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アイアシリーズ  作者: 南田萌菜(ナンディ・モイーナ)
あめふらしがへし
9/25

 下手な例え

 圭の家は米農家だ。そのほかにも様々な野菜を育てているが、それらはほとんど自家消費か他所に配るのみで、稀に豊作の作物があれば市場に卸す程度だ。

 

 圭の家だけではなく、笹方全体がこの方式をとっており、西日本有数の米所でもある。

 収量が多いわけではないのだが、奇跡の水と呼ばれる冷たく栄養豊富な水によって育まれた土地は品質の良い米を生み出し、県では金賞の常連であり、高値で取引される。海外へ輸出もされる。

 そのためどの家も経済的にはかなり余裕がある。


 圭の家の外観は古い農家なのだが、土間をなくし座敷以外をフローリングにし、特に水回りは近代的でシステマチックなものとなっており、外と中では大分印象が異なる。

 

 昨年二部屋増築し、子供部屋とした。夏は扇風機、冬はストーブと小さな炬燵でしのぐしかない小さな部屋だったが、兄妹は自分の部屋をとても気に入っていた。

 

 今、圭は引きこもり、妹と会うことを禁じられてしまった。


 妹の純は隣の部屋の兄と顔を合わせることを防ぐため、自分の部屋に出入りせず、居間で過ごし、座敷で両親と寝ることになった。

 

 お気に入りの部屋に入れないこと、仲の良い兄と同じ家にいながら会ってはならないこと、そして何より朦朧としながらうわごとを呟く兄のショッキングな姿の記憶は幼い純をとても不安にさせた。


 純に訪れた変化はそれだけではなかった。

 

 「わぁ、上手」

 「容易いものです。これくらい純もすぐにできるようになりますよ」

 兄を助けてくれたこのアイアというもこもこだ。

 

 アイアは古い猫のぬいぐるみの外れた腕を直してあげた。

「アイアちゃん小さくてかわいいのにおばあちゃんみたい」

 その裁縫の腕前に祖母の姿を重ね、純は感嘆の声を漏らす。

「間違いではございません。わたくしは純のおばあちゃんよりずっと長生きなのですよ」

「どのくらい?」

「ちゃんと数えたことはございません。ただ、そうですね。そう、純はもう学校で習いましたでしょうか。織田信長公に捕まったこともございます」

「知ってるよ!すごい!」

 

 多くの村人がこの異様な風体を訝しんだ。しかし純は兄を助けたアイアをすっかり信じ、なついている。

 デザインがどストライクだったこともある。

 

 不安な日々の中にも、このアイアと過ごす時間がわずかに純の心を穏やかにした。


 もう一つの変化が斎藤だ。

 

 居間から見えぬよう襖を閉じ、座敷で寝ている。

 縁側の窓を開け風通しを良くし、遮光カーテンで暗くし、遠くから扇風機で風を当てている。

 

 兄の呪いを解くべく夜中に何か儀式をしているらしい。

 

 父とはだいぶ打ち解けたものの、村人は彼を恐ろしいものと認識している。

 純もその見た目から連想される反社会的な印象を理解することはできた。

 

 しかしそれ以上に、赤い布越しに見た幻想的な斎藤の舞が頭から離れず、恐ろしい存在というより、美しい存在のように、近づきがたく感じられた。

 

 一昨日の初対面より数回会話をした。

 口数は少ないものの、兄や自分を気遣う優しい口調に、村人と違いあまり警戒心は抱かずにいた。

 

「なんでノブナガに捕まったの?」

 針箱を片付けるアイアに純は聞いてみた。

「放火でございます」

 アイアは少し照れくさそうにした。

「ふぅん、そっかぁ」

 純はアイアの答えをきちんと聞かず、頬杖を突きながらとろんとした目で赤い髪をいじった。


「ご飯できたからアイアちゃん、斎藤さん起こしてきてもらえる?」

 キッチンから現れた母親は少し遠慮がちに言った。

「かしこまりました」

 アイアがにこにこと返事をして座敷に向かうと、純もその口真似をして後を追った。

 

 母親は少し難色を示し手を伸ばすも、まだ明るく振舞えている娘のことを思い、その手を下げた。

 

 音を立てて襖を開け、縁側のカーテンを開ける。

 

 夕方6時の空は明るく、斎藤の姿が照らされる。

 

「朝ですよー。いや朝ではございませんが」

「夜ですよー、かな。夕方ですよー」

 純とアイアはキャッキャとはしゃぐ。

 

 斎藤は横向きに丸くなって寝ていた。

 薄い夏蒲団はすっかりはがれ、靴下、ベルト、メガネは外しているものの、ワイシャツ、スラックス姿のまま眠っていた。


「ご飯ですよー。って言えばいいんじゃない?」

「そうです。おじさん、晩御飯ですよー!あ、でもおじさんにとっては朝ごはんなのでしょうか」

「わかんないからとりあえずご飯ですよってだけ言えばいいんだよ。」

「なるほど、純は賢い」

 

 二人の会話に斎藤は目をこすりながらむくりと起きあがり、胡坐をかいてアイアを撫でた。

「起こしに来てくれたんだね、ありがとう。純ちゃんもありがとうね」

 押さえつけられるように力強く撫でられ、アイアはとても満足そうに目を細め、純もイヒヒとはにかんだ。


「今日はハヤシライスだよ。おじさんはハヤシライス好き?」

「ああ、好きだよ」

 アイアにつられ純もおじさんと呼ぶようになっている。

 

「カレーライスとどっちが好き?」

 斎藤からアイアを奪い取り、その赤い頭を両手で強めに撫でながら純は尋ねた。

「どっちも好きだよ。見た目は似てるけどね、中身は全然違うじゃない」

 純は頷き、じっと斎藤を見る。

「君たち兄妹どっちが好きかなんてお父さんもお母さんも決められないでしょ。それとおんなじだよ」

「私たち別に似てないもん」

 優しく語りかける斎藤に純は唇を尖らせた。

「目元が似てるんだよ」

「そうかな」

 純は首を傾げた。


「起こしてくれてありがとうね。でもあんまりはしゃいでお兄ちゃんに聞こえてないかな。お兄ちゃんは一人ぼっちで耐えてるんだ。ご飯だって一人で食べなきゃいけないし」

 斎藤の言葉に純はハッとし、少しうつむき、小声で呟いた。

「アイアちゃんと、その、楽しくて、つい…」


 その様子に斎藤は優しく微笑んだ

「お兄ちゃんはね、つらい目にあったのに、それよりもみんなに迷惑かけたことをすごく後悔してたんだ。やっぱり二人ともよく似ている。二人とも優しい子だ」

 

 純は再び唇を尖らせ、上目遣いに斎藤を見た。

 斎藤はメガネをかけ、再度微笑む。


「しかしそれだと見た目も中身も似ているという話になるのでは?さきほどのカレーライスとハヤシライスを例えとするのはいささか…。それに純の声が聞こえたほうがあの美男め、心安らぐこともございましょう」

 横から声を上げたアイアに純はきょとんとし、斎藤は恨めしそうに睨みつけた。

「いや、そうだけどさ…。おまえ、せっかく人がいい感じに…、うまい事…」

 アイアはにやにやしている。


 まあいいや、と斎藤は立ち上がり居間に向かう。イヤに上機嫌なアイアと顔を赤らめた純がそれに続いた。


 ハヤシライスとサラダの並ぶ食卓に3人がつくと同時に父親も現れる。


「圭にもやってきた」


 500mlのビールを2本冷蔵庫から出し、座りながら、

「せめて同じ時間に食いたいかなって」

 と言うと、微笑む斎藤の眼前にプシュッと泡立つ注ぎ口を突き出した。

「いや、ですから私はとんとだめでして」

 慌てる斎藤を見て眉をひそめる。

「それが信じられんのです。そんな顔して。日本酒とかならいけるとか?似合うなぁ」

「いえいえ、本当にもう完全な下戸でして。酒でしたらこちらの…」

「アイアがお付き合いいたしましょう」

 そう言ってアイアはグラスを差し出した。それは父親の持つものと同じだったが随分と大きく見える。

 

 とくとくと注がれたビールを一気に飲み干すと、アイアは口の周りを白くしながら再びグラスを差し出した。

「お前さ、これから仕事なんだからな。ほどほどにしろよ」

 制する斎藤を横目に

「こんなもの飲んだうちに入りませんよ」

 アイアはにやにや笑いながら言った。

「いやあ、頼もしいなあ斎藤さんが飲めないってのもあれだが、こんな小さい子がなあ…」

 上機嫌な父親に向かい純が

「アイアちゃんはお父さんよりずっと年上なんだよ。秀吉に会ったこともあるんだから!」

 得意げに言う。

「そりゃすげえな。じゃああれだな。もう一本持ってこないとな!」

 早々と二本目を開ける夫を妻は制し、

「ちょっと、これからお仕事って斎藤さんもおっしゃってるじゃない!」

 強めの語気で叱る。

 

 駄々をこねる風に文句を言う父親と、それを見てワハハと笑うアイア。その様子に純はハッとした。

「お兄ちゃん今一人で耐えて、寂しいのに、聞こえちゃって、どんな風に思うかな」

 

 うつむいて、唇を尖らせ、上目使いに呟く娘の言葉に両親は言葉を失い、おとなしく座り、そうだな、そうね、と背中を丸くした。


 斎藤は純に優しく微笑みかけ、純は照れくさそうに眼をそらし、少し笑った。


 アイアはそんな空気お構いなしにバツの悪そうな夫婦を指さしゲラゲラ笑っていた。

挿絵(By みてみん)

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