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ソロモンは愛ゆえに  作者: 結川 黎
2/13

仲間

「おつかれさまでしたー」

「はい、おつかれ」

 始業式から一週間が経ち、桜も散っていく時機になった。バイト終わりでもう遅いが、少し遠回りして完全に散る前に桜を拝んでおこう。川沿いの桜を眺めながら帰る。川に花弁が浮かんでいて、月明かりに照らされている。これはこれで悪くない。頭に乗ってるユウもどこか嬉し気だ。イヤホンをせずに風の音を聞く。

 だからこそ気付けたのだろう。背後から忍び寄るそれに。

 振り向けば今まさに五メートル程の怪物がアタシに向けて触手を叩きつけようとしているところだった。避けるのが間に合わない。鈍い音が響く。しかし自分は無事だ。何が起きたのかと頭上を見れば、頭に乗っていたユウが重い一撃を防いでいてくれた。

「ユウ!」

 頭上のユウを手で支え、そのまま怪物の触手を受け流す。久しぶりにまずいのに出会ったかもしれない。しかし、こいつを野放しにすると人間が食われる。そう思う様になってからはできるだけ排除するようになっていた。だけどこれは……。

「いや、やってやろうじゃないの。行くよ、ユウ!」

「!」

 ユウを大太刀に変形させる。怪物の触手が再び伸びてくる。素早く躱し、戦力を削ぐために触手に切り付ける。切断まではいかないものの、切った所から血の様に黒い液体が噴き出す。それでもぶよぶよとした塊から別の触手が今度は二本伸びてくる。一本を躱し、もう一本を正面から叩き切る。内臓が破裂する様な音をさせ潰れていく。ようやく本体の所へ近づき、一閃。黒い液体が噴き出す。しかし、なおも触手を生やして襲いかかかる。今度は小さいが五本同時にアタシに向けて突き出される。二本躱し、三本目を弾き四本目を斬る。しかしそこまでだった。五本目にアタシの身体は絡めとられ、身動きが取れなくなる。

「やばっ……!」

 そのままずるずると本体らしき場所まで引きずり込まれる。そして大きな口が開かれる。状況は最悪だ。ユウを握る手も力が入らず、落としてしまいそうだ。

「オラアアアアアッ‼」

 空からの声と共に強烈な衝撃が怪物を襲う。人が大きなハンマーを携えて、怪物を叩き潰した。怪物はそのまま四散して物言わなくなった。

「ふう、なんとか間に合ったみたいだ。大丈夫か?」

「えっと、あ、はい。大丈夫っす。ありがとうございます」

 助けてくれた人物は、二十歳くらいの溌溂とした男性だった。そして肩に乗せてるハンマーは赤く、ぬらぬらとつやを帯びており、この世の物質とは思えない質感をしていた。この人ももしかしてアタシみたいに怪物と一緒に戦ってる人なのかな。

「しっかし、驚いたな。女子高生がソロモンを武器形体にして戦ってるとはな。いや、もしかして俺が知らないだけでお前もウィズダムの一員だったりするのか?」

「え、ソロモン? ウィズダム?」

「知らないか、じゃあ違うな。ああ悪い悪いこっちで完結しちまった。ソロモンってのはさっきみたいな怪物とか、俺やお前の様に武器に変形してパートナーに力を貸す奴らのことだ。ウィズダムってのはそのソロモンと一緒に、人を食う野良のソロモンを退治する組織のこと!」

「ソロモンって言うんだ、初めて知った……」

「知らずにそんな芸当ができたなんて、お前すげえな! ただの女子高生じゃないな。なんていうんだ? 俺は仲上大輔! こっちはリン!」

 と言って担いでいるハンマーに視線を投げる。

「アタシは三枝愛。こっちはユウです」

「愛にユウな、よろしく! ……あーどうすっかな」

「何がですか?」

「いや、ウィズダムに所属せずにソロモンと戦ってる奴なんて初めて出会ったからどうすっかなって。とりあえず上に相談すっか。ちょっと待ってな」

 そう言って仲上はスマートフォンを取り出し、どこかへかけている。

「あ、おつかれさまです。さっき野良のソロモン倒した所なんですけど、襲われてた女子高生がソロモンと一緒に戦ってる子で……そうです、武器にしてて戦ってたんですよ。どうします、ボス。……はい、はい。わかりました。じゃあちょっと聞いてみますね」

 一旦話を区切り、こちらへと問いかけてくる。

「愛は明日暇か?」

「明日ですか? まあバイトないんで学校終われば時間ありますけど」

「よかったらウィズダムに来ないか? 所属するかはさておき、ユウのこととか街に蔓延るソロモンが何なのかとか詳しい話、知りたくない?」

 思ってもないことだった。街に現れる怪物のこと、それになによりユウについて知れる機会が来るなんて思ってもみなかった。

「ユウのことについて知れるなら、行きます」

「オッケー。じゃあ明日学校終わりに迎えに行くね。連絡先交換しとこうか」

 仲上はそう言った後、ボスとやらとの話に蹴りをつけ、連絡先を交換する。

「学校どこ?」

「佐城南高校です」

「あーあそこね、了解、こっちも大学終わったら向かうね」

「了解です。じゃあまた明日」

「おう、じゃあなー」

 思いがけない出会いだった。ウィズダムで何がわかるんだろう。



「ただいまー」

「おかえり、愛ちゃん。遅かったね」

「仁兄ちゃん、来てたんだ」

「みんなの顔が見たくてね。愛ちゃんが来るまで園長先生とお話してたよ」

「あれ、もしかして待たせちゃった?」

「好きで来てるからね、気にしないで。バイト長引いちゃったとかかな?」

「あー、いや、完全に散る前に桜拝んで行こうと思って遠回りで帰ってきたんだよね」

「なるほどね。あ、今日の夕飯は僕が作った唐揚げだよ」

「マジ? 仁兄ちゃんの唐揚げ美味しいからねー。助かるー」

「気に入ってくれて何より。じゃあ僕はこれで」

「金木さん、お帰りですか?」

「ああ、園長先生。今日も楽しかったです。また来ますね」

「ええ、ありがとうございます。子どもたちも喜びます。気を付けてお帰りください」

「ばいばーい」

 仁兄ちゃんは手を振り、施設を後にする。見送ってすることと言えば勿論。

「かっらあっげ、かっらあっげ」

「ちゃんと手洗ってくださいね」

「はいはーい」

 手を洗い、温め直した唐揚げを一口。うーん、やっぱいいよね、唐揚げって。人類の喜びが詰まっている。ちびたちが食べやすいように小さくしてあるので一口でいけてしまうので火傷に注意だが。

 ふと、この日常が続くのか、不安が過る。怪物、いやソロモンって言ったっけ。あいつらを排除する組織があったなんて驚きだ。それもソロモンでソロモンを倒している。ユウが排除される側じゃなくて良かったと心底思う。

「明日か……」

 思わず声が漏れる。明日、何かが変わってしまうようで、怖くて、でも知りたい。ソロモンが何なのか、ユウの為にも知っておかなくちゃいけない気がする。

「明日何かあるの?」

「ああいや、明日も桜見て帰ろうかなーって」

「そんなに気に入ったのね。あんまり遅くならないようにね」

「はーい」

 危ない危ない。ウィズダムって初めて聞いた組織に話聞きに行くなんて言えないよ。どんな組織か全くわかんないのに余計な心配させてらんないって。このことはみんなには黙っておこう……。



 翌日、学校から出ると校門のところに仲上さんが立っていた。そしてハンマーじゃない状態の、赤いぬらぬらした塊、リンが隣に立っている。寄り添う彼女は恋人のように仲上さんと手を繋いでいる。本当は手と言うより触手なのだが。

「よっ」

「はいっす。なんか二人して手繋いじゃって、恋人みたいっすね」

「実際リンは恋人だよ、今でもね」

「あらあら」

「そういやユウってきょうだい?」

「はい、弟ですね。小っちゃい頃からこの姿ですけど」

 と言って抱きかかえているユウを見せる。

「こんなにちっちゃいのにアレになるんだもんなー。強いぞ、ユウ」

 そういって仲上さんはユウを撫でる。ユウは慣れていないのでちょっと照れくさそうにしている。もっとも、私もこんな風にお互いのソロモンについて話すなんて初めてでちょっとどうしたらいいのかわからないのだけれど。

「さて、そろそろ行くか。ここからそんな遠くないから歩いていくよ」

「え、そんな近くにあるんですか?」

「そ、だからここ集合にしたってわけ」

 そんな大それた組織がありそうな場所がこんな近くに……? 今まで全然気付かなかったけど、カモフラージュとかされているのかもしれない。昨日から驚きっぱなしだ。楽しいといったら不謹慎かもしれないが、とても新鮮だ。新しい仲間を見つけて、今まで離せなかった話ができるだけで、なんだか嬉しい。歩きながら話す。

「聞いていいのかわかんないですけど、リンさんってソロモンになってから何年くらいですかね。なんか初めて自分以外にこういうのと一緒にいる人と出会ったんで気になっちゃって」

「そっか、そりゃ確かに気になるね。俺とリンは高校の頃から付き合ってるんだけど、同じ高校から同じ大学に行って、大学一年の時に野良のソロモンにやられたんだ。そん時に俺まで食われそうになったところをボスが助けてくれたんだ。で、倒したソロモンの中から、ソロモンになったリンが現れたってわけ」

「うわあ、結構壮絶ですね。すいません」

「いいよいいよ。こんな姿になってもリンは生きてるから」

 そう、生きているのだ。こんな姿でも、生きている。会話はできないけど、なんとなくコミュニケーションは取れる。一度死んでいるけど、生きていると言っていいんだ。

「それで、そっちはどんな感じなの?」

「ユウですか? ユウは、死産だったんです。病院の廊下で待ってて、お医者さんが報告に来たんですけど、そのときのそのそアタシの足元に寄ってきたんです。姿形もこんなだけど、アタシはなんだかこの子がユウだって直感したんです」

「そっちもなかなかだな……。」

「ウィズダムでしたっけ。そこに行ったらアタシたちみたいな人、他にもいるんですか?」

「もちろん。みんなそれなりの過去を抱えているけど、それを乗り越えて一緒に戦ってくれてるよ」

「本当にいるんだ……なんかまだ実感わかないかも」

「ははは。まあその内慣れるって。おっと、加入する前提で話しちゃった」

「そうですよ? 一応話聞きに行くだけですからね今日は」

「ま、知っておくにこしたことはないからね。さ、着いたよ」

 え、近くない? こんな近所にそんな秘密組織っぽい建物なんて……と思って指差された建物を見るが、ただの三階建ての雑居ビルだ。

「え、結構庶民的……?」

「ほとんどただの事務所だよ。もっとすごいの期待してた?」

「でっかいビルとか巨大地下施設みたいなの想像しちゃってましたね」

「気持ちはわかるよ、俺もそうだったからね。えと、一階が車庫で二階が事務所、三階が倉庫だよ」

 そう案内されながら、建物内の階段を上る。そして二階の扉は何の変哲もないすりガラス付きの扉だ。まるでバイトの面接にでも来たかのようで変な感じがする。

「ちわーす。先日言ってた子、連れてきましたー」

 仲上さんは扉を開けながら挨拶をする。

「お邪魔しまーす」

 遅れて挨拶をして中を見る。書類が積まれたデスクや書類棚、コピー機などが並び、見るからに一般的な、何の変哲もない事務所だった。中にいる職員たちも特殊な恰好をしている訳でもスーツでもない、服装自由の職場といった印象だ。

「来たか。皆の者、作業を止めよ。それぞれ自己紹介と参ろう」

 一番奥の一回り大きいデスクに構えている、長い白髪の老人が職員らに告げる。残りの職員二人が立ち上がる。

「祢宜蒼佑です、よろしく。ここに来たってことは見えるんだよね? こっちは娘のミクだよ。ほら、挨拶して」

 七三分けのいかにも社会人然とした男性の足元からよたよたと姿を現した緑色のソロモンが楕円の身体の上半分を折り曲げる。

「私は灰本朱莉。こちらは夫のジョウジよ」

 すっきりしたショートカットの奥さんの隣には、一回り大きい黄色のソロモンがいる。二人の紹介が終わると、老人が名乗る。

「わしは義煎道源。このウィズダムの現ボスじゃ。改めてお主の名を聞こうか」

 ボスの威厳に気圧されながらも、自分も名乗る。

「ども、初めまして。三枝愛です。こっちは弟のユウです」

 ボスは一つ頷き、近くに来るように促す。促されるままボスの机まで来る。

「ウィズダムの職員はこれで全てではないが、一先ずはこんなものだろう。して、ソロモンを連れとるお主に話さねばならぬことがある。聞いていってくれるか?」

「勿論です。ユウのこと知りたくて来たので」

「よかろう。では話すとしよう」

 ボスは一呼吸置いて語り始める。

「ソロモンとは、哀しみの怪物、ソロウモンスターのことじゃ。なぜそう名付けられたか、それはひとえに哀しみから生まれるからじゃ。ソロモンが生まれるのは、愛情が深い二人の片割れが亡くなった時じゃ。そして生き残った方の片割れはソロモンが見えるようになる。愛し合う二人が死によって引き裂かれるその哀しみから、ソロモンは発生する。ゆえに本来、ソロモンにはパートナーとなる人間が存在する。しかし、野良のソロモンと我々は呼んでいるが、そういった存在もいる。なぜか、答えは簡単じゃ。ソロモンを受け入れられなかったパートナーが、ソロモンを見捨ててしまったからじゃ。そうなったソロモンは頼る相手がおらず、野生化する。そして何らかの本能のようなもので人を襲うのじゃ」

「アタシが倒してきたソロモン、みんな元は大事な人がいたんだ……」

「そう悲観するな」

 アタシの顔を見てボスが言う。

「野良のソロモンは人を襲う。それは確実に死に追いやる行為だ。我々ウィズダムも、野良のソロモンから人々を守るために生まれた組織じゃ。哀しみの連鎖は断たねばならぬ。お主のやってきたことは間違いではない」

「ありがとう、ございます」

哀しみの連鎖か、たしかにそれは続いちゃいけない。ボスの言葉を自分に言い聞かせるように脳内で唱える。その時、自分たちが入ってきた扉が開く。思わず振り返ると、そこには二人の中年の男がいた。

「おー来とったんか! 話聞いてるでー。新しいお仲間ができる言うて楽しみにしとったんよー。よろしゅうな」

 と、中折れハットが印象的な男性が話しかけてくる。茶色のベストを着こなした彼は丸眼鏡をクイと上げ、赤紫色の杖を持ち、その杖で自身のもう一方の手をぽんぽんと叩いている。指ぬきグローブから見える爪が綺麗だ。羨ましい。

「話を聞きに来ただけだろ。気が早いぞ」

 スーツを着た角刈りの男性がたしなめる。その腰には二丁の青紫色の拳銃が据えられている。この拳銃や杖ってもしかしてソロモン……?

「確かに話聞きに来ただけですけど、野良のソロモンを倒すのは普段からよくやってたので、所属したら連携取れていいんじゃないかなとは思ってますよ」

「ホンマか⁈ そんなら自己紹介せんとやなあ。ボクは的崎駿、元探偵やね」

「そういうことなら俺も。雑賀響、元刑事だ」

「三枝愛です。これからどうも」

「すぐに決めずとも良いが、ひとまず試用期間ということで協力してもらうということでよいか?」

 ボスが提案をしてくる。

「はい! よろしくお願いします!」

 ボスが一つ頷く。

「では、よろしく頼む」


 そんなわけで、アタシはウィズダムに所属することになった。やることは変わらない。街を見回るだけだ。でも以前より心強いのは確かだ。

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