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アイアシリーズ  作者: 南田萌菜(ナンディ・モイーナ)
あめふらしがへし
3/25

 白い紐

 地形に合わせて自然発生した直線のない道。

 圭はわざとゆっくり歩いた。体が軽く感じられる分、それが表に出ないよう気をつけた。

 

 服装にずいぶん迷ったが、無難に白いシャツとジーンズを選んだ。胸元にはアメリカの都市の名前がプリントされている。

 

 美鈴と別れた四辻にかかる。信号どころか白線もない、車がやっとすれ違える程度の小さな道。

 

 その四辻は「星野笹方公民館」と書かれた特徴のない建物とともに、二人の生まれ育った笹方集落のほぼ中央にある。


 公民館には砂場とブランコ、かつてはカラフルに彩られていたタイヤが等間隔に埋められ、簡易的な公園となっている。


 四辻のうちの一本はひときわ狭く山へと続いている。

 山道のわきには石柱があり、そこに掘られた文字は苔の跡で読めない。明治の内戦の慰霊碑だとかなんとか。


 幼い圭と美鈴は探検と称してこの道を登ることがあった。

 登るに苦労のない、標高は低く名前も付けられていない山。

 なだらかな傾斜はアスファルトではなく白い荒いコンクリートで舗装されている。


 斜面を利用した小さな畑、栗林などが続き、「山頂」と呼べるのだろうか、傾斜がほぼなくなると、そこはわずかに切り開かれ墓場となっている。

 戦後しばらくまで使われていたらしく、通いやすい墓地が新設されてからは放棄されている。

 

 幼い二人にとって、この不気味な場所へ行くことはちょっとした栄光だった。

 

 しかしそれも小学校に上がるまでだった。

 遊びが増え、遊ぶ場所が増え、遊ぶ仲間が増え。

 興味もころころと移り変わる。こんな山のことなど、白い舗装がわずかに目の端に入るのみとなる。

 圭と美鈴、二人で遊ぶこともなくなっていった。

 

 そして今、中学最後の年を迎え、圭と美鈴は一緒にいる時間が増えた。


 朝、ちょっと前までバス停で顔を合わせていた二人。今では公民館の遊具の上、雨の日は軒下で落ち合い、二人でバス停に向かうようになった。


 夕方、わざと違うバスに乗っていた二人が同じバスで帰るようになった。

 学校やバスの中での会話はあまりなかったが、公民館とバス停を行き来する間、他愛のない会話が途切れることはなかった。


 このような変化があったためだろうか。

 ヤギのアピールも意に介さなかった少年は、粗末な白い舗装を、かつて二人で登った狭い山道をじっと見つめていた。


 圭の足は、白い道へと吸い寄せられた。

 

 一緒に勉強をする。終われば帰る。たったそれだけのことだ。

 たったそれだけのことが圭の胸を熱くし、その熱で体が軽くなっていた。


 熱くなった彼の胸からは何か、生糸のようなものが溶け出している。

 それを依り合わせてある程度の太さ、とは言えいまだ頼りない細い紐となったものが山の上へと続いている。

 どうもその紐が、何者かによって手繰り寄せられているようだ。

 体の軽くなった圭は簡単にふわふわと山の奥へと引っ張られた。


 白い道は記憶よりも随分と黒ずんでいる。

 道の両脇にあったはずの畑や栗の木は見当たらない。

 人工的に思える段差や崩れた石垣のようなものは認められるが、鬱蒼とした木々が自分を取り囲んでいるだけだった。


 記憶違いか。それとも木々の、山の成長は人の手が入らないとこんなにも早いのだろうか。


 夕方とはいえ夏の最中。それを思わせないほどに暗く影を落とす森の中、圭は考えを巡らせた。


 勝手に動く足には疑問も恐怖もあった。疑問と恐怖の間には美鈴の顔が浮かんだ。

 そもそも美鈴に会うために家を出たのだ。

 こんなつまらない寄り道で時間を無駄にしたくはない。それなのに自分は関係ない方向へと進んでいる。

 体の向きを変えることも、止まることもできなかった。


 美鈴の顔が浮かぶたび、胸の生糸は溶けだして、それは編まれて太くなり、手繰る力に逆らえない。

 

 体だけではない。思考もどこかふわふわと、自分に主導権があってないような、寝起きのような、夢見心地のような。

 圭は久々の景色と美鈴のことを考えながらも、ただ歩を進めることしかできなかった。


 緩やかな登り坂がさらに緩やかになり、周囲を覆っていた木々が途切れわずかばかりの草原に出る。

 

 コンクリートは割れ、ゴロゴロと転がり舗装が終わる。

 そこから先は土と石と水たまりでできた道が草原の中わずかに視認できる。


 いくつかの面取りされた石材が背の高い草むらの中わずかに姿を覗かせており、それが墓石であることがわかる。

 草むらと自分の視点が高いことを除けば、この景色は幼い記憶とあまり変わりなく、圭は少し安堵した。


 真夏の重たい草葉が風に揺れ、その心地よい音を聞きながらも圭は何かに手繰り寄せられている。

 道はほとんど見えていなかったが、不思議とその上を正確に歩くことができた。


 草原の端、道は鬱蒼とした森へと続いている。

 不思議なことに道幅は少し広くなり石畳へと変わる。

 森の入り口の左右には細い石柱があり、それぞれに紐が結び付けられ、そこから延びる古くなった紐の先端はほつれている。つながっていたものが風化し切れたようにも見える。


 この景色は圭にとって初めてのものだった。そして何気なく振り返って見た草原の景色に、別の幼い記憶がよみがえった。


 草原を駆け回り、笑い、時に転げ、墓石に隠れては互いを指さす。幼い圭と美鈴が夕日に照らされる美しい景色に、大人たちは目を見開き、震え、口を押さえ、慌て駆け寄っては肩を掴む。


 そして二人に言葉を浴びせる。厳しく、激しく、優しい口調で。高く、低い声で。まるで懇願するように跪き、もうここには来ないでくれとじっと目を見る。


 幼い圭と美鈴は探検と称してここへ来ることがあった。

 しかしこの日を境に白い道を踏むことはなくなり、二人で遊ぶこともなくなっていった。


挿絵(By みてみん)

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