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序章:冷血公爵からの婚約の打診



 その日、いつもは平和なエステランド家は騒然となっていた。


 さほど大きくない、使用人の一人もいない家の暖炉のあるリビングである。

 暖炉には赤々とした炎が灯っている。

 暖炉の横に設置されている煙突式ストーブの上では、エステランドチーズがぐつぐつと煮えている。

 

 とろりととろけた黄金色は、かりかりに乾燥したパンをどうぞいますぐ浸してくださいと言わんばかりだ。

 私としてもいますぐパンをフォンデュフォークに突き刺して、じっくりゆっくりチーズフォンデュを楽しみたい。


 楽しみたいのだけれど――。


「ど、どど、どうしよう、ディジーちゃん! どうしよう、どうしようか……!」


 髭とお腹の豊かな、最近薄毛が目立ってきたのでいつもハンチング帽をかぶっているお父様が、震えながら子羊のエメルダちゃんを抱きしめている。

 エメルダちゃんはお父様の腕の中で「めーめー」と可愛らしい声をあげた。


「あなた、落ち着いて! ま、まずは皆でチーズフォンデュを食べましょう!」


「母上、それはフォンデュフォークではなく、箒です。そんなものをフォンデュ鍋に突っ込まないでください」


「チーズが焦げるよ、母上!」


 落ち着いているようで動揺しているお母様に、お兄様と弟が口を挟む。

 お父様と違いお母様は細身だ。よく食べるのにどうしてそんなに細いのかというぐらいに細い。

 その細腕で、自分の身の丈ほどある牧草の塊を運ぶことができるぐらいに、普段は逞しいお母様である。


 逞しくてしっかりしている自慢のお母様だ。だが今は、フォンデュ鍋にフォンデュ鍋よりも大きな箒の先を突っ込もうとしている。そんなお母様を、お兄様が慌てて羽交い締めにした。


 筋骨隆々で大きなお兄様は、冬場でも半袖、もしくはタンクトップである。

 お兄様の辞書には寒いという言葉がない。お部屋は暖炉があるので暖かいけれど、お部屋だから白い半袖スタイルというわけではなくて、雪がちらつく野外でも同じだ。


 弟はお兄様と違って小柄だ。

 眼鏡をかけていて、本を読むのが好きな――エステランド家では一番賢い子である。


 お母様は箒を置くと、ミトンを手にはめてフォンデュ鍋をストーブからおろした。


 テーブルのお魚の形をした鍋おきにお鍋をおく。

 削ってお鍋に入れたエステランドチーズがお鍋いっぱいにとけている。


 エステランドチーズはエステランド牛乳から作る。私の顔より大きく、両手に抱えられるぎりぎりいっぱいぐらいの大きさでまん丸く加工する。熟成させたものを、削って食べるのだ。


「とりあえず、せっかくのチーズを無駄にしないように、皆で食べましょうか!」


 私たちはそれぞれフォンデュフォークを手にすると、いただきますをした。

 子羊のエメルダちゃんがお父様の腕から逃げて私の膝に乗って丸くなる。


 エステランド伯爵領に多く生息している綿帽子羊はすっかり冬毛がはえていて、まるくぽわぽわで綿毛のようである。


 テーブルに並んでいるパンや人参やブロッコリーやソーセージをフォンデュフォークに突き刺す。


 フォンデュ鍋の中にフォークを入れて、ぐるぐるとチーズを絡める。

 お皿の上にチーズの絡まった人参を置いて、フォンデュフォークを外した。

 少しさましてからフォークにさして口に入れる。


 フォンデュフォークに刺さった具材を直接食べたいのは山々だけれど、もれなく火傷するのでそんなことはしない。

 とろけたチーズは熱いのだ。火傷をして口の皮がむけたら美味しく食べられなくなってしまう。


 しばらく無言ではふはふチーズフォンデュを食べていた私たちは、ある程度食べ終えたところで再び顔を見合わせた。

 家族だけあって、皆顔立ちがよく似ている。

 柔らかいミルクティー色の猫っ毛に、甘栗色の瞳。肌は白いが、髪と瞳の色合いのおかげで、全体的に栗という印象が強い。


 お父様がフォンデュフォークを置いて、真剣な表情で胸ポケットから丁寧に折りたたまれた手紙を取り出す。


「どうしよう、ディジーちゃん。ど、どうして、こんな片田舎の伯爵家に、公爵閣下からの婚約の打診がくるのだろう!? お父様、何かしたかな!?」


 震える手で手紙を広げながら、お父様が言う。


「何もしていないわよね、何もしていないはずよ。エステランド家なんて名ばかりの家だもの。私は庶民出身だし、オルターは爵位を継いだだけで、農業と林業と動物の世話しかしていないのよ?」


「爵位があることすら忘れそうになるほどですよ。社交界なんて羊の世話と畑の世話が忙しくて行ったことがないですし。王家の舞踏会だって、冬の間はどこにもいけないし、夏の間は畑が忙しいしで行ったことがないでしょう?」


 お母様とお兄様は困惑した表情を浮かべて、弟は首を振った。


「そもそも興味もありませんし」


「あら、困ったわね。レオには王都の学園に通って貰おうと思ってたのに」


「そうだぞ、レオ。お前はあたまがいい。学校に行くべきだ」


「僕も羊の世話がしたいです」


「レオ君の将来はともかく、今はディジーちゃんの婚約の話だ」


 それた会話を、お父様が戻した。


「あの、お父様……婚約の打診をしてくださった、ダンテ様とは、どんな方なのでしょうか……?」


 今日の朝、ミランティス公爵家から手紙が届いた。お父様が手にしている手紙である。

 手紙の内容は、ダンテ・ミランティス公爵閣下から、私への婚約の打診だった。


 几帳面な文字で『ディジー・エステランド嬢と婚約をしたい』と書かれていたのだ。


 私はダンテ様を知らない。お会いしたこともない。

 お兄様や両親がそうであるように、私も領地から一度も出たことがない。

 十七になる今の今まで、毎日牧草を刈り、にんじんやトマトを育て、チーズを作り、羊の毛を刈り牛の乳を搾り、暮らしてきたのだから。


「ダンテ様とは……実はお父様もよく知らないんだ。エステランド伯爵といっても、僕はもうほぼ農夫だし。エステランドは住んでいる人よりも羊の数のほうが多いぐらいの田舎だ。貴族の情報などないに等しい。ただ、噂では……」


「ミランティス冷血公爵――と呼ばれているらしいわ」


「笑ったことが一度もない、厳しい方なのだとか」


「どうしよう、お姉様。怖い人だよきっと! 結婚なんてしないほうがいいよ」


 皆の視線が一斉に私に向く。

 子羊のエメルダちゃんまでもが私を見上げて「めー」と鳴いた。



急にツンデレが書きたくなったので。

短めで終わると思います!

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