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ソロモンは愛ゆえに  作者: 結川 黎
7/13

思考は巡る

 翌々日、ウィズダムに顔を出した時に、仲上さんから胡桃が精神病院に入ったことを聞いた。ソロモンに人間を食わせた罪は思いがキラを失った事で会話がままならないらしい。何を聞いてもキラを返してしか言わなくなってしまったようだった。仕方ないといえば仕方ないかもしれない。

 それからの日々はなかなかに身が入らなかった。雑賀さんには厳しく注意された。いつまでもこのままではいけない、そんなことはわかっている。でも、胡桃の言われたことがずっとぐるぐる回っている。今も電気を消した自室で膝を抱えながら繰り返している。

「人間百人食べれば、ユウが、人間に……」

 そばで寄り添うユウが不思議そうにこちらを見ている。見返して、未だ見たことのない、人間の優を見ることが可能だと示されたら、正常じゃいられない。けど、こんなのダメだよ。ユウにそんな罪を負わせられない。確かに人間の優には会いたいけど、それと百人の命を天秤に掛けてはいけない。掛けたら絶対、アタシの天秤は……ユウに傾いてしまう。

 アタシも一歩違えばリプロに入っていたのかもしれないと思うと、自分で自分が怖くなる。リプロの話をウィズダムに共有した時、皆険しい顔をしていた。御門剣也、人を誘惑してソロモンに人間を食わせる奴。彼に会った時、アタシは正しくいられるだろうか。

 そもそも、百人食べたら人間になるっていうのは本当なんだろうか。何の情報を持ってそう言ってるのだろう。もしかして前例があるの……?

「やめやめ!」

 かぶりを振って邪念を追い払う。そのままユウを抱きしめて横になる。ユウはユウでいいんだ。そう、このままで、いいんだ。過去が変わらないのと一緒だ。



 その深夜一時頃、目が覚めてしまった。やっぱりまだ揺らいでいるんだなと実感する。我ながら情けない。ちょっと夜風に当たってこよう。着替えてユウと一緒に部屋を出て、玄関で靴を吐いているところに声を掛けられる。

「こんな時間に外に出るのかい?」

 園長先生だ。まさか起きてるとは。

「あ、えっと、ちょっとコンビニに……」

「愛ちゃん、ここ数日ずっと何か悩んでるわよね?」

「なんでそれを……」

「わかるわよそれくらい。他の三人も心配そうにしてたわ」

「あちゃー……」

「先生にも話せないことなの?」

「そう、だね。言える範囲で言うと、いきなり今まで思いもしなかった夢みたいな可能性を提示されて、でもその過程がどう考えてもやっちゃいけないことなんだ。ただその夢みたいな可能性がすごく魅力的で、揺らいでる自分がいるの。ダメなことなのに」

 それを聞いた園長先生は真剣な顔で、それでいて柔らかい声色で話してくれた。

「頭ではわかってるけど、心では夢を見たい自分がいるのね」

「うん、だいたいそんな感じ」

「愛ちゃんは罪を背負ったうえで夢を見るのと、現状、どっちが幸せだと思う?」

「どっちだろう。今も結構幸せだけど、夢の先は、見たことないからわかんないや」

「今も十分幸せだと思っているのなら、その夢の先は大変幸せでしょう。でもね愛ちゃん。人間の欲望は際限がないの。たとえその夢の先の幸せを享受しても、より幸せな未来の可能性が見えてしまったら、たとえその為に何かを犠牲にしなくちゃいけなかったとしても、また願ってしまうわ。どこかでストップをかけないと、歯車は回り続けてしまうの。そして一度踏み外してしまったら、二回目なんてあっという間よ。だから、踏みとどまるなら早い方がいいわ。もし欲望に足を踏み入れるなら、その先誰が何と言おうと自分が正しかったと言い続ける事になるわ。後に引けなくなるもの。そのことを、よくよく考えて自分の選択を決めてくださいね」

「……ありがとう、園長先生。ちょっと散歩しながら考えまとめてくる」

「もう十分暗いけど、あまり遅くならないようにね」

「うん」

 そう言って外に出る。冷たい夜風が頭を冷やす。もう空気の匂いは夏になってきているが、まだ夜は涼しい。

 欲望に向かう場合は胡桃みたいになるってことだ。確かにそうかも。胡桃も後に引けなかったんだろうな。アタシは、胡桃みたいになる覚悟はあるのだろうか。いや、きっとない。アタシにはユウもいるけど、園長先生や剛、智樹、千咲もいる。みんな大事な家族だ。アタシは皆で幸せになりたい。たとえユウが人間になれなくても、ユウはユウだ。今までずっと一緒にいてくれたユウだ。だから、いいんだ、このままで。

 考えながらしばらく歩いていると、河川敷に来ていた。結構歩いたな。そろそろ帰らないとさすがに怒られるかな。そう思った途端、男性の悲鳴が聞こえた。これはまさか。警戒しながら声のした方に近づく。そこには銀色の大きなソロモンが男性を食らっていた。そしてその隣に、臆する様子もなく立っている人がいる。あれは……。

「さ、西園寺先生……⁈」

 そんな、西園寺先生までもしかしてリプロに? いや、考えは後だ。ともかく応援を呼ばないと。急いでウィズダムの事務所に掛ける。深夜だけどどうか繋がってくれ!

「はい、こちらウィズダムの灰本です」

「灰本さん、三枝です! 今河川敷でソロモンが人を食べてます! それと、それを使役してるっぽい人がいます!」

「わかりました。場所を送ってください。それと、私が到着するまで交戦はなるべく避けてください」

「了解! 今場所を送ります!」

 通話を終了し、現在位置を灰本さんに送る。しかしそのタイミングで声がかかる。

「あら、三枝さんじゃない。こんな夜更けにどうしたの? ダメじゃない生徒がこんな時間にうろうろしちゃ」

 見つかってしまった。なんとか時間を稼がないと。

「せ、先生こそどうしたんですか? こんなところで」

「私? 私は今旦那のセナと一緒にお散歩してるところよ」

「だ、旦那さんは亡くなったんじゃ……」

「あら、君だって連れているじゃない。ちっちゃなソロモン」

 そうだ、ソロモンを使役している人は他のソロモンが見える。

「その子に誰かを食べさせようとしてるのよね?」

「ち、違います!」

「あら、そうなの?」

「アタシは、ユウにそんなことはさせません」

「人間になってほしくないの?」

「その話を聞いたとき、すっごい揺らぎました。けど、アタシは今のままでいい」

「じゃあ君は、リプロの一員って訳じゃないのね。左右田さんとは違うのね」

「胡桃のこと知ってたんですね」

「ええ。お互いに良い狩場を教え合ったりしてたわ」

「狩場って……」

「だってそうでしょ? 百人食べなきゃいけないんだもの。いい場所は押さえておきたいじゃない?」

「……」

「私ね、旦那と一緒に逝けなかったのよ」

「え?」

「一緒に死ねば、あの世で永遠に一緒になれるの。これって素晴らしいことでしょう?」

「し、心中……?」

「そんな安っぽい言葉使わないでちょうだい。山をドライブ宙にガードレールを突き破って崖から落ちたところまではよかったんだけど、私だけ助かっちゃったのよね。旦那だけ逝ってしまって。そこで泣いていたら旦那がソロモンになったの。でもその時は何がなんだかわからなくて。そこにあの方が来たのよ」

「御門剣也……」

「そう、知ってるなら話が早いわ。その方にいろいろと教えてもらってね。そこで知ったのよ。百人食べれば旦那が人間になれるって」

「でも、死のうとしてたんじゃ」

「一緒に死なないと意味がないの。だから旦那を人間にして、もう一度、今度こそ一緒に旅立つのよ!」

「そんなことのために百人も犠牲にしようとしてるんですか」

「そんなこと? 何を言っているの? 人類にとって永遠は誰しもの夢でしょう? それをそんなことだなんて、君は何もわかってない」

「わかりたくもないですよ」

「そう、残念ね。じゃあ三枝さん。君も食べてしまいましょう。セナ、デザートの時間よ。いっぱい食べて、早く人間になって、もう一度共に逝きましょう?」

 銀色のソロモンはそれに応えるようにひと鳴きし、こちらににじり寄ってくる。

「間に合ったみたいですね」

 振り返ると、灰本さんとジョウジさんが到着していた。

「あら、君のお友達? 三枝さんにこんな大人のお友達がいたなんて」

「お友達というか仕事の先輩ですね。あなたは?」

「三枝さんの担任です、どうも。君もソロモンを連れてるのね」

「ええ、旦那です」

「奇遇ね、私のソロモンも旦那よ」

「それは奇遇ですね。でも私の旦那は人間を食べませんよ」

「あらやっぱりそっちは人間にさせないのね。どうして?」

「どんな理由であれ、罪を負わせるわけにはいきません」

「ふうん、やっぱり相容れないのね。罪なんて、愛の前では陳腐なモノよ」

「随分に欲に塗れた愛ですね」

「愛ってそういうものでしょ?」

「私はそうは思いませんが」

「じゃああなたにとっての愛って何?」

「支え合うことよ」

「つまり?」

「お互いの足りないところを補い合い、得意なところで喜ばせる。そういう家庭です」

「つまらない家庭ね。刺激が足りないわ。ドロドロに溶けて消えてなくなりそうな程に混ざり合って一つになるような、蔓を這わせて絡み合うような、そういう濃密なものよ」

「胸焼けしそうですね」

「それがいいんじゃない。溢れ出るほどの愛を受け止めてこその夫婦でしょ?」

「夫婦といえど一定の距離は必要です」

「そんなの何の為に夫婦になったのかわからないわ。いいわ、私の旦那の中でその愛を体験させてあげましょう」

 そう言い、西園寺先生が銀色のソロモンに触れると、一瞬で弾けた。無数の銀の粒がゆっくりとナイフに変形していく。宙に浮くそのナイフ内の一振りを手に取り、宣戦布告をする。

「そんなもの、全て弾きます」

 灰本さんが黄色いソロモンであるジョウジに触れるとすぐさまそれは大きな盾となる。灰本三の体調の半分以上はある大きさだ。

「三枝さん、援護お願いしますね」

「了解っす」

 アタシもユウを変形させ、大太刀にする。灰本さんは盾だから、メインの攻撃はアタシになるかもしれない。隙を見逃さないようにしなければ。

「行きます!」

 灰本さんが距離を詰める。それに向かって西園寺先生がナイフを何本も投げていく。灰本さんが全て盾で弾きながら突進していく。少し離れた所からアタシも続く。

「甘いわ」

 弾かれたと思ったナイフが意思を持ったように刃先を灰本さんに向け飛んでいく。

「灰本さん後ろ!」

「見えています」

 突進していた足を止め、背後に向かって大きく盾を振るう。ナイフは薙ぎ払われ、地面に落ちる。それを確認すると灰本さんはすぐに正面からまたも来ていたナイフに備え盾を構え、突き進んでいく。そして、豪快に西園寺先生に向けてその盾を振るう。

「あら、意外と大胆じゃない。嫌いじゃないわ」

 西園寺先生はひらりとかわし、ナイフを二本投げる。灰本さんは振るった盾をそのまま一回転させた勢いてナイフを叩き落とし、更に突進する。

「すごくいいわ!」

 西園寺先生は楽しんでいるかのようにその攻撃を避ける。

「身のこなしは一丁前ですね」

「もっとゾクゾクさせて!」

 間髪入れずにとアタシもその攻撃に加わり大太刀を振るう。しかし既に手にしていた新たな二本のナイフによって防がれる。鍔迫り合いのような状態になっている横から、跳び上がった灰本さんは盾を叩きつける。しかしその盾は西園寺先生に当たることはなく、地面に衝突した。その隙を逃さずナイフを投げられるが、大太刀で薙ぎ払う。

「そろそろ旦那が血を欲しているわ!」

 西園寺先生が右手を振り上げると、今まで西園寺先生の周りに浮いていた千本近くのナイフが天高く飛んでいく。何事かと見ていれば、次に西園寺先生は右手を振り下ろす。その指示の元、千本のナイフが雨の様にアタシたちに降り注ぐ。

「伏せなさい!」

 咄嗟の灰本さんの指示に従い、身体を最大限縮める。アタシを跨ぐように立った灰本さんは盾を空に構えてナイフたちを防ぐ。

「ありがとうございます!」

「今のうちに行きなさい」

 今は西園寺先生の下にナイフはない。がら空きだ。アタシは素早く西園寺先生に近づく。

「さすがに丸腰じゃないわ」

 一本だけ持っていたナイフで迎え撃とうとしている。しかしこちらは助走付きだ。勢いを付けた一撃で構えたナイフを吹き飛ばす。

「くっ!」

「ちょっと眠って貰うよ!」

 たちの向きを変え、後頭部に峰打ちを浴びせる。

「がっ」

 西園寺先生は峰打ちをもろに食らいその場に倒れる。

「これでよし、後は……」

 無数のナイフだったものは大きな一つの銀の塊に戻って、西園寺先生に寄り添っている。

「……御免!」

 そのソロモンを縦に一刀両断する。するとソロモンはドロドロに溶け、西園寺先生に絡みついた後、消えていった。

「三枝さん、おつかれさま」

「おつかれさまです、灰本さん。……これでよかったんですよね?」

「そう、これでいいわ。後の事は私に任せてください。もう遅いですし、送りたいところですが、私は彼女を連れて行かないといけないので」

「大丈夫です。元々ちょっと頭冷やしに外出た感じなので、散歩の続きです」

「早めに帰ってくださいね」

「はい、じゃあおつかれさまです」

 灰本さんは西園寺先生を連れて車に乗り帰っていった。アタシもそろそろ帰らないと。すっかり遅くなってしまった。

「怒られるかなあさすがに」


 施設に帰ったアタシを、園長先生は優しく迎えてくれた。その後ちゃんと叱られたが、アタシの表情が前よりきっとましになっていたのを確認したのだろう、そこまできつくは言われなかった。

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