崩壊
バイトとウィズダムのかけもちをしてから一か月、特に何事もなく過ぎていった。いや、正確には一、二回ソロモンを退治したのだが、そこまで強くない個体だった。そして今日も何事もなく学校に向かったのだが、ホームルームの時間になっても胡桃と綺羅が来ない。その上、教室に入ってきたのは西園寺先生ではなく、学年主任だった。
「ホームルーム始めるぞー、席に着けー」
「あれー、西園寺先生はー?」
「その話もするから、座りなさい」
皆いぶかしみながら席に着いたのを確認すると、学年主任の先生が話始める。
「みんなに大事な話がある」
先生は一呼吸おいて話始める。
「まず、先生が今日休みなのは、先生の旦那さんが亡くなったからだ」
教室内はざわつき始める。
「これは事故によるものだ。そしてもう一人、事故で亡くなった者がいる」
教室内は静まり返り、もしやと二人の人物を思い浮かべる。
「大善綺羅くんが亡くなりました。そして、その現場を目撃した左右田胡桃さんは今ショックで精神が不安定な状態にあり、しばらく学校を休むそうです」
「嘘……」
思わず声が漏れる。何事もなく、昨日までふざけた会話をしていた友達が死んでしまったということに驚きが隠せない。もう会えない? 本当に? アイツが死ぬなんて。アタシでこれだけショックなのを考えると、胡桃が心配だ。しかも目撃って……。
「そういうことなので、しばらく西園寺先生の現国の授業は別の先生がやります。そして、大善くんのお葬式だが、こちらは親族のみで執り行うそうです。それと、左右田さんが学校に戻ってきても彼女からこの話をしない限り、あまりその話をしないように」
気にはなるけど、そうだよね。そりゃあ、胡桃が一番ショックだもん、掘り返しちゃいけないよね。そっか、もう三人でふざけられないんだ。
「みんなの中にも仲の良い人がいるかもしれないが、そういうことだからよろしく頼む」
教室内は静まり返ったまま、誰も何も言えなくなってしまった。
ホームルームが終わり、徐々に話し声が聞こえ始めるが、どこかぎこちない。特にアタシに話しかけるみんなは気を遣っているのがよくわかる。ありがたいのだが、それがより、綺羅が死んだことを教えてくる。
その日の授業はあまり頭に入ってこなかった。それでも、今日は喫茶店のバイトだ。行かなきゃ。そそくさと帰り支度をして向かう。バイトに向かう時に誰にも何も声をかけられることなく、学校を後にした。
喫茶店について仕事を始めてもどこか上の空なのが見えたのか、店長が心配そうに覗き込む。
「愛ちゃん、大丈夫かい?」
その言葉にびっくりして拭いていたカップを落として割ってしまった。
「あ、すいません……!」
「驚かせちゃったかな、悪い悪い」
慌てて拾おうとして破片で指を切ってしまった」
「ああやっとくよ」
「すいません……」
「にしても珍しいね、何かあったかい?」
「友達が、その亡くなったって聞いて……」
「そう、だったのか……なら今日はもう帰りなさい」
「え、でも」
「でもじゃないよ。今日くらい休んだって大丈夫さ。元々一人でやってる店なんだから。友達のこと、ちゃんと思ってあげな」
「あ、はい……。すいません、今日はじゃあ、帰ります。お先です……」
「はいよ、気を付けて帰ってね」
着替えて帰路に着く。胡桃の心配してる場合じゃないな。結構アタシもきてるな。ちょっとチビたちの相手まともにできないかも。できるだけ心を落ち着かせようとゆっくり施設に帰る。
「おかえりなさーい!」
「きょうはえーな!」
精一杯の努力で元気を作る。
「ただいまー! そう、今日ちょっと早上がり? ってやつだったからさ」
「じゃああそぼあそぼ!」
「おにごっこしよーぜ!」
「えー、おままごとがいー!」
「ほーら喧嘩しないしない。じゃあ明るいうちに鬼ごっこして、それからおままごとね」
「やったー!」
「おままごともやるよね? やるよね?」
「やるやる、大丈夫だって」
ずっと静かだった智樹がアタシの顔をみて不思議そうな様子だ。
「あいちゃんだいじょうぶ? げんきない?」
「え……?」
「なんか、むりしてない……?」
「あー、えーっと……」
「え、そうなの?」
「だいじょうぶなのか?」
「あー、あはは……」
どうしようかと考えていると、奥から園長先生が顔を出す。
「愛ちゃんおかえりなさい。ちょっとお話いい?」
「あ、うん。大丈夫だけど……」
「じゃあみんあ、ちょっと園長先生は愛ちゃんとお話があるからね」
そのまま園長先生の部屋へと連れていかれる。助かったようなそうじゃないような。扉を閉めた園長先生はアタシに座るよう促し、話始める。
「何かあったの?」
「あはは、えっと……ちょっと、学校で話があったのでそれで、うん」
「……」
「友達が、死んじゃったんだ」
「そうだったの……それは無理もないわね」
「うん、結構きてるみたい」
「今日は部屋でゆっくりしてなさいね」
「うん、そうする」
「愛ちゃんはみんなのお姉ちゃんだけど、辛いことがあったら辛いって言っていいのよ」
「そう、だね。うん、ありがと」
「ご飯、後で部屋に持っていくわね」
「そこまでは……ああいや、うん、お願い」
「うん、じゃあゆっくりね」
「うん……」
園長先生の部屋を出て自分の部屋に帰る。そのままベッドに倒れ込む。ユウが頭を撫でてくれる。ああ、ありがとう。アタシもユウがいなくなったらと思うと、恐ろしいな。胡桃、大丈夫かな。また、話せるようになるかな……。