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あめふらしがへし あいちゃん  作者: 南田萌菜(ナンディ・モイーナ)
あめふらしがへし
13/25

 五夜、思春。

 こつんとガラスが鳴った。

 圭の背筋が凍る。

 

 脳裏に浮かんだのは山奥であった女だった。白い服を着ていて、異国を思わせる景色の中にいる。

 しかし顔がない。ゆらゆらと揺らめいて定まらない。


 斎藤からあめふらしについての説明はあった。

 巨大な水の化け物。

 しかしそう言われてもそんな記憶はない。

 まあ、なんとなく美人のスライムのようなものを想像してはいた。それは漫画やゲームで見たような、いささか圭にとって、年頃の圭にとって都合のいい解釈だった。


 ベッドは普段窓際に置いているが、斎藤の指示で部屋の中央に寄せてある。カーテンに手は届かず、開けてはいけないと言われている。

 父を呼ぼうとする。父の寝息が聞こえる。


 なんとなくベッドから父を呼ぶのはいけない気がした。

 ゆっくりと音を立てずにベッドを降り、足音を立てずにドアまで歩き、小声で、誰にも気づかれず、父も驚かすことなく起こさなければならない。そう思った。


 この判断は正しかった。

 斎藤の伝えたかったことを圭はきちんと理解している。


 ゆっくりとベッドから足を出した時、再びこつんとガラスが鳴る。

 

 圭の体がピタッと止まる。


 瞬間、時計の秒針の音も父の寝息も耳に入らず、圭の聴覚はすべて窓の外に集中することとなった。


「おーい」


 小声を演出しようとしているのか、大げさに吐息が混ざり、その実決して小さくない呼び声が聞こえた。


 父親以外のもの、特に女がコンタクトを取ろうとしてくる可能性がある。

 その場合はあめふらしである可能性がある。

 あめふらしは幻覚を見せる。


 斎藤からそう聞いていた。

 今自分に向けられた声はまさしくそれである可能性がある。


 しかし圭にはそれが本物であるように思えた。本物の美鈴の声に。


 生まれた時からの付き合いだ。

 それを見破れないことがあるだろうか。

 

 斎藤から聞いた話から、自分は今仰々しい神様に誘惑をされているという印象を持った。

 今窓の外から聞こえる声ややり方はそのイメージからかけ離れ、何というか、品が、芸がない。

 記憶はないものの実際に惑わされた身としては、そして斎藤から聞いた話に登場する神であるあめふらしの所業であれば、それはもっと洗練されているはずだ。そう考えた。


 そもそも今回の騒動の原因は自分にある。

 多くの人に迷惑をかけてしまったが、特に美鈴には嫌な思いをさせてしまった。


 自分の意志ではなかった。

 何かに手繰り寄せられ、気が付いた時には畳の上に寝せられていた。

 手繰り寄せられる間、何度も美鈴のことを考えたが引き返すことができなかった。


 しかし美鈴と過ごすはずの時間を美女と過ごし、それに浮かれていた感覚も残っている。

 多くの人への申し訳なさよりも美鈴に対する負い目が大きく、その負い目は圭を禁じられていた行為へと差し向ける。


 圭は相変わらず音をたてぬように歩き、そしてカーテンに手をかける。


 やってはいけないことだった。

 しかし美鈴の声にはどうしてもそうせざるを得なかった。


 カーテンをずらし外の様子をうかがう。


 丈の低い垣根の上に美鈴の顔が見える。

 こちらには気づいていない。


 あの日見るはずだった、隙を見てはちらちらと、長い間見つめているはずの顔だった。


 普段能天気に見えるその顔は妙に強張り、暗闇の中であたりをきょろきょろと警戒している。


 圭はたまらなくなった。


 少しずつカーテンの隙間を広げる。

 顔の半分が外から確認できたくらいだろうか、それに気づいた美鈴は目を見開き、陰りがあるながらも普段に近い笑顔を見せた。


 圭は手と首を横に振った。

 ここに来てはいけない。それを強く伝えた。


 美鈴にもそれはきちんと伝わった。

 しかしそれよりも強く手招きし、陰りのある笑顔で口をパクパク動かし何かを伝えようとしている。


 その姿はとても愛らしい。垣根の隙間から大きめのスカートが揺れ、細い足首が見える。

 圭にはこの姿がいとおしくてたまらなかった。

 毎日のように眺めた、たった数日会えなかっただけの姿。


 圭は両手を美鈴に向け、少し待つように伝える。

 その訴えは見事に伝わり、笑顔で頷いた美鈴は、人の目を気にするようにしてしゃがみこんだ。


 圭はゆっくりとカーテンを閉め、足音を殺しドアへと近づく。

 既に破ってはいるものの、その言いつけのすべてが頭から消えうせたわけではない。


 不測の事態を父に、あるいは斎藤に伝える必要がある。

 まだ及第点の判断はできている。


 しかしゆっくりとドアへと向かう数秒の間にも、頭の中ではたった数日ぶりに見る美鈴の姿がふくらみ、支配を強める。


 父に声をかけようとしゃがみ込んだ時、その時には数日前に交わされた約束はすっかり効力を失っていた。


 自分のために苦労を掛けている父の寝息に、この睡眠を妨げたくないという聞こえのいい言い訳を思いつき、自らに言い聞かせ、踵を返す。


 カーテンが開き、窓が開くのが見える。

 窓枠を乗り越え圭が出てくる。圭と美鈴の目が合う。


 何か動きを見せようとする美鈴に、圭は手のひらを見せ制し、人差し指で自分と家の裏手を指さす。

 美鈴が望んだ、そのルートを示す。


 美鈴は頷き、再びしゃがむ。

 

 圭は静かにカーテンと窓を閉め、軒下のひんやりとしたコンクリートの犬走の上を音を立てずに歩く。

 それが途切れると、わずかに落ち葉や細枝の混じる砂利の上を、より音の立たぬように、そして足が痛まぬように慎重に歩いた。

 

 裏手の垣根の切れ目から顔を出し、足をさする圭。

「はい」

 美鈴が差し出したのはサンダルだった。美鈴の父の物だろうか、大きい。

「聞いたろ、七日間は人に会っちゃダメなんだ」

 圭がまじめな顔で伝えるも、美鈴は余裕のある微笑みを見せている。

 目が合い、そらし、また目を合わせる圭。美鈴はずっと圭の目を見ている。

「そうでもないみたい」


 風が吹き、夏の鬱蒼とした木々がざわめく。何かがカサっと音を立て、二人は慌ててしゃがみ込んだ。

 顔が近づく。

 圭は心底怯え冷や汗をかき、美鈴はそれを見てちょっと楽しそうだ。


 斎藤たちが毎晩村や家の周りを練り歩き何かをしていることは村中のものが知っている。

 圭も夜中に自分の部屋の外を歩く斎藤の影と、その後ろに続く小動物の足音を聞いていた。


「向こうに行こ。ね」

 すがるような眼で訴える美鈴の姿に、「だめだって」という言葉はとうとう圭の喉より外に出なかった。


 足音が立たぬように、慣れないサンダルに気を付け慎重に歩く圭の手首を、いつものスニーカーを履いた美鈴は促すように速足で引っ張る。

 最後に手をつないだのはいつだったろうか。ほほを赤らめる圭を美鈴はまっすぐ前を見て無言で引っ張る。

 圭は斎藤とアイアに気づかれぬよう庭の様子に気を配る。


 深夜、日付は変わっている。

 こんな時間に外を歩くものなどいない。車も通らない。


 二人きりで遊ぶことも夜中に顔を合わせることもこれまで何度もあった。

 しかしこんな時間に本当の二人きりになるのは初めてだった。


 風が吹き、木々が鳴り、虫の声が聞こえる。


 緩やかな坂道を登り、眼下に広がる水田は波たち、月の光が柱となって輝いている。


 多くの人々と多くの時間を過ごした、自分たちの生まれ育った村。それが自分たちだけのものになったような、不思議な感覚だった。


 四辻、圭が引き込まれた山道を通り過ぎる。

 圭はここを通りたくなかった。

 事の顛末をすべて把握しているわけではない。それでもこの場所には恐ろしさを感じ、そしてそれ以上に罪悪感が沸き上がった。


 立派な真竹と注連縄が道をふさいでいる。圭がこれを見るのは初めてで、思わず目を丸くした。

「それね、業者さんみたいな人が来てつけていったの。他の道にも、家の裏とか、あちこちにそういうの置いてったみたい」

 それを聞いた圭はやはり家を出たのはまずかったと思った。

 自分を中心に今行われていることが、自分の思っている以上に厳粛な作法に則り行われている。


 もともと信仰心のある圭ではないが、自分の曖昧で不思議な記憶と、こういったそれらしいものを見せられるとやはり臆病になってしまう。


「言われてるんだ、外に出ちゃいけないって。誰にも会っちゃいけないって。じゃないとおまえにだって何が起こるか」


 美鈴は公民館の敷地に入ると、圭の手首を離した。

 よほど強く掴んでいたのか圭の手首は赤くなり、圭のものか美鈴のものか、汗でしっとりとしている。

 

「すわろ」

 美鈴は砂場の周りに埋められた、ペンキの剝げたタイヤを指さした。

 二人でよく遊んだ場所だ。


 今すぐにも帰らなければならない。そう理解はしているものの、それでも圭は美鈴に従ってしまう。

 

「山の上のお化けね、あめふらしって言うんだってね」

 先にタイヤに腰を下ろした美鈴は上目遣いに話しかける。

「うん、聞いた。昔から墓場に行っちゃだめって言われてたろ。そこから先はあめふらしの領地なんだって」

 遅れてタイヤに座り、そして美鈴を見つめる。

「女のお化けでね、若い男の子が好きで、圭はそれに捕まっちゃったんだって」

 美鈴に言われ圭は恥じらった。自分の、山の上で美女に見せた感情を咎められたような気がした。


 美鈴がまじめな顔で圭を見つめる。普段は見せない顔だ。

「ねえ、圭ちゃん。騙されてない?私たち、この村全体」

 眉間にしわを寄せる美鈴につられ、圭を眉をひそめる。

「山には恐ろしい女神さまがいて、きまりを守らないと罰が当たるって、そんな伝説日本中にあるみたいなの。私調べたんだから」

 

 周囲には誰もいない。よほど大きな声を出さない限り誰にも気づかれない。それでも二人は息を殺して会話した。夜の空気がそうさせた。そしてそうすることで二人だけの時間がより神聖なものに強調される気がした。


「この村の伝説を知った人がさ、なんかこう。…圭ちゃんは本当に山に行ったの?さらわれてどこかに連れていかれたりしたんじゃないの?」

 美鈴の口から出た言葉は圭には思いがけないものだった。突飛に思えた。

「いや、山には自分で行った。なんでかはわからないけど」

「なんでわからないのに山に行くのよ。そんなことあるわけないじゃない」

 圭は首を横に振る。

「山の上にはきれ、その、奇麗な建物があって、背の高い女の人がいて。そこでずっと話してたんだ。何を話してたかは覚えてないけど」

 奇麗な女の人。そう言おうとして踏みとどまった。

「私と約束してたのにそんなことあるわけないじゃない」

「うん、まあ…」

 圭の声は頼りなく、か細い。

「全部ぼんやりした感じなんじゃない?夢を見ているみたいな」

「うん…」

 か細い。

 罪悪感と恥じらいに圭の背中はどんどん丸くなっていく。落ち込む。

 それとは対照的に美鈴の顔は自信に満ち溢れていく。

「やっぱり」

 鼻息とともに言葉を吐き出す。

 

「そこの注連縄、業者さんが置いて行ったって言ったでしょ。そのうちの一人がね、背が高くて美人だったの。なんか怪しい感じがあったし。圭ちゃんが見たのはその女じゃない?」

 その言葉に圭はドキリとする。

「別に美人とは言ってない」

「じゃあブスだった?」

「いや、どちらかというと美人だった。多分」

 嘘だ。その女の顔は今でははっきりと思い出すことはできない。しかしとんでもない美人と過ごしているという高揚感や、美鈴と雰囲気が似ていると感じたことは覚えている。そのことを美鈴本人に追及されるのは酷だ。


「どんなひとだったの?」

 小さな子供に話しかけるように美鈴が問いかける。

「顔ははっきり覚えてないんだ。白い服を着てて、髪が長くて。なんでか記憶がはっきりしなくて、俺はたぶん名前を教えたけど、向こうの名前は覚えてない」

 あきれたような美鈴のため息。圭の心臓は痛くなる。しかし美鈴のため息は別のところにある。

「白い服に長い髪の女なんて怪談の典型じゃない。どうせ黒髪でしょ。井戸とかもあるんじゃない?」

「俺は見てないけど、あるらしい…」

 頷く圭。やはりあきれ顔の美鈴。


「私の見た業者の女ね、今の圭ちゃんと同じような格好してて髪は短かったんだけどさ。かつらと衣装で例のお化けに見せることできるんじゃないかな」

 自信に満ちた美鈴の言葉や振る舞いに、弱っている圭はみるみる引き付けられる。


「圭ちゃんの姿覚えてるよ。すごくでぼうっとしてて自分で立ってられなくて、うわごと言ってた。あの時は何があったのかわからなくてショックだった。でもね、学校でも習ったでしょ。そういう薬があるの。そういうの飲まされたらあんな感じになるのよ。幻覚だって見えるんだから」

 美鈴の言いたいことがわかる。

 美鈴が次を話し出す前に否定したいと考えるも、言葉が浮かばず目が泳ぐ。


「そういう薬、たくさん持ってる人達もいるの。わかるでしょ」

 斎藤の姿ははっきり記憶している。その誠実さ、真摯さ。父親と自分について話すその光景を否定されたくない。

「斎藤って人、見た目でわかるでしょ。絶対そういう人だって」

 言われたくなかった。

「いい人だよ」

 ふり絞った声は地面に向かい、砂場に染み込み消える。

「そう思わせるのが仕事なんだよ。物腰が嫌に柔らかいんだってね。圭の家族はすっかり信じ込んじゃってるんでしょ」

 美鈴は諭すように優しく微笑む。

 美鈴に悪気はない。しかし斎藤どころか、家族まで悪く言われているように思えた。

 

「アイアって子いただろ。人間じゃない。足が鳥みたいだし、すごく小さい。純が気に入ってるらしいんだ。500歳なんだって」

 うつむいて話す圭の顔を覗き込みながら、美鈴は優しく丁寧に語りかける。

「それも調べた。世の中にはいろんな見た目、いろんな病気の人がいてね、昔は見世物小屋ってあって、人気だったらしいの。今ではそんなの見かけないけど、それでもなくなってはいないんだって。そういう人が、かわいそうな人が売り買いされてるんだって。斎藤さんみたいな、そういう人がやってるんだって」

 

 美鈴の話は美鈴の都合のいいように想像をつなぎ合わせたものに思えた。しかしこの平成に、21世紀に神様だなんだと騒ぎ立てるのとどちらが真っ当な考えだろうか。


「割に合わなくないか?こんな大掛かりに、時間をかけて。麻薬とか、そういうのやってる人ならもっと手っ取り早く儲けられるんじゃないか?」

 眉間にしわを寄せ、圭は唇を尖らせる。しかし美鈴には余裕があり、優しい目を圭に向ける。

「成功報酬だけでいいらしいね。でもそれがいくらか圭は知ってるの?」

 圭は知らない。美鈴の目を見る。

「地上げっていうのもあるんだよ。土地を奪うの。こう、開発とか、道路とかのために。その場合は国とか大企業がお金を払うんだって」

 この数日で得た知識を得意げに披露する美鈴。

 

 美鈴は自分のためにいろいろと調べてくれていたようで、それをこうして話してくれている。だから信じたいと思うが、信じたくもない理由もある。

「全部自分で調べたのか。最初から疑ってたのか」

 美鈴はそれまで見つめていた圭から目を離し、遠くをぼんやり見つめる。

「最初から疑ってたよ。こんなことあるはずないって。じいちゃんたちだって自分で祟りじゃ祟りじゃって言いながらあんまり信じてないんだもん。誰も信じてないよ。でも昔からある話だから自分だけ疑って、自分が間違ってたくないだけでしょ」

 

 圭は美鈴の横顔をしっかりとみる。

 美鈴が横を向き、圭としっかりと目が合う。


「今日ね、話聞いたの。昔同じような症状の人がいて、その時も祈祷してもらったんだけど今回とやり方が全然違うって。その人は結局病気だったみたい。どこかの病院に入院して亡くなっちゃったんだって。でも昔だから、変な言い伝えと重ねて考える人も多かったんじゃない?」

「それ誰に聞いたんだ。じいちゃんか」

「じいちゃんは気い使ってあんまりその話私にしないようにしてくれてるから。誰だっけ。二瓶さんとか苗田さんとか。何人かで話してたの」

 美鈴は微笑み答える。

 

「そもそもお化けがスマートフォンなんか持ってるはずないじゃない。聞いてる?あのアイアっての、スマートフォンで斎藤って人呼びだしたんだよ。お化けならもっとこう、テレパシーみたいなさ」

 その話は初耳だった。偏見と言えば偏見なのだが、五百年生きた妖怪が最先端の機器を駆使するのは妙だと思った。


「おまえ、その話誰かに言ったのか」

 圭は静かに尋ねる。

「誰にも言ってないよ。やばい人たちなんだもん。下手なことはしないほうがいいと思って」

 拗ねたような顔で美鈴は答える。

 

「それに本当に信じてる人もいるし、信じてるふりをしなきゃいけない人も多いから。だからちゃんと終わらせて、満足してもらって、お金も払っちゃえばいいと思ってるの。いくらかわかんないけど」

 まじめに話す美鈴。青白い月明かりに照らされ少し大人びて見える。


「笹方って結構お金持ちでしょ。それで目ぇつけられたんだと思うんだよね。少し貧乏になるかもしれないけど。それが一番安全だと思うんだよね」

「俺のせいで貧乏になっちゃうな」

 再び下を向く圭。

「違うよ。斎藤たちのせい。それに村のせい。騙されるのが悪いんだから」

 強めの語気で言って聞かせ、改めて体ごと圭のほうを見る。


「わたしね」

 一呼吸おいて圭の肩を掴む。

 力を込めて圭を向きなおらせ、きらきらした目で圭を見つめる。

「圭ちゃん約束すっぽかしたなんて思ってないよ。そんなこと気にしなくていいからね」

 圭は美鈴のきらきらした瞳に、月の光を強く強く反射する瞳から目が離せない。

「圭ちゃんそういうの気にするでしょ。私は大丈夫だからね」


 涙が出そうになる。


 あの日から美鈴に対する負い目があった。それが美鈴の言葉で晴れていくのがわかる。

 ただ、たとえ幻覚であっても美女に鼻の下を伸ばしていたことを忘れることはできず、気恥ずかしく、己の小ささが浮かび上がったような気がした。

 

「あと二日騙されたふりしないとね」

 圭は頷いた。

「何なら明日も会っちゃう?」

「いや、それはやめよう」

 二人は笑いあった。

「これが終われば、しばらくは人の目が厳しくなっちゃうかもしれないけど、でも。いつでも会えるようになるから」

 圭は言った。その顔には少し余裕が戻っている。

「うん」

 美鈴も頷く。


「圭ちゃんはあんまり出かけられなくなるかもしれないから。だから私が圭ちゃんとこに行かないとね」

「エアコンないけど」

「いいよ。そのうち涼しくなるし」

 とても優しい、慈しみとも呼べる表情で圭を見つめる美鈴。

 

 それからしばらく、二人は何もしゃべらなかった。

 

 目が合ってはそらし、そしてまた目が合い、それを繰り返した。

 目をそらしているとき、二人はいろいろなものを見た。足元、砂場、公民館、道路、水田、山、空、月。

 目をそらす時間は圭のほうが少し長かった。


 二人は遠くに見える圭の家を眺めた。あの家の中には事の真相を知らない両親と妹が眠っている。

 庭では斎藤とアイアが何かしているはずだ。


 あの二人にばれないようにそろそろ戻らないといけない。

 それをどちらからか切り出そうとしたとき、


「いーけないんだー、いけないんだー、」


 震えるような、透き通った声が頭上に降り注いだ。

 二人の背後にあめふらしは現れた。

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