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ソロモンは愛ゆえに  作者: 結川 黎
6/13

友達って

 二週間程経った朝のホームルームに西園寺先生が帰ってきた。

「みんなおはよう。しばらく休んでごめんね」

「先生おかえりー!」

「さみしかった!」

「やっぱ先生じゃねーとな」

「ご趣味は……」

「はいはいありがとね。最後のはちょっとよくわからないけど……ともかく、これから後れを取り戻すつもりで授業していくからよろしくね!」

 はーいと、みんなの元気な声が教室中に響く。隣の教室にも届いてるだろうな。でも、と空いた席を見る。胡桃はまだ帰ってこない。そうとう参ってるのかな。なんだか怖くて連絡も取れていないのだけど、大丈夫かな。


 今日も学校が終わり、帰ろうとしたところを西園寺先生に呼び止められる。

「三枝さん、ちょっといい?」

「あ、はい。 なんすか?」

「ここしばらくの分のプリントとか、左右田さんの家に持って行ってくれないかしら」

「え、あーはい、いいですけど、先生はいかないの?」

「行きたいのはやまやまなんだけど、休んでたぶんの仕事がやまもりで、しばらく残業の日々になると思うから……」

「そりゃそうか」

「それに、お友達の方が話せるかなって」

「まーそっすよね。わかりました、じゃあこれ持ってきますね」

「ありがとう、よろしくね」

 先生からプリントの束を受け取り、鞄に詰めて胡桃の家に向かう。ウィズダムに遅れる連絡しなくちゃ。スマホを取り出して電話をかける。

「こちら有限会社ウィズダムです」

「あ、灰本さん。アタシです、三枝です」

「三枝さんでしたか、どうかされましたか?」

「じつはちょっと先生に用事頼まれたんでそっち行くの遅れそうなんですよ」

「そういうことでしたか。では今日同行する仲上に伝えておきます」

「ありがとうございまーす。それじゃ失礼します」

 電話を切り、胡桃の家に向かう。


「いやー久しぶりだな……」

 胡桃の家に来るのは春休み以来だ。綺羅と三人でゲームしたりマンガ読んだり、なんてことない普通の日だった。あれがもう叶わないと思うと……いや、感傷に浸ってないでいかなきゃ。インターホンを押そうとして気付く。玄関の扉が開いていることに。

「まさか泥棒? こんな日に限って……」

 恐る恐る扉を開けて目にした光景を、私は忘れることはないだろう。

「胡桃⁈」

 玄関には胡桃が家の中の方を向いて立っていて、その向こうには、ソロモンがいた。しかも何かを食べている。床に長い髪が見える。もしや、胡桃のお母さん……?

「胡桃、無事⁈ 下がってて、アタシがやるから!」

 ばれちゃうけどこの際仕方ない。というか胡桃には今どう見えて……? まあいい。とにかくアタシはユウを大太刀に変形させ中に入って。

「やめて」

「えっ?」

 なぜか胡桃に引き留められる。

「でも胡桃あんたお母さんが……」

「キラに手を出さないで!」

「……キラ?」

 目の前のピンク色のソロモンを見つめる。胡桃のお母さんを食い終わったそいつは、ゆっくりとこちらに振り返る。不揃いな牙から血を滴らせ、落ちくぼんだ眼窩でアタシを見ている。もしかして、本当に……。

「キラなの……?」

 そのソロモンはゆっくりと身体を上下させる。まるで頷くように。

「……」

「そう、この子はキラなの。だから、何もしないで」

「でも、アンタお母さんが」

「お母さんはうるさいからいいの」

「え……」

「ウチが深夜にキラと出かけることすごい問い詰めてくるから、邪魔だったの」

「アンタ正気?」

「うん。だって、ソロモンって人を食べれば人間に戻れるんでしょ?」

「何の話? 人間を食べたら人間になれる? それ本当?」

「知らないの? 愛のその子もソロモンみたいだけど、その子も人間いっぱい食べさせるといいよ」

「誰から聞いたのさそんな話」

「御門って人」

「御門……剣也……」

「知ってるんんだ」

「いや、名前だけだけど」

「そうなんだ。その人が誘ってくれたの。リプロって所に。それでね。そこで教わったんだよ。人間百人食べたソロモンは人間になれるって」

「そんな……」

「だから邪魔しないで」

 人間になれる? ユウも? 生まれてくることすら叶わなかったこの子が、人間になれる? 百人食べれば……。

「愛とはまた三人でご飯食べたり、カラオケ行ったりしたいから食べないけど、邪魔するなら容赦しないからね。ウチはキラがいればそれでいいの」

 何も言葉が出てこない。なんて言葉をかければいい? というか見逃していいの? アタシは仮にもウィズダムの一員で、人を食べるソロモンを見逃したら被害は拡大するわけで、でもアタシは胡桃の友達で、キラと三人でまた……。

「じゃ、行くね。キラ、こっち」

 キラと呼ばれたソロモンがアタシの横を通り過ぎ、胡桃と一緒に外へ出ていく。しばらくそれを呆然と見送っていたが、ハッと我に返る。

「れ、連絡しなきゃ……!」

 慌ててスマホを取り出して仲上さんに掛ける。

「もしもし仲上さん⁈」

「おう、どうしたそんな慌てて」

「ソロモンが、い、いました」

「どこだ」

「アタシの友達の家……」

「友達は無事か?」

「いや、その、友達が、ソロモンを連れて歩いてます……」

「……わかった。家の場所を教えてくれ」

「わかりました……」

「それと、今日は俺一人でいい。お前は帰っていいぞ」

「いえ、アタシも行きます!」

「足手まといにならないか?」

「それは……でも、行かなきゃいけない気がするんです」

「はぁ、わかった。くれぐれも無理はするな」

「はい……」

 電話が切れると同時に腕に力が入らなくなり、スマホを取り落としそうになる。

「ユウ……ユウは人間になりたい?」

「ー?」

 聞いてはいけない問いかけをしてしまったかもしれないと、聞いてから思った。

「ごめん何でもない。行こう」

 仲上さんに胡桃の家の住所を送り、外に出る。胡桃の後を追わないと。


 胡桃の向かった方向に進んでいくと、まだ遠くには行ってなかったようで、追い付くことができた。一定の距離を保って仲上さんが来るまで様子を見る。人間を食べさせようとしてたら……その時は止めなきゃ。

 しばらく歩くと胡桃とキラは路地に入っていった。もしかしたらまずいかもしれない。急いで向かうも遅かった。あまりにも速い手際で路地の人間を食らっていた。悲鳴すらなくただ骨の砕ける音が響いていた。

「あれ、愛じゃん。なんで来たの?」

「やっぱり、これ以上キラに人間食べさせるわけにはいかない」

「なんで? 人間になってほしくないの?」

「また三人で遊びたい思いはある。あるけど、そのために人間を殺させるのは……」

「綺麗ごとなんて要らないの」

 胡桃がアタシを睨みつける。

「さっき言ったよね? 邪魔するなら容赦しないって。それ、嘘じゃないから」

 胡桃から殺気が溢れてくる。もう、戻れない。

「やるよ、キラ」

 胡桃がキラに触れるとその体は収束し、ピンクの鞭へと変形して胡桃の手に収まる。

「苦しんで死になよ」

 ああ、やだな。

「いくよ、ユウ」

 大太刀のユウに一声かける。ああ、なんでこんなことしなくちゃいけないんだろう。嫌だよ、胡桃、戻ってきてよ。

「はあっ!」

 胡桃が思い切り鞭を振る。

「⁈」

 通常の鞭の軌道とは思えないような不規則な動き。意思を持った、それこそ蛇のようだった。その一撃を受け止めることすらできずにもろに食らう。しかしアタシに考える間を与えずに連続で鞭を振るう。

「くっ!」

 ユウで受け流そうにも、ユウを避けてその鞭はアタシに届く。まずいかもこれ。

 防戦一方では埒が明かない。そう思い無理やり突っ込む。しかし振り下ろしたユウはキラに防がれる。大太刀が鞭に包まれたまま、鞭が伸びてくる。避けようがない。

「おおらああああああああああ‼」

 空から仲上さんが降ってきて、その勢いでハンマーを叩きつける。避けに専念した胡桃によってユウは解放された。

「間に合ったな」

 仲上さんが振り返らずに言う。

「ありがとうございます……」

「とりあえず見てな、先輩の戦いってやつをよ!」

 仲上さんはさっき叩きつけた事で剥がれた地面のアスファルトを蹴り上げてからハンマーで胡桃の方に吹っ飛ばす。胡桃はそれを横に飛んで避ける。壁に追い詰められた削頃に容赦なくハンマーが叩きつけられる。

「胡桃!」

 壁にめり込んだ胡桃の前には、ハンマーの間に肥大化した鞭がクッションの様に挟まっていた。

「ソロモンならそうだよな。大事な相方守るって思ってたぜ……ん?」

 仲上さんが引き戻そうとしたハンマーが動かない。見ればクッションになっていたキラが再度鞭になり、ハンマーに巻き付いていた。

「やるじゃねえか……! だけどよお、俺たちはその上をいくぜ!」

 仲上さんが雄叫びを上げながら腕に力を込める。なんと力任せにハンマーを振り抜き、反対側の壁にキラごと叩きつける。

「キラ!」

 壁にめり込んだ状態の胡桃が叫ぶ。

「キラっていうのか。最期に名前が聞けて良かったぜ。じゃあ、あばよ‼」

「だめーーーー‼」

 仲上さんのハンマーが勢いよく鞭の状態を保てなくなったキラに振り下ろされる。体液のようなものが周囲に飛び散り、霧散していった。

「あ、ああ……キラ、キラ、キラアアアアアアアアアア‼」

「胡桃……」

 結局、ほとんど見ていることしかできなかった。泣き喚いている胡桃になんて声を掛けたらいいのだろう。とにかく、何か言わなきゃと思い胡桃に近づく。

「胡桃、あのさ」

「話しかけないで‼」

 酷く言葉が突き刺さる。純粋な否定の言葉が、喧嘩したこともないアタシには堪えた。それでも、言わなきゃいけない言葉がある。

「胡桃、アタシはまだ、友達だと思ってるよ。キラが何人食ってても、胡桃が何人食わせてたとしても、アンタらがお互いしか見えてないかったとしても、アタシのことが視界に入っていなくても。アタシはアンタらのことが今でも好きだよ」

「……綺麗ごとなんて要らない」

「いいよ、それで。一方的でもいい。でも、アタシがアンタらのこと好きなのは覚えておいてほしい」

「……」

 そこまで言って仲上さんに向き直る。

「胡桃、これからどうなりますか?」

「そうだな、判断は上が決めるから俺にはなんともだが、ひとまず事務所に連れていく。愛はもうしばらくパトロールしてくれ」

「わかりました」

「おし、胡桃っつったか? ほら、行くぞ」

 仲上はリンで胡桃を優しく包み、歩かせる。アタシにパトロールさせるのは、ほとんど心を落ち着かせるための時間をくれたってことなんだろう。正直ありがたい。三人を見送ってパトロールと言う名目で町を歩く。

「さっきの言葉、あれでよかったかな、ユウ」

「ー?」

「アタシの素直な気持ちだけど、それでよかったかな」

「ー」

「ごめん、難しいよね。なんでもない」

 ユウを抱きかかえ、夜になるまで町を歩いた。

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