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近くに座ってもいいですか、旦那様



 ダンテ様の部屋を退室した途端に、ロゼッタさんが震えながら頭をさげてくる。

 私は驚いてしまって、ロゼッタさんの両腕をそっと掴んだ。


「ど、どうしましたか、ロゼッタさん。頭をあげてください」


「この度は私どもの主の大変お恥ずかしい姿を見せてしまいまして……」


「恥ずかしい姿……? 主の恥ずかしい姿……ダンテ様は何か恥ずかしい姿をしていたでしょうか。立派な方でしたよ」


 フェロモンが出ている雄という感じでした。


「大きくて立派でした。貴族の男性はもっと線が細いのかと想像していたのですが、ダンテ様は立派な胸板や立派な腕や、上背も立派でした」


 つい熱が入ってしまう。だって、牧草を沢山運べそうだったのだもの。

 エステランドの男性たちにとって、屈強さとはとても大切なものである。

 牧畜もそうだけれど、農業だって基本的には肉体労働。林業もそう。


 家屋の修繕だって自分たちで行うし、道の整備もする。

 太い丸太を運び、木箱いっぱいのお野菜を運び、袋一杯の小麦を運ぶのだ。


 ――とうぜん、腕は太い方がいい。

 なんて力説していたら、以前旅の商人に騙されたお友達――イレーヌに「それは個人差があるわ、ディジー。私は細くて嫋やかな男性が好きだもの!」と言われた。

 

 確かにイレーヌを騙した旅商人は、細くて嫋やかだった。


「ミランティス公爵領の特産品が宝石だとお聞きして、煌びやかな――指や首に沢山宝石をつけた男性を想像していたのですけれど、そんなことはなかったです。よく考えたら、採掘も肉体労働ですものね」 


 炭鉱夫も屈強である。宝石は煌びやかだけれど、それを採掘する方々は皆腕が太いのだ。

 なんせ、岩をピッケルで砕くのだから。


「そ、そうなのです。ダンテ様はつい先日までは国境の平定戦に従軍なさっていて、それはそれはお強かったのですよ。氷の軍神とまで呼ばれておりまして」


「まぁ、すごい」


「戦場に立てば、敵兵は逃げ出し、ダンテ・ミランティスの名を聞くだけで皆、震えあがると言われております。敵国では知らない人はいないぐらいで……」


 ロゼッタさんははっとしたように口をつぐんだ。


「私としたことが、余計なことをいいました」


「何故でしょうか。ダンテ様はお強いのですね。それはとても素晴らしいことだと思います」


 敵国、戦場、敵兵。

 どれもがあまり馴染みのないものだけれど。

 王国の端にある片田舎のエステランドには、他国との軋轢の影響はほとんどない。

 

 そんな情報も届かないぐらいだ。大切なのは、夏が暑いのか、冬が寒いのか。雨が降るのか、日照りが続くのか。

 それぐらいである。


「……あの見た目で、あの体躯でしょう。表情も乏しいですし。女性たちは遠巻きに、ダンテ様を見ています。端的に言えば、怖がられています。ですから、ディジー様には、ダンテ様の怖くないところをお伝えしなければいけなかったのに」


「冷血公爵という二つ名はお聞きしていましたけれど、とても表情が豊かでした」


「え、ええ、そうですか?」


「豊かに見えたのですけれど……」


 私は軽く首を傾げる。

 慌てたり恥ずかしがったり、困ったりしていた気がするけれど。

 それにしてもダンテ様は、檻の中の猛獣のような扱いをされている。

 そんなに――怖そうには見えなかったのだけれど。


 ロゼッタさんは何だか嬉しそうにしながら、私を部屋へと案内してくれた。

 私の為――正確には、私ではないディジーさんのために用意された部屋である。

  

 エステランドの私の部屋が、三つぐらいは余裕で入りそうな広さだ。

 そこには既に私が持ってきた荷物が綺麗に収納されていた。


「婚姻の準備が整うまでは、ディジー様はこちらでお過ごしください」


「ありがとうございます、ロゼッタさん」


「何かあれば、何でもお申し付けください。それでは、飲み物を準備して参りますね。長旅、お疲れでしょう。ゆっくりと体を休めてください」


「はい、ありがとうございます」


 確かに言われてみれば、疲れている気がする。

 ロゼッタさんたちのお陰で旅の間はとても快適だったけれど、見知らぬ人たちにたくさん会うというのは少し疲れる。

  

 一人になった私は、ふかふかのソファに座った。

 私が座るとすぐに傍に寄ってくるエメラダちゃんが恋しい。アルマも羊たちも、家族たちも。

 

 すぐに帰れると思っていたから、あまり深く考えていなかった。

 私はソファのクッションを引っ張ると、ぎゅっと抱きしめた。

 ふわふわのクッションは、本の少しだけふかふかの羊たちに似ていて、僅かに安心した。


 忙しい毎日を過ごしていた私にとって、ゆっくりするというのは結構難しい。

 ロゼッタさんの用意してくれた紅茶を飲み終えると、座っているのも落ち着かなくなってきてしまった。

 

 かといって人様の家のなかを勝手にうろうろするのも――と悩んでいると、ロゼッタさんが「夕食の準備ができました、ディジー様」と迎えに来てくれた。


 家族や羊たちが恋しくても、お腹はすくものである。

 むしろお腹がすいていたから、不安になってしまったのかもしれない。

 そんなことを考えながら、ダイニングに案内して貰う。


 ダイニングには長い長いテーブルが置かれていて、テーブルは燭台や花で飾られている。

 料理よりも装飾品のほうが多いのではないかしらというぐらいに、豪華で美しかった。

 

「旦那様、ご一緒していただいてもいいのですか?」


「あ、あぁ。構わん」


 ダンテ様が先に座っていて、私はその対面に。

 長い長いテーブルの端と端に座るらしい。

 すごく、遠い。

 これではお話しができないし、とても寂しい。


 食事というのは賑やかにするものだと考えていた私は、衝撃を受けた。


「あの、旦那様」


「なんだ?」


「私、こちらに座ってもいいでしょうか」


 はす向かいの席があいている。というか、椅子はかなりあいている。

 ダンテ様のすぐ傍の椅子に触れて尋ねると、ダンテ様はじろりと私を睨んだ。

 

 貴族の方々の至近距離に座ってはいけないのだろうか。

 でも確かに、神様と庶民が同席するのはいけないことだ。一定の距離とは大切なのかもしれない。


「ごめんなさい。あちらに行きますね」


「い、いや。構わん。ディジーがそうしたいのなら、その……す、好きにするがいい」


「ありがとうございます」


 怒りに満ちた低い声だったけれど、許して貰えたみたいだ。

 私はダンテ様のはす向かいに座る。

 蝋燭の明かりに照らされたダンテ様も立派な姿だ。

 蝋燭を見たり、花瓶を見たり、薔薇を見たり、銀の食器を見たりしていた。

 見るものがなくなると、ダンテ様の横顔を見つめた。


 檻の中の猛獣――というほど、怖くは見えない。

 私が違うディジーだと気づいているのに、優しくしてくれるのだから。やっぱりいい人だと思う。



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