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マナーを学ばせてください、旦那様



 ダンテ様は私を人違いしているわけではない。

 つまり、私はここにいていい。

 私のためのお食事ではないと思うと、せっかくの美味しいご飯も紅茶も罪悪感と共に飲み込むようだったけれど、ダンテ様が私と結婚をしてくださるつもりなら、私は堂々とご飯を食べていい。


「よかったぁ。ずっと申し訳なく思っていたのです。我が家には、旦那様のように立派な方から結婚を申し込まれるような理由なんて少しもありませんし。家族たちも困惑していたぐらいで……」


「君はずっと、人違いされていると考えていたのか?」


「はい。私からそれを言い出すのは失礼かと思いまして、黙っていました。旦那様、とっくに私が別人だと気づいていると思っていたものですから。いつ伝えていただけるかと、そわそわしていたのです。それに、お部屋やお食事も申し訳なくて……」


 胸のつかえがとれたからか、舌もよく回るようになった。

 安堵したせいか、更にお腹が空腹を訴えてくる。お腹と背中がぴったりくっつくぐらいにお腹がすいている。

 

 紅茶とお茶菓子はいただいたけれど、それから何も食べていない。

 いつもは仕事をしながら、木の実を木からとって食べたり、芋を焼いて食べたりしているから――。

 

 もしかして私は、食べ過ぎかしら。

 貴族の方々はそんなに食べないのかもしれない。夕食も、とても美味しそうだけれど、一品一品がとても少ない。

 これが――お上品というものなのねと、私は感心した。


 ダンテ様は何故か、テーブルに額を押しつけている。

 もしかして――食事の前のお祈りなのかしら。

 

 私はダンテ様の真似をして、テーブルに額を押しつけてみた。


「ディジー、今度は何なんだ」


「食事の前のお祈りを、真似してみました。流石は公爵様ですね、お祈りもとても深々と」


「違う。今のは忘れろ。……俺は君に心底嫌われているのかと……よかっ……い、いや、なんでもない」


 ダンテ様はなにやらぶつぶつ言ったけれど、額をテーブルにすりつけていた私にはよく聞こえなかった。

 これは、お祈りではないのね。


「ごめんなさい。お祈りかと思いました」


「かわ……い、いや」


「川ですか?」


「……ディジー、もう一度聞くが、俺が嫌いで、家に帰りたく思い妙な言いがかりをしているわけではないのだな」


「言いがかりとはなんでしょうか? 旦那様……ダンテ様とお呼びしたほうがいいですか? 私、人違いされているから、お名前を呼ぶのは失礼かと思いまして。ダンテ様、ダンテ様?」


「……っ、可愛いということ以外なにもわからん」


「川?」


 ダンテ様は口をおさえてもごもご言う。

 もしかして、おしゃべりでうるさいって思われているのかしら。

 それにしてもお腹が空いたわね――と思った瞬間、お腹がくぅと鳴った。


「……聞こえてしまいましたか?」


「……あぁ。食べていい、ディジー」


「ありがとうございます。いただきます」


 お言葉に甘えて、ナイフとフォークを手にする。何か作法があるのかしらと思ってじっとダンテ様を見ていると、ダンテ様も食事をはじめてくれた。

 とてもお上品な所作で、物音ひとつ立てずにスープを口に入れている。

 すごいわ。とても綺麗。食べ方が綺麗。


 私はダンテ様をじっと見ながら、ダンテ様の真似をした。

 スープは、たぶんエンドウ豆のクリームスープだ。濃厚なエンドウ豆の味がする。美味しい。


「美味しいです。すごい。お野菜の味がはっきり感じられますね。こんなに美味しくお料理していただけて、エンドウ豆も幸せです」


「エンドウ豆が幸せなのか」


「はい。きっと幸せです。私がエンドウ豆だったら、美味しく食べて欲しいと思いますから」


 ダンテ様は何故か私から激しく視線を逸らすと、眉間に深く皺を寄せた。

 エンドウ豆の話はお嫌いだったのだろうか。


「このつぶつぶは何でしょう。お肉のつぶつぶ……」


「それはサメの卵だな」


「サメ……?」


「エステランドには海がなかったか」


「はい。川はありますが、海はありません。サメを食べるのですか? サメとは海の怪物のことですよね」


 私は見たことがないけれど、そんなものが海にいると噂に聞いたことがある。

 あとは、人間よりも大きな魚とか、足がぬるぬるしているイカとか、チクチクしている謎の物体であるウニとか。


「あぁ。ある種のサメは、ヒレと卵を食う」


「まぁ、すごい。食の神秘ですね」


 私はダンテ様の真似をしながら、お肉を小さく切って、黒いつぶつぶと一緒に食べた。


「そういえばダンテ様、エステランドから沢山、色々とご購入してくださっているようでありがとうございます。羊毛のついでに私を娶ってくださったこと、感謝いたします」


「ついで、ではない」


「違うのですか?」


「どちらかといえば、羊毛がついでだ」


「羊毛がついで……? ダンテ様! 怪物の卵、美味しいです……! しょっぱいのですね。海の怪物だからですね、きっと」


「……可愛い」


「海の怪物は実は可愛いのですか? 私、見たことがなくて」


「……違う」


 深々と溜息をつくダンテ様は、ふと私の手元を見て、それから私を見つめる。


「君は何故、俺と同じタイミングで、同じものを食べるんだ?」


「ダンテ様のマナーは完璧ですから、真似をして学んでいるのです。これからも、沢山教えてくださいね。私、妻としてダンテ様に迷惑をかけないように頑張りたいのです」


 誤解ではないと分かれば、私は婚約を受け入れたのだ。

 今更寂しいから家に帰りたいなんて、我が儘は言えない。

 自分が公爵様の奥方として相応しいとは思わない。だからせめて――学べるものは学んでいきたい。


「……っ、ディジー……」


「はい」


「……分からないことがあれば、俺に聞け」


「はい!」


 何故娶ってくださるのかは分からないけれど、ダンテ様は優しくてとても素敵な筋肉をお持ちになっている。

 できることなら夫婦として仲良くしていきたい。

 今まで寂しい生活をしてきたダンテ様が――笑ったことのないダンテ様が、一緒にいて安心できると思えるような家族になれたらいい。





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