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第五話

 カマツリ島への資材運搬へ赴く数週前まで時は遡る――。


 ファルカッタ~サージュ間の運送依頼を受けて一ヶ月が経った頃、エドとサクラに諭されたジンはこの依頼に関わる者たちを自身のステークホルダーと捉え、何某かの利益を提供できないかと考えた。

 初手として行なわれた集積場作業員への差し入れ、この行動は確かに微かなナニカを生んだ。そう捉えたジンはこの小さな種を育ててみようと思った。そうすれば自身の、そして彼らの色褪せた世界に新しい色が生まれるかもしれないと感じた。


 こうして本依頼の大筋はその方向性を定めた。

 しかしひとつ、懸念は存在する。方向性を見定められない事柄がある。

 それは本依頼における核心部分――、"夫人への小包配達"に他ならない。


   ◇


【運送依頼:残り三回】


 サージュ:婦人宅


「帰れ‼」


 ガツンと鳴り響く婦人宅の戸の前に今日もジンは立ち尽くしていた。

 かれこれ七度目になる門前払いに未だ突破口が見えないジンはイラつきとともに肩を落とす。


 今のジンはこの状況もなんとかしたいと思っていた。

 本依頼における最も重要な利害関係者は言うまでもなくクライアントであるビガンダである。彼にこそジンは利益を提供しなければならない。ビガンダの望みは小包を婦人に受け取ってもらうこと、それを為して初めて己は評価される。――ジンはそう考えているのだ。


「……提案がある」


 だからジンは集積場の作業員たちへ行なったように、自ら一歩踏み出すことにした。


「俺はこの荷をあんたに受け取ってもらうようビガンダから指示されてるわけじゃなく、あくまで届けるよう指示されているだけだ。断られたら荷を処分しろとも言われてる。だから正直、あんたに受け取る気がないならここまで持ってくること自体が手間なんだ」


 ジンは駆け引きを仕掛けてみることにした。

 この案件には裏事情が存在するのは明らか。故にまずはそれを知らねば話にならないとした判断だった。


「訪ねることなく処分したくても、何の理由もなく独断でそれはできない。だからせめて受け取れない理由を教えてくれないか? あんたもこうしてしょっちゅう訪問されて戸を叩き続けられても困るだろ」


 ブラフを混ぜつつジンが差し出したのは『事情を明かせば粘着されることもなくなって楽になれるぞ』という暗喩だった。しかし――、


「帰れって言ったろう!」


 婦人はジンの提案に乗らなかった。


   ◇


 ファルカッタ:ジンねぐら裏


「ったりーめだろボケ」


 ジンがねぐらにしている物置小屋の裏手に設けられた長椅子に座るピンチは呆れと白煙を吐いた。隣には眉間に不快感を表したジンもいる。


「事情明かしたところで粘着されなくなる保証ねーし、むしろ介入しくる予感満載で超ウザだろ。つか交渉以前にてめー誰だよって話だし。テメーの知能指数は毛虫並みかよ」

「ダメで元々だろううが……!」


 交渉の拙さはジンにもわかっていたことではあるが、ピンチの口を通すとやはり怒りを覚えてしまうらしい。


「それが浅いっつってんだハゲ。切羽詰まって一か八か踏むのはこの稼業上、まれにある。けどてめーの尻にはまだ火はおろかその種すらついてねーだろ」

「機会はあと三回しかない。次の訪問までに事情を明らかにしたいと思って焦ったのは認める」

「そもそもビガンダのおっさんからも詮索するなって釘差されてんだろーが。これは請負人の流儀でもある。マジにクビになりーてのかよテメー」


 つい先日ルール違反を咎めたはずだ、次はないとも言ったはずだ。――ピンチの冷たい眼はジンを射抜く。


「それはわかってる。だが、今回の依頼は詮索しないとなにもできない。結果が出せない」

「教えてやんよクソガキ」


 ピンチは乱暴にジンの髪を鷲掴み、ぐいと寄せる。


「この世のありとあらゆる罪の中で最も損害がでけーのは大量殺戮でも巨額の詐欺でも国家の財政破綻でもねー……無能が己の無能さを弁えねーことなんだよ」


 ピンチの言うことは正しい。

 何故ならそこに解決はないのだから。

 増えこそすれ、減ることは決してないのだから。


「ッ、だったらなにか」


 しかしジンは引かない。己が額をピンチの額に押し当て、意気を返す。


「当てがわれたお約束を律儀に守り続けることが賢い生き方だってか。それは奴隷と何が違う」


 ジンの言い分もまた正しい。

 何故ならそこにも解決はないのだから。

 人は社会の名の下に人を飼う文化を是としてきたのだから。


「あァ? 半人前が吹いてんじゃねーぞコラ。やっか? やっかオイ?」

「おぉかかってこい。いい加減お前の頭をかち割る理由が欲しかったんだ」


 ガンを飛ばし合いながら両者は起立し、ピンチはジンの胸倉を、ジンはピンチの胸元を掴んだ。


「あの世では無口でいられるように舌引っこ抜いて喉に詰めといてやる」

「上等だよクソ童貞。べそかくまでイワシてやっから覚悟して――」

「取り込中か」


 一触即発で睨み合うジンとピンチにかかる声あり。

 静かに現れたのはキャメルレザージャケットにハットという装いに身を包んだ大柄の中年男性――、


「げ、ダンナ」「……うす」


 ファルカッタにおける古株の請負人、イングリン。

 ジンとピンチの繋がりを作り、そして管理している男の登場に両者は険を引っ込めた。


「ダンナ、もうこいつぶん殴っていいすか? いいすよね?」

「あ? お? あァコラ、あァ?」

「この街でやっていきたいなら我慢しろ。ピンチ、お前もだ」


 ジンとピンチは渋々納得し、再びベンチに腰を下ろした。


「先日の報酬だジン」


 イングリンから手渡された封筒には10万ガネルが入っていた。


「……受け取んなきゃ、ダメすか」


 ジンはこの報酬に納得がいっていない。故に本音では受け取りを拒否したいと考えている。しかしそんな想いをイングリンは見抜き、一蹴する。


「これは正当な報酬だ。納得いこうといくまいと、受け入れる義務がお前にはある」

「それは請負人の流儀すか」

「人間の、だ」


 そう言い残し、イングリンは早々に去って行った。――ジンの胸中にほろ苦い色を残して。


「それが例の依頼のアレか。不満あんならオレに寄越せし」

「ほれ」

「……は?」


 ジンは今貰った10万ガネルをピンチに手渡した。冗談で言ったピンチは呆気に取られている。


「ははぁん、さてはこの金でしゃぶってくださいってか。これだから夢精野郎はww まぁ50万なら考えてやっても――」

「その金で今の俺にとって有用な情報を売ってくれ」


 下卑た物言いを華麗にいなし、ジンは静かに吼える。


「俺はどうしてもビガンダの依頼を完遂したい。ビガンダからの信頼を獲得し、"ジン"の価値を上げたい。自分自身が納得できる報酬を手にして、胸を張りたい」


 今度こそ、という言葉で締めくくられたジンの決意。これをピンチはビジネスとして掬い取る。


「ま、情報売ってくれって言われて売らないわけいかねーわな情報屋として。テメーがはしゃいだ結果で誰がどうなろうとオレには知ったこっちゃねーし」


 どの集団や派閥にも属していない一匹狼が誰にどんな情報を売るも自由。

 だからこその中立であり部外者。万人が利用できるコンビニエンス。それが情報屋ピンチの特異な立場である。


「いっそのことあと390万出しゃビガンダと婦人の間にどんなつながりがあって、小包を受け取ってもらうにはどうすればいいかの全てを教えてやんよ」

「二ヶ月分の総支給を当てても足が出る額……破滅する前にむしり取っとこうって魂胆か」

「嫌なら他当たんな。まぁオレ以外の誰かに相談なんざできっこねーだろーけどww」


 他人に依頼内容を話せない以上、他者に相談することもままならないのが請負人の不便さである。

 しかし凄腕の情報屋であるピンチは全ての事情と一つしかない答えを知っている。だからジンは話すことができる。ピンチを頼るしかない。


「いや、10万ガネル(この金)の分だけでいい。それで結果が出せないなら、俺の力不足と納得もできる」

「はっ、汚点で美点を生みだしゃチャラになると? そういうのを"欺瞞"っつーんだ」


【欺瞞】――(あざむ)き、(だま)すこと。


「なんもかんもテメーの都合通りいくと思ってんじゃねーぞガキ。もし下手に事を荒立てようもんなら当のビガンダは当然として、エドやダンナの顏も潰れる。表裏問わず、この町のもんはその手の不義理をクソほど嫌う。まずいっぱしの請負人になんざなれねー。馬鹿でもできる肉体労働で日銭を稼ぐだけの生活になる」


 それでもやるかよ、と問われたジンは首肯する。


「もしそうなったら指を差し出してでもけじめはつける。だから、頼む」


 心底呆れた様子でピンチは煙草に火を点けた。なんでそこまでこだわるのか、とピンチは目の前の少年の心が理解できない。


「ほんっっっとテメーってテメーのことしか考えねーのな。そんなんだから婦人の信号も見逃すんだバーカ」


 婦人からの信号。――この言葉にジンは食いつく。


「どういう意味だ? 信号ってどんな、誰に向けて?」

「10万分でいいっつったのテメーだろ。精々悩んで失敗しろカス」


 立ち上がったピンチはその場を去ろうと背を向ける。


「いくらなんでも少な過ぎだ」

「いいや充分だな。何故ならテメーは小包の中身(・・・・・)を知ってるんだから(・・・・・・・・・)


 それと組み合わせれば自然と核心は見えてくる、そう言いつつピンチは去って行った。


   ◇


【運送依頼:残り二回】

 

 サージュ:婦人宅


「もし」


 資材運搬に係る海運会社からの依頼を直で持ち掛けられたその後、配達を終えたジンはいつも通り婦人宅の戸を叩いた。

 

「ビガンダからの使いだ。今日も受け取る気はないか?」


 婦人は在宅している。しかし言葉を返さない。


 ピンチは言った。婦人の信号をジンは見落としていると。しかしいくら考えてもジンにはその意味がわからなかった。

 取り付く島もない門前払いに信号もクソもない。ほとんど会話しない己と婦人の関係性に信号なんてものが生まれるだろうか。ジンにばわからなかった。


 しかしこのままでは何も変わらない。動かねば勝機は見い出せない。

 そう踏んだジンは婦人となんとかコミュニケーションを取ろうと、前回とは手法を変えたアプローチを試みてみる。


「……この前は踏み込んだことを聞いて悪かった。棘のある物言いも含めて、謝罪する」


 婦人に届いていないとわかっていてもジンは深々と頭を下げた。


「正直に言うと、俺がこの配達を行なうのは次で最後になる。その後のことはわからない。別の担当がつくのか、配達そのものが終わるのか」


 ビガンダ商会はまだ安全確実な運送が行えるだけの人員を確保できていない。故にビガンダは期間の延長を持ちかけてくるだろうとジンは予想していた。

 しかしジンはこの依頼を延長するつもりがない。期間内に結果が出ようと出ぬまいと辞める腹を決めている。もし結果が出なければ己の負け、結果が出れば己の勝ち、そんな風に定義していたのだ。


「とにかく、来週で最後だ。未練がましく食い下がったりせず、静かに終わるつもりだから安心してくれ。……じゃあ」


 五里霧中の帰路に着こうと踵を返したジンの背に……キィ、と戸が鳴く音が届く。

 

「……あんた、年いくつ?」


 微かに明けたドアから顔を出した婦人は再び玄関へと向いたジンにそう問うた。


「15だ」

「っ、そんなに若いの……はぁ」


 諦めたように婦人はジンにいくつかの問いを投げる。


「あんた、毎回ファルカッタから来てるの? わざわざこのために?」

「運送のついでではあるが、そうだ」

「馬車で? 何時間もかけて? 魔獣に襲われるかもしれないのに?」

「ああ」

「そもそもなんであんたみたいな子供が? ビガンダのところなら人手には困らないはずじゃ」

「先月、魔獣に襲われて私兵がやられた。今はむしろ人手不足だ」

「そう……ビガンダから私のことはなにも聞いてない、のよね」

「詮索はなしだと釘を刺されてる」

「……してきたじゃない」

「訪問するたび必ず門前払いをくらうのに疲れたんだ。だから事情を――!」


 訪問するたび必ず門前払いをくらう? ――ジンはこの言葉に孕む異様さにようやく気付いた。


「あんた、なんで」

「え?」

「あ、いや」


 聞いても無駄だ。むしろ聞いたらこの信号は消えてしまうかもしれない。ジンの胸中に走ったその予感は正しい。


「俺はジンという」

「……エネ、よ」

「とにかく、エネに事情があることはわかった。本音を言えば次で最後だから受け取ってくれるとありがたいんだが……」

「…………」

「わかった。ビガンダには受け取ってもらえなかったと奉告しておく」

「それで、報酬はちゃんと出るの?」

「ああ。満額」

「そう……」


 最後まで発信されていた信号を受け取りつつ、ジンはその場を音にした。


 大きな手掛かりが得られた実感をジンは覚えていた。だがあと一つ、“荷物の中身”についての疑問が残っている。

 まだまだ俗世に疎いジンには荷の持つ価値や意味が分からない。誰に聞けばわかる? ピンチ? エド? イングリン? サクラ? 平民労働者?

 しかし誰に聞いたとて、これ以上助力を望むのは他力本願であり、借りであり、怠慢であるとジンは判断した。


 となれば、必然的にジンがとるべき行動は限られてくる。消去法により一つに集約される。

 ジンがファルカッタに着く頃には段取りも整えられていた。その旨には決意と不安が同じ比率で共存していた。


 もう為すべきは一つ――、覚悟を以て実行するのみ。


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