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第四話

 ファルカッタの西方に位置する特徴なき町、サージュへとやってきたジンはピンチと別れ、請け負った業務をこなすべく集積場に入った。

 先ず集積場の作業員が積み荷に漏れがないかの確認を行なう。その後、作業員は配達用の馬車に荷物を乗せ換え、ジンはその馬車でサージュ各区を回ることとなる。


「お疲れさん。また随分若いが、新顔か?」

「…………」


 刺激のない単純作業に退屈を覚えているジンは、作業員からの声を適当に流しつつ早々に配送へと向かった。


   ◇


 サージュ:郊外


 事前に伝えられていた配達場所に誤りはなく、流れるように配送作業は行なわれた。

 残る荷は一つ、ビガンダから手渡しされた伝票のない小包のみ。ジンは町外れにある古びた一軒家の前に立ち、戸を叩く。


「もし」


 中の者に呼びかけるが反応はない。普通なら不在を疑うところだが、ジンの感覚は中に人がいることを看破している。


「ビガンダからの使いだ。小包を預かっている」


 溜息をつきながら投げかけたもう一言に中の者は反応した。鍵を開け、扉を開き、顔を出したのは――、


「ビガンダ、と言った?」


 40歳半ばくらいの妙齢の婦人。幸の薄そうな表情には影がある。


「ああ。ファルカッタの――」

「‼」


 くわっと表情を険しくした婦人は突如、ジンの差し出した小包を叩きつけようと腕を振り下ろしてきた。しかしジンはすいとその腕を躱し、小包を守る。


「受け取るつもりはない、か?」

「……消えて」


 荒々しく扉は閉められた。取り付く島もない婦人の強固な態度にジンは二の句を出さない。その気もない。

 何故ならジンの依頼は失敗などしてはおらず、一応の達成を目途として立てられているのだから。


   ◇


 サージュ:外街道


「なにしてんだテメー」


 サージュを出てしばらくした場所でピンチはジンを発見、声をかけた。

 別に、と返すジンの足元には一斗缶があり、中では先の小包が燃えている。


「それ配達物じゃねーの?」

「配達物だった(・・・)、だ。違反行為じゃない」


 詮索してこないピンチを背に、小包が炭に変わるまで待ち続けたジンは踵を返し、馬車の方へと歩いていく。


「荷がなくなったらもっと飛ばせんだろ。二時間でファルカッタに戻んな」

「帰路くらい自分で歩け」

「魔獣系の討伐依頼いらねーってんならそうする」

「ちッ」


 仕入れを終えたピンチを再び馬車に乗せ、改めてジンはファルカッタへの帰路に着く。

 此度の依頼に不備はなかっただろうかと脳内で確認するジンは、このまま馬車を無傷で返せれば問題ないと判断した。


   ◇


 ファルカッタ:ビガンダ商会集荷場


「ごくろうだった」


 馬車と受取伝票に不備がないことを確認したビガンダは、ジンを労いつつ後払い金を支払った。とりあえず文無し状態は脱せれたと、ジンは安心を覚える。


「例の小包は、どうだった」


 恐る恐るとまではいかないまでも、まるで結果が分かっているかのようにビガンダは本依頼の核心、その成否を問うた。ジンは婦人とのやり取りとその後の焼却処分についてを淡々と報告する。


「そうか……。なぁジン、この依頼をしばらく請け負ってくれんか」


 この依頼、とはどこまでのことなのかを聞き返すと、ビガンダは"全て"と答えた。


「しばらくの間、通常の荷と一緒に彼女へ小包を運んでほしい。報酬は都度今回と同じ額を出す」

「断る。俺は報酬より中身を重視している。誰にでもできる軽作業なんだから、他を当たってくれ」


 難易度の低い仕事で定収入が得られる、一般的にオイシイ話のはずであるが、やはりジンは誘いを蹴った。


「駆け出しが言うじゃないか。ならお前は何を求めて請負人をやっている?」

「経験だ」


 平民にとって経験は宝、その格言に沿った言葉にビガンダは己の言い分を返す。


「なら、"退屈な仕事にしばらくの間従事する"って経験も積んでおくべきだろう」

「そんな屁理屈も無価値な経験も俺には不要だ」

「ほう、まるで物事における価値の有無を決められるとでも言いたげだな」

「……違うとでも?」

「言ってもわからんさ、目の前の仕事から逃げ出す半端者にはな」


 喧嘩を売られたと判断したジンは凄みながら一歩踏み出す。


「誰がなんだって――」

「二ヶ月」


 そんなジンの眼前へずいと二本指が差し出された。


「誰にでもできる仕事を一日だけこなしたところでお前の価値は高まらない。それじゃいつまで経っても雑用依頼しかもらえないひと房なんぼの低級請負人にしかなれん」


 エドからも言われていた通念にジンは二の句を飲む。


「もっとデカいヤマを踏める請負人になりたいなら実績を積むことだな。継続力も評価の対象、とりあえず二ヶ月だけ続けてみろ。その後は辞めてもいいし、続けてもいい。お前の意思に任す」




ーーーーーー

ーーーー

ーー




 エドの店


「不貞腐れてるわねジンちゃん」


 初運送からおよそ一ヶ月、嫌々ながらもとりあえずジンはビガンダの依頼に従事していた。

 こんな誰にもできる雑務になにがあるというのか、そんな釈然としない心持はジンの中からずっと消えていない。故にエドの店のカウンターに座りながらイラつきを表に出している。


「単調過ぎるんだ。退屈でしょうがない」


 これがあと一ヶ月続くと思うと億劫だ、そううなだれるジンへエドはため息をつきつつ祟りかける。


「そのセリフはきちんと仕事をこなしてる者が吐ける言葉だと思うけど?」

「こなしてるだろ。刻限も守ってるし遺失も損壊も事故も起こしてないんだから」

「確かにね。でも、もっとできるはずよ」

「もっと? 早く届けられるってことか?」

「いいえ、ジンちゃんはこの仕事を単純作業としか捉えていない。だから退屈で、色褪せてしまう」


 色褪せる、という表現はジンにとって言葉以上の意味を届けた。


「この仕事にはジンちゃんが得るべき糧がたくさんあるわ。それに、できて当たり前のことできたって評価はされない。大事なのは――、"利害関係者へ独自の利益を提供することで自分を売り込む"、ことなのよ」


 ジンからの、たかだか荷物運びに独自の利益なんてあるのか、という問いにエドは頷きを返し、それは自身が持つ一般的とは言い難い武力のことではないのか、という問いに対しては首を横に振った。


「要するに、ジンちゃんに任せてよかったって思わせなさいってことよ。チカラだけ(・・)に頼らずにね」


 チカラに頼らず利益を生む……俗世間にまだまだ疎いジンには雲を掴むような話に感じられた。


「そうだ、西区の居住区へ行ってみなさい。今日は確かサクラちゃんがいるはずよ」

「サクラ? また出稼ぎか」

「彼女を観察してごらんなさい。彼女の見ている景色はね、それはそれは広いの」


 ジンが一目置く存在が灯す煌めきの元がそこにはある、ジンはこの言葉を無視できなかった。


   ◇


 西区:廃屋


「やぁジン、今日は休みかい?」


 とある廃屋で建設工事業者と共に解体作業の手伝いをしていたサクラへジンは接触を試みた。

 今日の彼女は着物ではなく、土方風の出で立ちでタオルを首に巻き、ヘルメットをかぶっている。小柄な体躯に似つかわしくないガテン系の装いだ。


「あんたは毎日どっかで働いてるな」

「貧乏暇なしというやつさ。丁度もう少しで休憩だ、お昼を一緒に食べよう」


 しばらくもしないうちに作業は中断され、作業員は休憩に入った。

 汗と汚れにまみれた作業員たちは輪を作り、持参した昼食を取りつつ麦茶の入ったヤカンを回し飲みしている。


「いつもありがとよサクラちゃん。ほれ、たくあん」

「小さいガタイで頑張るよなぁ。廃材の中からいるものがあれば言えよ。あとで四季守の家に届けさせっから」

「あぁそうだ、うちのカカアが来週のゴミ拾いに参加するって言ってたぜ。多分あと二人は呼べるとよ」

「ありがとうございます。大変助かります」


 各人からの厚意にサクラは朗らかに笑みつつ深々と頭を下げて礼を述べた。彼女の中にある光はその輝度を高め、ジンの目を細めさせる。


「つかジン坊、たまにはおめぇも加勢してくれや。おめぇの馬鹿力なら半日で済む」

「お断りだ」


 家屋の解体作業なんぞに得るものはない、そんなジンの回答に作業員たちは呆れ混じりの息を吐く。


「……ジン、この作業が終わったらこの場所には何が生まれるかわかるかい?」


 サクラからの静やかな問いにジンは、俺が知るわけないだろ、と答える。


「廃屋をバラして整地した後、ここには新たな家が建つことになっている。私はそれが楽しみなんだ」

「新たな家屋の建設作業にも加わって、更に給金を稼げるからか」

「いいや違う。その新たな家に咲くであろう、花を愛でたいのさ」


 サクラの言に作業員たちは笑みを灯す。


「どんな者がそこに住むのかわからないし、必ずしもその者らに幸せが訪れるとも限らないが、そこには一つの物語が生まれる。それを作り出すお手伝いをすることが私の――、"生きる糧"なのだよ」


 そう締めくくられたサクラの言葉をしみじみと、感慨深く作業員たちは笑みで以て噛み締めた。


「まぁ俺らはそこまで殊勝なことは考えちゃいねぇが、サクラちゃんの言ってることはわかるぜ。やっぱ荒れたとこ片すと気持ちいいし、建てた家褒められっと嬉しいしよ」

「もちろん給金ありきの労働だが、長く続けてるうちに気づくのさ。あぁこの街のほとんどの建物に俺らは関わってるなって。それがなんつか、誇らしい気分になるんだよなぁ」

「愛着が湧かねえ方がおかしいわな。ならず者の集る貧困街ではあるが、ここは確かに俺らの街、俺らが作ってる世界だぜ」

「不徳の顕現である平民(俺ら)にだって世界くれぇ作れらぁ。ざまあみろってなもんだクソグリム」


 貴族は高貴であり平民は下劣である、そう定義されているグリム教の価値観を基に虐げられている彼らには確かな誇りがある。――そして眩い煌めきも。


「君の描いている"ジン"の物語、書いていて楽しいかい? 私が読んでも、面白いと思えるかい?」

「…………」


 ジンは答えられなかった。

 己の人生を誇れるものがなにもないことを知っているから。

 それが己から煌めきが失われていっている原因にして理由であると知っているから。


「……面白い物語を綴れるようになれば、その問いに答えられるようになるのか?」

「さぁ、どうだろうね」


 ふり絞ったジンの問いをからかい気味に笑みながら流したサクラは弁当箱を仕舞って起立し、筋を伸ばす。


「よしジン、あそこにあるビワの木を根っこごと引き抜いてくれ。他所に移さないといけないんだ」


 なんとなく断り辛い雰囲気を感じたジンはチカラを高め、ビワの木を抱えながら根こそぎ引き抜いた。


「うお、流石だなおい」

「もうちっと可愛げがありゃあウチに欲しいんだがなぁ」

「ありがとうジン。案内するからついてきてくれ」


 ジンはビワの木を抱えてサクラと作業員たちについていった。

 辿り着いたのはしばらく歩いた先にある広場だった。隅に植え替えられたビワの木は先ほどの場所よりも日当たりが良いようだ。


「ジン坊、ほれ」


 植え替え作業の過程で落ちたビワをジンは受け取った。食ってみな、と言われ、そのまま噛り付く。


「どーよ味は」

「……酸っぱい」

「かかっ、やっぱまだ早かったか」

「来週くらいが食い頃だろうなぁ」

「ビワの木は放っておくと汚くなっから、小まめに手入れしねぇと」


 皆はビワの木を見上げ、差し込まれる陽光と流れる涼風に表情を綻ばせた。

 労働のひと時に感じる一瞬の安らぎと調和は、時を遅くしているように流れている。


「これが物語の作り方だ」


 サクラは謳う。朗らかに、幸せそうに。


「解体が終わって整地された土地、新たに建った建物、この広場とそこに植わるビワの木、君はこれらの前を通りがかる度、その場所を視線でなぞり、焦点を当てるだろう。そして今この瞬間の情景を思い出す。そうやって今まで素通りしていた無色の道行に、新たな色が加わる」


 まるで少年が生まれながらにして持つ概念を踏襲するかのようなサクラの言葉に、ジンは釘付けになる。


「薄くて小さい色でも重ねて塗れば鮮やかに広がっていく。その色彩は人の目に止まり、心を惹きつけ、和を築き、物語となり、世界を形作る。だからジン、色がついていない場所や人を見つけたら、君の色を塗り重ねるんだ。何度も何度も、ね」


 この言葉にジンは"新たな色"を垣間見た気がした。




ーーーーーー

ーーーー

ーー




 サージュ:集積場


「…………」


 翌週、何度目かの運送にサージュへと赴いたジンにかかる作業員からの声はない。 

 それもそのはず、常にジンはぶっきらぼうで声をかけられても反応しなかったのだから。


 集積場の中で仕分けに勤しむ作業員たちは目の前の作業に没頭している。

 とても簡単な仕事、とても単調な作業、だが確かな重労働、これらを薄暗く雑多な倉庫の中で給金のためにこなしている彼らの表情に喜びなど見えない。


 彼らもまた飽いている。代わり映えしない、色褪せた物語に。


「お疲れ、さん」


 荷移しを終えた作業員へ向け、ジンは自ら声をかけた。作業員たちはなんの風の吹き回しだと少し呆気に取られている。


「食い頃だから、よかったら」


 ジンは例のビワを持参して作業員たちへと差し出した。

 エドの助言とサクラの言葉を受け取ったジンは試してみようと思ったのだ――、"利害関係者への利益提供"を。


 呆気の冷めやらぬ反応にどこか気恥ずかしさを覚えたジンは早々に集積場を後にし、配達に向かった。


   ◇


 再び集積場に戻ってきたジンは馬車を乗り換え、ファルカッタへの帰路に着こうとする。


「坊主」


 そこへ作業員の一人がジンへ声をかけてきた。


「馬車の足回り、怪しい音出してたから点検しといたぞ。右後輪のバネ、近いうち変えとけ」


 内心ジンは驚く。――利が返ってきた、と。


「……助かる」

「ビワの礼だ。べつにいい」


 色が重なり、物語が更新され、世界が生まれる。それが己の生きる糧であり、幸せであるとサクラは言った。

 きっとこれは少年にとって幸せというほどのことではない。少年はサクラのような生き方がしたいわけじゃない。それでも少年は――、


「おめぇ、名はよ」


 "ジン"を育てていく。




ーーーーーー

ーーーー

ーー




「よぉジン、お疲れ」


 数週後、すっかり馴染みとなった彼らは気安く労いを交わしていた。


「お疲れさん。ほれ」

「待ってましたぁ! これが楽しみでよぉ!」


 ジンが荷下ろした差し入れ(ケースに収まる20本の瓶ビール)に作業員たちは歓喜の声をあげた。

 この差し入れはジンの自費であり、本依頼におけるジンの報酬は一般的に見れば良い方であるからその給金の中から賄われている。


「ジンもちったぁ人付き合いってやつがわかってきたみてぇだなぁ」

「最初の頃は不愛想で俺らんことシカトしてたくせになぁ。今では荷移しを手伝うまでになりやがったぜ」

「ま、若者は尖ってなんぼだ。俺らの深え懐に感謝しろやジンよ」


 すっかり差し入れが定着した彼らは荷移し作業の最中でも雑談に勤しみ始めた。


「ならもう差し入れなしでもバリバリ働いてくれるわけか」

「ばっかやろう、手ぶらで来やがったら今度は俺らがシカトしてやらぁ」

「てめえが小せえよ馬鹿。ほれジン、お返しだ。頑丈ででけえ鉄の棒と超強力なゴムの帯、欲しいっつってたろ」

「ああ。これで新しい鍛錬器具が作れる」

「んな魔獣でもとっ捕まえられそうなもんでどんな鍛錬すんだよお前……」

「う~ん、やっぱこいつならいけそうだな。なぁジン、ちっと話あんだ」

「話?」




ーーーー

ーー




 ファルカッタ:エドの店


 二日後、エドに呼び出されたジンは店を訪ねた。どうやら指名の依頼が来ているとのことらしい。


「サージュの海運会社からご指名の依頼よ。カマツリ島への資材搬入と廃材回収のお仕事。日を跨いでの作業になるから二日で50万ガネルの高給金。もち護衛も込み」


 ファルカッタではなくサージュから齎されたこの依頼をジンは既に把握していた。サージュ集積場の作業員で海運会社と二足の草鞋を履いている者から直接依頼を受けていたのだ。


「ヤミであろうとなかろうと、請負人は直で依頼を受けるべからず。ちゃんと掟を守ってくれたみたいね。どうする?」

「船に乗って海を渡るのは初体験だ。是非受けたい」

「ふ~ん」

「なんだ?」

「最近ジンちゃん、仕事内容にぶつくさ言わなくなったじゃない」

「……ぼやいたところで面白くなるわけでもないからな」

「仰る通り。どんな仕事にも探せば甲斐はあるものよ。まぁないことも多々あるけど」

「どっちだよ」

「でも、おめでとうジンちゃん」

「おめでとう、ってなにが」

「あなたが作った実績は信頼を生んでお仕事に、糧を売る術となった。利害関係者はジンちゃんを通して更なる利益の影を見た。ある意味、これがジンちゃんの請けた初めてのお仕事と言えるかもしれないわね」


 チカラに頼らず、ジンという男が生んだ小さな小さな信頼と実績。

 それはジンの存在を定義するチカラを育てる、確かな刺激。


「全力で応えてきなさい。それが男ってもんよ!」


 エドが咲かせた満開の笑顔にジンは――、


「オカマが言うことかよ」


 ぎゅうと拳を握った。




ーーーー

ーー




「でっっけえ」


 翌週の朝、ジンはサージュ港から大型運搬船に乗り込み、大海原へと出た。

 初めて体感する船旅と色彩の豊潤さに感動を覚えたジンは、作業の合間、暇さえあればデッキへ出て眼を輝かせていた。人に合わず幼いその様が可笑しいのか、船員や作業員からの揶揄は尽きなかった。


「魔獣が出たぞぉぉぉ‼」

「全長30メートル強の体躯、魚の胴体に犬のような頭部、ありゃまさか!」

「大型の海洋上級魔獣ケトゥヌス・シオーラ・ギガか⁉」

「なんでこんな南方に北海の死神が⁉ こんなことってあるのかよ‼」

「平和な海域だから征道士も乗ってねぇってのにッ、もうお終いだぁ‼」


 行きしなに生息数が極めて少ない海洋魔獣に出くわす場面もあったが――、


「ぜえあああああああ‼」

「ウォロロロロロロロ⁉」


 高速回転踵落とし――〈断空(だんくう)〉を振り落としたジンの一撃でケトゥヌス・シオーラ・ギガの頭部は大きく陥没。こりゃ敵わんとばかりに魔獣は退散し、航路の安全は瞬く間に確保された。


「ちッ、雑魚め」


『『うっっそぉぉぉぉん』』


 午後早め。カマツリ島に着いてからの重労働は相当なものだった。

 明らかに足りていない人員の数は必然的に一人一人の負担を重くしており、息も絶え絶えに皆激務に勤しんだ。

 ジンにとっては充実した筋力鍛錬程度ではあったので余裕はあったが、出しゃばる真似は極力控えていた。この依頼に対してやる気はあるものの、体よく利用されたりチカラを当てにされたりする状況は願い下げだったのだ。


 本土で用立てられた資材や加工品や現場作業員への物資を運搬船から荷下ろしし、カマツリ島の工事から出た処理の必要な廃材を積み込み、これらを夜までに終えて翌日の早朝に帰航する。――結果として以上の予定は狂うことがなかった。


   ◇


 運搬船:デッキ


「くぁぁ、疲れたぜぇ。早くサージュに帰って一杯やりてぇなぁ」

「しっかしジンよ、おめぇ大したもんだぜ。10人分は働いてたろう」

「普段の配達仕事ぶりから体力あるとは思ってたが、まさか魔獣までやっつけるとは思わなかったな」

「船員からアホほど感謝されてたしなぁ。きっと海運会社から手厚い給金で声がかかるだろうぜ。羨ましい限りだ」

「そういや、ジンのサージュ通いもそろそろ終わりだっけか。延長しちまえよ」

「そうだぜジン、ビガンダ商会のもんはどっか高飛車だからまだ生意気なおめぇの方がマシだ」

「差し入れの酒も飲めなくなるしなぁ」

「またそれかよてめえは」


 歓迎の意をこれでもかと示す面々を尻目に、海原を眺めるジンは物思いに耽っていた。


「どうしたよジン」

「……退屈なのは勘弁なんでな、区切りがつけば延長はしない」


 真意を口にしないままジンは嫌味な笑みと共に重労働に従事した仲間たちへ向けた。


「ちーッ、どこまでもナマ言いやがる」

「でも確かに、未来ある若者がずっとやってていい仕事じゃねぇわな」

「そんだけの力があんだ、なんでもやってみりゃいいさ」

「どうにもなんなくなった時は戻って来いや。なぁジンよ」

「ああ。……ありがとさん」


 ジンが小声で放った謝辞はしっかりと拾われたらしく、おいおい明日は雹が降るぞ、いや槍だ、いや牛の糞だ、と作業員たちはどっと湧いた。

 うるせえほっとけ、と毒づくジンの胸中には信頼に応えられた達成感が喜びとして生まれていた。


 しかし、ジンが感じている想いには明確な不備がある。

 何故ならジンが受けている依頼は、全てが完璧にクリアできているわけではないのだから。


 未達成の依頼はない。しかし実態も本質もわからないまま放置されている事柄はある。

 その件に対し、自分なりにけじめをつけたい。それが今のジンが見据える、未発見の色であった。

【土地】

サージュ = 佐賀

カマツリ島 = 神集島(かしわじま)

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