしました。素敵です」
ロゼッタさんから聞いたことを思い出して、両手を胸の前で合わせて微笑むと、ダンテ様は私から視線を逸らした。
もしかして、触れられたくないことだったかしら。
やっぱり、戦のことは触れてはいけないわよね。気をつけよう。




