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あめふらしがへし あいちゃん  作者: 南田萌菜(ナンディ・モイーナ)
あいちゃん
18/25

 Wあいちゃん

 いかにも振動している。

 そんな、現代の車にはないような音が蝉の声をかき消しながら、古いシビックが現れた。


「早かったね」

 車から降りてきた厳つい、鋭い雰囲気の男に少女が声をかける。

 少女は美しく、黒い猫を撫でていた。

「そうかな。お昼時は避けたつもりだけど」

「夕方に来ると思ってたから。勝手に」

 微笑むこの女の子は中学二年生だということを斎藤は事前に聞いていた。


 しかしどこか浮世離れしたような、作り物のような。

  庭の植木をバックに猫を撫でる景色はまるで絵画のようで、その美しさにハッとし、少したじろぐ。


「可愛い猫だね。君の猫?名前は?」

「ううん、違うの。よくうちに来るから撫でてるだけ。名前はつけないの。そっちはおじさんの子?」


 斎藤に続いて車からぴょんと降りるアイアを認め、少女は尋ねる。

 自分に視線が向いていることに気づき、

「わたくしはアイアと申します。おじさんの手伝いをしているおばけにございます」

「へえ、おばけなんだ」

 少女はにっこりと笑った。

 その落ち着いた、大人びた様子に斎藤は何事か感じ取り、「ふむ」と頷いた。


「じゃあダブルあいちゃんだね。わたしは渡辺愛子っていうの。どこにでもいそうな名前でしょ」

 猫を撫でるのをやめ、アイアに近づきしゃがんで笑う。

「おお!だぶるあいちゃんとは!これはヒット間違いなしですな」

 愛子とアイアはお互いの手のひらをポンと合わせ笑いあう。斎藤はその景色に微笑みながら「なんのヒットだよ」と首を傾げた。


「斎藤さんですよね。車の音がしたので」

 成功者の家だと一目でわかる、新しい、モダンな家の扉がガチャリと開く。良い身なりの女が出てくる。

「渡辺さん。渡辺、律子さんですよね。旦那さんの紹介で参りました斎藤と申します。お時間少し早かったでしょうか」

 斎藤は女に対し頭を下げる。

 斎藤の鋭い目と銀縁の眼鏡、刈り上げた髪。そのいかにもな風体に違和感を覚えつつ、

「早速ですがお話ししたいこともございますし、中へどうぞ。こんな炎天下に長居するものではありませんわ」

 女は穏やかな顔で斎藤を家の中に招き入れた。


 招かれるまま斎藤が入り口の段を上るなか、

「愛子、またその猫と遊んでるの。餌なんかあげてないでしょうね」

 律子は斎藤に向けたものとは違う厳しい表情で愛子を見る。

「あげてないよお母さん。虫とかとかげとか食べてるみたい」

 微笑む愛子に律子は口元を歪ませ、

「家の中に上げるんじゃないわよ」

と冷たく言い放つ。


 その様子に「あ」と声をあげ、

「ああ、ちなみにこちらはアイアと申しまして。私の手伝いをしてくれてる妖怪なんですが…。家には上げないほうがいいですかね」

斎藤は少し恐縮した様子で女の顔色をうかがう。


「…、足を拭いてさえいただければ上がっていただいて構いませんが…。妖怪ですか…」

 律子は困惑した様子でアイアを見る。

 ふわふわとした羽毛に包まれた体、細い鳥の足、異様に大きく吊り上がった目、ぼさぼさの髪。

 おまけに斎藤の膝丈ほどの小さな体でちょこんと立つ不思議な物体。

 女のリアクションは当然のものだった。


「いえ、わたくしは外で愛子と猫と遊んでおります。何せ今日はだぶるあいちゃんの結成日でございます。今後の活動について話す必要もございます」

 アイアはそう言うと、ててと猫のほうに向かい、頭から背中にかけその黒光りする毛並みをぶっきらぼうに撫でた。

 愛子もにっこりと笑いアイアと猫に近寄り、

「そうだね。アイドル展開とかグッズ展開とか。考えることはたくさんあるね」

と笑った。


 斎藤は「ああそう」とあきれた笑顔を、律子は乾いたため息を彼女たちに向けた。


 通された家の中は掃除が行き届いており、ほこり一つ無くひんやりしていた。

 靴箱の上やちらりと見えた台所には無駄なものがなく、必要なものが最低限、高価なものが取りそろえられ、整頓されていた。


「あ、あの炊飯器…」

 小さくつぶやいた斎藤の目の先にあったのは、欲しいと思っていた高級IHジャーだった。


「こちらにどうぞ」

 律子に通された居間は広く、整理整頓が行き届き無機質な印象を受ける。

 やはりほこり一つ無い白みを帯びたフローリングは効率よくクーラーの冷気を足元に伝え、南向きの窓からはしっかりと光が差し込むものの、心地よい、涼しい部屋だった。


 大きな薄型テレビに、大きなテレビ台。

 その中にあるものを見て斎藤はまたつぶやく。

「ブルーレイ…」

 これまた斎藤が欲しがっていたものがあった。

 しかし最新のものばかりではなく、VHS、ニンテンドー64も入っており、アルバムだろうか、分厚い背表紙も認められ、やはり生活感のある「家庭」なのだと安心する。


「こちらでお待ちくださいね」

 律子はソファに座るよう促し、お茶を取りに居間を出ていく。


 圧巻の金持ちの家の雰囲気に気圧されつつも「はあ」と情けない返事を一つ、斎藤はその硬めのソファに座る。

 ずっと座っていても腰が痛くならない良いやつだ。そう気づいた斎藤は「どこのソファだ」と、どこかにタグはないかと数秒ソファの下に指入れたりするも「いや、みっとなないか」と一人顔を赤らめた。


 目の前には膝の高さほどのガラスのテーブルがある。ソファに座っても床に座っても使いやすい高さだ。

「ガラスの机はなあ、カッコいいけど維持がなあ」

 つぶやきながら眺めたテーブルは、よく見ればわかる程度のわずかな傷があるのみで、やはり美しくその無機質な部屋の演出に一役買っていた。


 きょろきょろと壁紙や時計、カーテンを眺め「しかしまああの家には合わないかあ」と、師匠から引き継いだ築50年の木造建築の、その狭い居間のちゃぶ台と座敷の畳を思い出した。


「お待たせしました」

 ドアが開き、麦茶の乗ったお盆を持って律子が入ってくる。

 別に悪いことをしていたわけではないのだが斎藤は慌てて背筋を伸ばす。

 そんな様子に気づかず、律子はコップをテーブルに置きながら

「氷はいらないかと思ったのですが、いかがでしょうか」

と斎藤を見ずに尋ねる。

「そうですね。ええ、私も歳なもんで、あまり冷やしすぎないほうがありがたいです」

 斎藤は作り笑いを見せ、律子は「そうですか」と斎藤を見ずに微笑んだ。


「夫には何度も相談したんです。でもため息をつくばかりで取り合ってくれなくて」

 床に、少ししなを作るように座り、律子は語りだした。

「渡辺さん…、文昭さんですね。いやあ、お世話になったものです。いろいろと教えていただきました」

 斎藤はしみじみと話す。

「でも斎藤さんはすぐに出世して、追い抜いて上司になりやがったって言っておりましたよ」

「いや!文昭さんの教え方が良かったものですから!あとは巡り会わせというか、運が良いもので…」

 斎藤は慌てて首と手を横に振る。

 律子はその様子を微笑んで見つめるも、その眼は鋭く、冷ややかなように感じた。


 斎藤はコップを口に運び、乾いた口を湿らす。

 麦茶は氷が入っていないもののよく冷えており、コップには水滴がつき始めている。


「その夫にですね、今単身赴任しているのですが、斎藤さんが退職して新しい仕事を始めてるようだから相談してみてはどうかと言われまして」

「出世なされたんですよね。おめでとうございます」

 斎藤は心の中でもみ手する。

 律子はかすかに笑い、

「どうせあの人のことだからカウンセラーか何かをよこしたのだろうと思ってたんです。それがどうも…」

斎藤をまじまじと眺めた。堅気ではなさそうだ。


 サラリーマン時代の斎藤の話は夫に聞かされていた。

 相当なやり手のように言っていたが、なるほどそういうことか。と合点がいく。


「カウンセラーではないのですが、その…、実は陰陽師をやっておりまして」

 おずおずと話す斎藤を見つめ律子は無表情に数回頷く。

「いや、あの…!信じていただけないかもしれませんが!5年ほど前でしょうか、才能ありとスカウトされまして!まだ大した仕事はしておりませんが同業の知人もおりまして!…そう!アイア!あれは私が退治したようなものでして…!」

 おじさん必死。


「そうですね…。真っ先に詐欺を疑うべきなんでしょうけど、今日日霊感商法なんて流行らないでしょうし。うまい商売なら斎藤さんほどのお方ならもっと思いつくでしょうし…」

 斎藤は寒気を感じた。冷房の効きすぎではない。


「お連れの、アイアとかいう子も普通ではないみたい。少しは夫も、私の話をちゃんと聞いてくれたということかしら」

 律子は真剣な目で斎藤を見る。話しかけるでなく、自分に言い聞かせるように、考えを整理するように声を発する。


「娘さんについてのご相談と聞いておりますが。詳しくは奥さんに聞くよう言われておりまして」

 その様子に斎藤は改まって体ごと律子のほうを向く。

 そうすると、律子も斎藤をまっすぐに見返す。

 その目にはどんな感情が含まれているだろうか。怒り、悲しみ、困惑。目を見ただけで感情が読めるほどの、斎藤はそんな大それた人物ではない。

 ただ、強い負の感情。一番近いのは嫉妬だろうか、そんなものを感じた。


 渡辺律子は斎藤よりも少し若い40代後半で、それよりも若く見え、整った顔立ちをしていた。

 おそらく普段から気を張って顔を作っているのだろう。

 それが一瞬にして、目元口元が大きく歪んだような気がした。白い肌のむこうにどす黒いものを感じた。


「娘の…、本当の娘ではないんです。外にいたでしょう、愛子。誰も信じてくれないんです。あれは、人間じゃないんです」


「なるほど」

 斎藤は胸ポケットからメモとペンを取り出し、情報をまとめる準備を見せた。

 そして律子にばれないように浅いため息をつき、ああ、そっち系の話か。と思った。

 彼女の表情は真剣そのものだ。

 斎藤は眉間に皺を寄せ真剣な顔を作り、仕事モードに入ったアピールをした。


 外からはアイアと愛子の声が、そして猫の鳴き声が聞こえた。

 そのたびに律子の眉尻がぴくぴくと、頭痛持ちのように動いていた。


挿絵(By みてみん)

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