首飾りを突き返してごめんなさい、旦那様
お上品な食事は、全部美味しかった。
ダンテ様と色々お話しを――と思っていたけれど、結局お食事が美味しくて、「サメの卵を食べる神秘」や、「海のエビは大きくてすごい」などなどを話していたら、いつの間にかご飯を食べ終わっていた。
お腹がいっぱいになると、家が恋しいという気持ちもなくなった。
どうも、私は結構単純にできているらしい。
ということにたった今気づいて、一人で照れてしまった。
両親に言ったらきっと笑われるだろうし、お兄様に言えば大きな手で撫でられるだろう。レオに伝えたら、呆れたように「姉さんはわかりやすいですよね」と言われるはずだ。
それにたぶんだけれど――ダンテ様が私と結婚をしたいと言ってくれたことで、安心できたのよね、きっと。
申し訳ない気持ちでご飯を食べると、せっかくの美味しいご飯も味がしなくなってしまう。
ちゃんと聞いてみてよかった。そうしなければ、勘違いされたまま私はここにいて、そのうち別のディジーさんが来るのだわ――という気持ちでいつまでも生活するところだった。
デザートのレモンシャーベットをにこにこしながら食べていると、赤葡萄酒をダンテ様が二杯ほど、ぐいっとすごい勢いで飲み干した。
「ダンテ様、そのラベルはエステランド産の葡萄酒、エントワーヌロッソですね。美味しいですか?」
私はお酒は飲めないので、お酒の善し悪しはよくわからない。
お兄様やお父様がよく飲んでいるエントワーヌロッソは、エントワーヌという品種の葡萄から作られている赤葡萄酒である。
ここは是非、エステランドの者以外の方の感想を聞いておきたい。
ダンテ様の舌は味の善し悪しが的確に分かるはずだ。
色々な葡萄酒を口にしているはずだもの。
「あ、あぁ。どの葡萄酒よりも、美味いな」
「わぁ、よかった。嬉しいです。お手紙に書いてお父様にお知らせしますね、きっと葡萄畑で働く人たちも、葡萄酒作りの職人たちも、とても喜びます」
「そうか。……ディジー」
「はい」
「嫌いな食べ物などは、ないか」
「何でも食べますよ。特にないです」
「困ったことがあれば、言え」
「はい、ありがとうございます」
「……首飾りのことだが、君は宝石は嫌いなのか」
「とても綺麗だと思います。宝石を身につけたことがないので気後れしてしまって……あっ、ダンテ様!」
とても言いにくそうに宝石について口にするダンテ様の腕を、私は身を乗り出してぎゅっと掴んだ。
ダンテ様はややのけぞる。触られるのが嫌いなタイプなのかもしれない。
感情が先走って思わず触ってしまった。
「宝石、お返ししてしまったのは、その……違うディジーさんに差し上げるものだと思っていたからで……! いただいたものを返すなんて、私、とても失礼なことをしてしまいました。ダンテ様は私のつくった羊の人形を机においていてくれたのに。ごめんなさい」
ダンテ様の腕を握ったまま、私はしゅんとした。
私としては、間違いだからと思って返しただけなのだけれど、プレゼントを突き返されたら当然いい気持ちはしないわよね。
初対面でとても失礼なことをしてしまった私を、ダンテ様は怒らずにいてくれた。
とても立派な筋肉をしてらっしゃるうえに心も広いなんて。私には勿体ない旦那様だ。
「見たのか」
「見た……何をでしょう」
「机の上の人形だが」
「はい。ありがとうございます、ダンテ様」
「……あ、あれは、他に置く場所がなかったので仕方なくあそこに置いただけだ。けして、可愛いからおいたとか、君からの贈り物が嬉しくて浮かれていたとか、そういうわけではないのだ」
「はい」
「……ディジー、離せ」
「ごめんなさい、つい、ぎゅっとしてしまいました。痛かったですか?」
私はダンテ様の太くて硬い腕を握っていた手を外した。やっぱり立派な筋肉だった。
お兄様と同じぐらいに太くて、お兄様の腕よりも硬い。筋肉の質が違うのかもしれない。
「痛くはないが……では、宝石を返却したのは、俺が嫌いだからではないと」
「ダンテ様のことをどうして嫌いになるのですか? 嫌う理由がありません。むしろ、嫌われるのは私ではないかと思うのです。私、ずっと失礼でした。ごめんなさい」
「……宝石を贈っていいのか、ディジー。婚礼用のドレスも、迷惑ではないのか」
「迷惑なんて! むしろ私には勿体なく思います。私、今までずっと作業着ばかり着ていて、お出かけ用のお洋服はこういったセーターばかりで。お恥ずかしいです」
春先のお洋服は、体にぴったりするセーターか、体をふわっと包むセーターぐらいしかない。
夏用のお洋服はもっと簡素だ。腕を剥き出しにしていると虫に刺されたり草で傷がついたりするので、長袖のシャツである。長袖シャツに作業用エプロンにブーツ。
特に恥ずかしいと思ったことはないけれど、この立派なお屋敷にはそぐわない。
「悪くない、と、思うが……」
「ありがとうございます。ダンテ様は優しいのですね」
「……いや。そんなことは。ともかく、迷惑ではないことがわかればいい。あの首飾りは、君に返しておく。普段用に使うといい」
「ふ、普段用に……!?」
「何か問題があるか」
「とてもとても、おそれおおくて……高価すぎます」
「そんなことはない。安価なものだ。婚礼用にはもっとまともなものを作らせる」
私は唖然としながら「ありがとうございます」と返事をするしかなかった。
公爵家はお金持ちだと理解していたけれど、私が考えている二倍も三倍も、優雅でいらっしゃる。
私はついていけるかしら、優雅さという荒波に。




