正義の旗は誰の物
――現在。
「御門を見たというのは本当か的崎」
隣で路地を警戒しながら進む的崎に問う。
「ああ、間違いあらへん。この目でしかとみたで。……こっちや」
最近ソロモンを使役する人間が増えていることから、奴の動きが活発になっていることは確実だろう。ここで諸悪の根源を立つことができれば……。
奥へと進めば、そこには錆ついた鉄扉があった。
「ここや」
頷き、扉の奥の気配を確認してから勢いよく開ける。鍵はかかっていなかった。中は何に使うのかわからない実験器具が多数あった。
「何の研究をしていたんだ奴は」
「わからんけど、なんやきな臭いなあ」
「気になるところだが、今は御門の無力化が優先だ」
そう言って奥の扉を開ける。ここにも鍵はかかっていなかった。そして、その向こうには待ち構えるようにして御門がソファに座っていた。
「来ましたか」
「まるで来ることを知っていたかのようだな」
「どうでしょうね」
その時、突然来た背後からの衝撃を拳銃で受け止める。
「何のつもりだ、的崎」
「何って、見たまんまやけど?」
「……いつからだ」
「最初っから、かなあ」
この様子を滑稽そうに見ていた御門は立ち上がり、更に奥にある扉へと向かう。
「お芝居はもう終わりですか? ではあとはよろしくお願いしますね、的崎くん」
そう言ってこの部屋を出ていく。さすがに的崎に背後を見せて追撃することは不可能だ。
「最初からと言ったな?」
「ああ、言うたなあ」
「最初からリンドウを生き返らせることが目的だったのか?」
「ようわかっとるやないか。さすが雑賀クンやねえ。そうや、十六年前からボクの目的はカイクンを生き返らせることや。雑賀クンに連れられてウィズダムに来たときは思想合わんなあおもっとったわ。ソロモンはどうしても殺す対象やからなあ。守るんはあくまで今生きてる人間、被害を大きくしないようにするだけや。ソロモンを助けることはできん。そんなボクん脳みそを見透かしたように、十年前御門サンが声かけてくれたんや。ソロモンを救う手立てを考えないかー言われてな」
「……」
「そこで教えてくれたんよ、人間百人食えば、人間になれるんやて。そんなんもうやるしかないやろ? それから十年、二ヶ月に一回一人だけ、ゆっくり食わせて来たわ。そんでキミが六十人目や、雑賀クン」
「そこまでして人間にしたいか」
「当ったり前やろそんなん。カイクンのいない人生に、何の彩もあらへん。初めてウチの事務所に来たカイクンのこと今でもよう覚えとるわ。あんときは今とは比べもんにならんくらい自身のない男でなあ、うじうじしとったわ。でも頭は切れる奴やったからな、大いに助かったわ。それで段々自身もついてきよったんや。もうボクが育てた言うても過言やあらへん。そんで、ボクが最も好いとるのはカイクンの眼や。依頼を受ける時の依頼人を見る眼、依頼を解決しようと思考錯誤してる時の眼、そして、ボクを見る時の眼。どれもええ眼をしとるんよ。あの何事にも真剣で、信頼できる眼が、ボクは好きなんよ。けど、ソロモンのままやったらその眼は見れへん。ボクはもう一度カイクンの眼が見たいんや」
「そうか、俺はお前のその考えをその程度のものと言うつもりはない。だが、それを受け入れることもない。何故なら、俺もスズキも多くを望まないからだ。ソロモンの姿のままで役に立てることがあるなら、それで十分だからだ。そして何より、俺は人殺しにはならん。それだけだ」
「そう言うと思ったわ。けど、なんでそんなに望まんのや? もう一度顔見たいとか思ったことないんか? そんな薄情な奴なんかキミは?」
「薄情か、たしかに十六年前見殺しにしたことを考えれば薄情と言えるかもしれない。だが、スズキは望んであの行動に出た。奴を生き返らせるということは、その行為をなかったものにするも同義だ」
「ボクはそうは思わんけどなあ。ま、分かり合えるとは思っとらんよ」
「そうだろうな」
「ほな、どっちが正しいか決めたろうやないか」
「いいだろう」
距離を取り二丁の拳銃を構える。的崎も杖を構える。もう仲間だとは思っていない。間違いなくコイツは敵だ。
戦闘の開始を告げる銃弾を二発打ち込む。的崎はそれを一発避け、もう一発を杖で弾く。そのまま向こうから接近し、杖を振るう。それを拳銃で受け止め、蹴り飛ばす。すぐさま距離を取り銃弾を四発打ち込む。杖を回転させて弾くと杖を勢いよく投げてくる。寸前で避けると、背後の壁に杖がめり込むのが見えた。そちらに目を奪われてしまったせいか、目の前に迫ってくる的崎に反応が遅れてしまった。的崎は俺の腹に一発拳を打ち込むそれをもろにくらい、引き抜いた杖で頭を振り払われる。吹っ飛び、御門の座っていたソファに激突する。そのまま再度接近し、杖を振り上げてくる。なんとか片方の拳銃で受け止め、もう一方の拳銃で撃つ。放った銃弾は的崎の左肩に命中し、よろける。その隙に立ち上がり、銃床で頭を横から殴る。よろけながら的崎はニヤリと笑う。
「ええねえ、そうこなくっちゃなあ。でも、あんまりこの戦い長引かせる予定はないねん。悪いなあ」
「まるでもう勝ったかのような発言だな」
「せやで、この杖に触れた時点でもうしまいなんや」
「何?」
的崎は杖を床にコンと叩く。すると俺の持っていた拳銃もといスズキがブクブクと泡立ち始める。
「なんだこれは⁈」
「ボクの杖をそいつで受け止めたやろ? 接触したタイミングでカイクンの細胞を付着させといたんや。あとはボクの合図でその細胞はくっついてるもんを食らうんや」
「くっ、スズキ……」
持っていられなくなり、床に落としたスズキを見つめている。
「相棒の心配だけしとってええんか? 自分がカイクンで殴られたこと忘れとらんよなあ? 大丈夫や、すぐ同じところに送ったるわ」
もう一度、杖をコンと鳴らせば、杖で殴られた部分が急激に熱くなる。次に激しい痛みに襲われる。何者かに耳を、頬を、眼を、蝕まれていく。
「ぐっ……!」
「痛みに叫んでもええんやで? そんな踏ん張らんでも、じきに声出せんくなるんやから。今のうちに出せるだけ出しとったらええ」
的崎の言うように、口も侵されていった。もう声も出せず、痛みを抑えようと食われた部分を手で触れれば、その手が食われていく。もう何もできないと悟るのにそう時間はいらなかった。俺の正義は、ここまでだったようだ。