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ソロモンは愛ゆえに  作者: 結川 黎
12/13

決戦

 翌日の夕方、仲上さんと祢宜さんと共に、再びあの錆びた鉄扉の向こう側に行く。実験器具が置かれていた部屋で祢宜さんがあることに気付く。

「これは、もしかして……」

「何かわかったんですか?」

「いや、昔の話なんだが、ウィズダムではソロモンを武器化するだけではなく、身に纏う形状もできないかと模索していたんだ」

「身に纏う……」

 嫌な記憶が蘇る。金木さん、そうだ、私は金木さんを……。

「嫌なことを思い出させてしまったね」

「いえ、すみません、大丈夫です」

「そうかい。そもそもどうして身に纏うかなんだけど、その方がソロモン使役者の身体能力も向上し、より戦いが有利に運ぶんじゃないかって話だったかな。それで、その研究を勧めていたのが御門だ。そしてその当時の実験施設、今は使われていないけどそのまま残ってるんだ。研究職になる道も考えていたから見たことがあるんだけど、そこにあったものとやっていることが似ている」

「じゃあ奴はまだその時の実験をしてたってことっすか?」

 仲上さんが祢宜さんに疑問を投げかける。

「断定はできない。似ているとは思ったが、完璧に一致しているわけではない。恐らく、研究は進歩している。より過激な方法で」

「じゃあこれからより危険なソロモンや、ソロモン使役者がでるかもしれないってことか? ったく何考えてんだ御門って奴は」

「さあね。俺がわかることはこのくらいだ。愛さん、奥の部屋も見せてもらえるかな?」

「わかりました」

 奥の部屋、アタシが的崎さんと戦った場所。そして、雑賀さんが亡くなった場所だ。扉をあけ中を見てみる。一見、昨日と変わりないように見える。しかし、雑賀さんは遺体すらない。完全に食われてしまうと跡形もなくなってしまうのだろうか。

「ここです。ここで雑賀さんが、何かに食われてて……」

「しっかし何もなくなってんな。痕跡一つねえ」

「こちらの机に何か一枚の紙がありますが、これは昨日もありましたか?」

「紙? いえ、昨日は調べる余裕とかなくって」

 祢宜さんが紙を見せてくれる。そこにはこうあった。

『七月七日の十九時、御門サンからお電話あるみたいやから、全員聞いたってや』

「おそらく、的崎さんの残したものでしょう。日付は今日のようです」

「ウィズダムに直接電話かけてくるってことか? 宣戦布告でもすんのか?」

「わかりませんが、備えておきましょう」

 頷き、この場を後にする。昨日からしてる嫌な予感が更に実体感をもって襲ってくる。



 ――十九時。

 ウィズダムの事務所に全員が揃っている。全員といっても、アタシからしたら、二人減っている感覚が拭えないが。

 電話が鳴る。灰本さんが電話を取る。

「はい、こちらウィズダム。……ええ、今皆さんに聞こえるようにします」

 そう言って灰本さんは電話口の声をアタシたちに聞こえるようにしてくれる。

「こんばんは。今では始めましての方の方が多いだろうか。私はリプロの御門です。早速ですが本題に移りましょう。あなた方ウィズダムは、ソロモンを救う気がありますか?」

 皆が電話から聞こえる声の意図を考える。

「あなた方のソロモンに対する姿勢を伺いましょう」

 皆がボスの方を見る。ボスは閉じていた瞼を開け、語りだす。

「ソロモンを救うのは、パートナーじゃ。パートナーが寄り添い、共に生きる事がソロモンの救いじゃ。野良となったソロモン、パートナーに見捨てられたソロモンはその限りではない。その名の通り哀しきモンスターじゃ。本能のまま人間を食らってしまう。そうなってしまえば人間の脅威に他ならない。ゆえに排除対象となる」

 電話口の声がため息をついたのがわかる。

「ウィズダムのボスは何も変わっていないようだ。そもそも期待していませんでしたが、ここまで予想通りとは。まず、ソロモンの救いはパートナーが寄り添うことではありません。それはただの慰めに過ぎません。本当の意味でソロモンを救うには、人間に戻すほかありません。なぜ本能で人間を食らうのか? それは人間になることがソロモン一番重要な目的であるからです。生物は本能で子孫を残そうとする。しかし、ソロモンは種を拡大する生き物ではありません。人間になりたい生き物なのです。我々生物が子を成すのと変わらない欲望なのです。私はソロモンを愛している。だからこそ、彼らが報われてほしい、幸せになってほしい。だからこそ、人間を食らうことを許容しているのです」

「人間を犠牲にしていい理由にはならねえだろ!」

 仲上さんが声を張り上げる。

「お若い方がいるようですね。それは無意識に人間を最上位の生物だと思っているからではありませんか? ソロモンは元人間、もっと生きたかった人間、愛する人がいた人間です。その人間の頃の愛を、ソロモンになって見捨てられたからと言って蔑ろにしていいんですか? 私にはできません。私は彼らに第二の人生を歩んでほしい。報われなかったからこそ、今度こそ幸せになってほしいんです。それは見捨てた人間や愛のない人間よりも幸せになってほしいと思うほどにね」

 仲上さんは話が通じないとわかったのか、イライラはしているもののこれ以上話すことはなさそうだ。

「皆さんにはこの街の港に来ていただきたい。そこの第三倉庫で待っていますよ」

 そう言うと電話は切れる。

「やっぱり宣戦布告なのか?」

 仲上さんの言葉に祢宜さんが返す。

「似たようなものかもね。何か事を起こすのは変わらないね」

 灰本さんはボスに尋ねる。

「ボス、どうしますか?」

 ボスはゆっくりと口を開く。

「全員出動じゃ。無論、わしも行く」

 全員の顔に覚悟が現れる。今日でリプロに蹴りをつけるんだ。



 アタシたちウィズダムのメンバーは全員、港にやってきた。倉庫やコンテナが並んでいる。目的はただ一つ、第三倉庫だ。口数は少なく、誰もが真剣な面持ちだ。

 辿り着いた第三倉庫の入り口はご丁寧に開かれていた。警戒しながら入る。中にも多くのコンテナがあるが、中から何かが蠢く音が聞こえる。招かれた性質上、罠と言うことは十分考えたが、少なくとも隠す気はないのかもしれない。

 奥に人影が見えた。近づかずとも、初めて会う人間ではあるが、それが御門であることは明確だ。その人物はアタシたちが一定の距離で止まったのを見ると話し出す。

「ようこそ。ボスまで来ていただき恐縮です」

「んなこと思ってねえ癖によく言うぜ」

 仲上さんが突っかかる。

「礼儀はわきまえてるつもりなんですがね。まあいいでしょう、事前に挨拶は済ませましたし、長話は必要ないでしょう」

 そう言うと倉庫全体のコンテナが音を立てて開く。中から総勢百体以上のソロモンが現れる。一度にこんなに多くのソロモンを見る日が来るとは。

「最近、パトロール忙しかったんじゃないですか? だとしたら、それはここから抜け出したソロモンもいたかもしれません。この日を待てずにね。野良のソロモンを全国から集めるのはなかなか大変でした。ですが、今日は彼らの旅立ちの日。新たなパートナーと出会う日なのです!」

 御門は右手を掲げるそれを合図に、ここにいた全てのソロモンは御門の下に素早く集まっていく。

「ただ、今だけは、私が彼らの使役者だ」

 百体余りのソロモンは御門を押しつぶすように一か所に集まっていく。ぐちゃぐちゃと不快な音を立てながら、徐々に一つになっていく。巨大な一体のソロモンへと変化していく。百あまりの口のような穴を開閉させ、数百の触手をだらしなく垂れ流し、統率の取れていない合唱の様な咆哮を上げる。

「あの研究を、このような形で進めていたとは、嘆かわしいわい」

 ボスが呟き、アタシたちに命令を下す。

「あのソロモンを解放せよ!」

 全員がそれに了解と頷く。

 無数の触手がアタシたちに伸びてくる。それを仲上さんはハンマーで振り払い、祢宜さんは一度に多くの矢を放って怯ませる。アタシもユウを太刀に変化させ、やってくる触手を一本二本と切り払う。しかし間に合わず、払いきれない触手が伸びてくる。そこに灰本さんが間に入り盾で防いでくれる。

「ありがとうございます!」

「礼は最後にまとめてお願いね。今は戦いに集中して」

「はいっ!」

 防御を灰本さんに任せ、あの巨体に向かって行く。そこには既に茶色の槍状をしたソロモンを携えたボスがいた。ボスは力を溜め、その槍を持ち凄まじい勢いで巨大なソロモンを貫いた。風穴が空き、その向こうにボスが見える。しかしその穴もドロドロとした粘液で塞がっていく。今の一撃で何体分かのソロモンを撃退してもおかしくないが、少なくとも目の前にいるのは巨体だ。百体以上の集合体だ。一部を破壊したに過ぎないだろう。破壊したのも願望に近いかもしれないが。

 再度触手が伸びたかと思えば、それは地面に叩きつけられた。大きな揺れがアタシたちを襲う。その隙に仲上さんが捕まってしまい高く持ち上げられるが、揺れの時に飛んで回避していた祢宜さんが矢で触手を断ち切る。

「サンキュー! っしゃおらあああ!」

 仲上さんはそのまま高い位置からソロモンを叩く。いつもならその一撃で叩き潰せたのだが、さすがに質量が違い過ぎる。それでも数秒怯ませることができる威力はあった。その隙を見逃さず、攻勢に出る。足元のソロモンを一回、二回と切り払う。祢宜さんも多数の矢を命中させる。ボスもまた風穴を開ける。確実に戦力を削ぎ落しているはずだが、弱っている様子がないのは気のせいだろうか。だが迷ってはいられない。思考を振り払うようにソロモンの塊を一つ切除する。勢いそのままに突っ込んでいく。

「三枝さん、後ろ!」

 灰本さんの声に後ろを振り向くと、先程切り落とした塊が突撃してくる。それに絡み取られたまま、本体へと融合していく。

 まずい、食われる。こんなところで!

 しかし、意識は曖昧になっていく。


 頭の中に沢山の意識が、記憶が流れてくる。夫婦の記憶、恋人たちの記憶、親友たちの記憶。そのどれもがアタシにはないものだった。これは、アタシの記憶ではない。このソロモンたちの生前の記憶だ。幸福な感情が伝わってくる。しかしそれは一瞬のことで、次第に負の感情へと切り替わる。ソロモンになってしまった後の記憶だ。パートナーの恐怖した顔、絶望した眼、化け物と罵る声。そのどれもが心に深く突き刺さる。ああ、哀しかったんだね、わかってほしかったんだね、もっと一緒にいたかったんだね。そうだよね、だって、大切な人だもんね、大切な人に見放されたら、アタシ……。

 ふと、母の事を思い出す。母はユウを失ったショックで何も見えなくなってしまった。アタシのことも、見えていなかったのかな。施設の皆は好きだったけど、やっぱり家族っていうものを、もっと味わっていたかったな。

 ああ、君たちの力になりたい。なりたいよ。

 そう思ってしまったとき、意識が溶けていくのを感じる。そっか一緒になれば力になれるのかな。そんな風に思ってしまった。

「ー!」

 ユウだ。ユウ? どうしたの? そんな声出して。

「! ーー!」

 ユウはこっちに来たくないのかな? どうして?

「ーー! ーー!」

 アタシと一緒にいたいんだね。ありがとう。ここでじゃだめかな?

「ーー!」

 ダメか。それはなんで?

「ーーーー、ーー、ーーー!」

 もっと、思い出欲しいの? そっか。

「ーー」

 一つ聞いてもいいかな? 人間になりたくないの?

「ーーー。ーーー、ーーー」

 欲のない弟だね。ごめんね、ユウがそう言うなら、アタシもこんなところで終わってられないね。

「ーー!」

 うん、ありがとう。これからも一緒だよ、ユウ。


 弾き出されるようにソロモンから飛び出る。ユウを杖代わりにして起き上がる。

「大丈夫⁈」

 灰本さんが駆け寄る。

「ええ、なんとか。アタシにはユウがいるので」

 今なら、ユウと一つになれる気がする。そう思い、ユウを太刀のユウを抱きしめる。すると、ユウが溶けだし、身体全体に広がっていく。ユウでできたスーツを身に纏っているような感覚だ。

「これはまさか、ソロモンを身に纏っているのか……?」

 全身に力がみなぎる。

「やるよ、ユウ!」

 今ならやれる気がする。根拠のない自信が湧き上がる。

 触手が再度、アタシを取り込もうといくつも伸びてくる。それを何倍にも跳ね上がった脚力で跳んで躱し、天井を蹴ってソロモン本体に跳び蹴りを食らわす。ソロモンは大きくのけぞる。一度着地し、両の拳でラッシュを決める。最後のアッパーでまた大きくのけぞる。しかし空中にいるアタシに大きな口が迫り、アタシをまたのみ込む。今度は融合しようとするのではなく、食らうつもりだ。だが、あたしはソロモンの中に現れる無数の歯を全て殴り壊し、天へと昇る拳を突き上げ、ソロモンの頭上から脱出する。

「今じゃ、皆の者!」

 ボスが号令をかける。仲上さんが横からハンマーを叩きつけ、祢宜さんが百本近くの矢でハチの巣にする。そこにボスが風穴を開ける。跳んでいたアタシのところに灰本さんが盾を向ける。その盾を足場にもう一度、渾身の跳び蹴りを放つ。

 巨大なソロモンは飛び散り、その場には液状化したソロモンに塗れた御門が倒れていた。

「すまない、同胞たちよ……」

「なにが同胞よ。アンタは人間で、彼らはソロモンでしょ」

「ハハ……。私の負けだよ。後は好きにするといい」

 灰本さんが手錠を掛け、御門を立たせる。

「しばらくは入院でしょうが、ひとまず連行させていただきます」

 ウィズダムを知る警察に応援を呼び、御門はパトカーに連れられて行く。灰本さんもそれに同行する形だ。

 終わった、と思ったと同時に意識が飛ぶ。

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