年寄りの顔
夕闇の中に人影がある。
赤い空の下影が長く伸びる。そのせいで遠くにいる人が実際よりも大きい様にも小さいようにも見え、混乱する。
人影に近づくにつれ、だんだんとその正確な大きさがつかめる。だが、それが誰だかわからない。
村にいる、昔から知っている老人たちの顔だ。だけどそのうちのどれかがわからない。
圭が部屋に引きこもってからというもの、美鈴は家に帰るのが遅くなった。
何をやっているのかはわからないが、家族は何も言わなかった。
圭と勉強する時のためにテーブルに出しておいた菓子の袋はそのまま。開封もされず、片付けもされない。
家に帰ると少しだけ散歩した。
わずかな電灯がともり始める道を歩き、圭の家の前を少し通り過ぎたところで引き返し、そして自分の家へ戻る。
明るかった少女は少し下を向いて歩くようになった。
だから人々の落とす影や人の形は認識できても、それが誰かまでは認識しなかった。
老人たちは声をかける。
美鈴は当然それに返したが、自分がなんと返したなんて覚えていない。顔を見ても焦点が合わず、その老人がどの老人かなんて気にしていない。
老人も老人で美鈴の変化には気づかず、ただただ常套句のような会話をするばかりだ。
会話の中身は決まっている。
昨日も似たようなことを別の老人たちに言われた気がする。
「ああそうですね」
「そうなんですか」
そんなことを適当に並べておけば会話は成立してしまう。
そうやってやり過ごしてなんとなく散歩をする。
ここ数日、これの繰り返しだ。
ただ、今日の老人の会話は昨日や一昨日とは違った。ディテールがあった。
聞き流していたBGMのような会話だったが、重要な情報は聞き逃さない。人間の耳と脳はそういう風にできている。
美鈴は足を止め、振り返り、老人たちの会話に加わった。
老人たちの顔をはっきりみた。やはり昔からよく知る者たちの顔だ。
しかしそんなことはどうでもよかった。
大事なのはその会話の中身だ。
その話は今一番美鈴が欲していたもので、それ以外はどうでもよかった。




